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鶴の恩返し  作者: 雪桃
夏の終わり
41/62

40

 朝昼放課後。文化祭の準備に()り出されて休む暇もない。


「颯斗。これ持ってけ……ないよね」

「う、うるさい」


 遥同様全く運動ができない颯斗は男子生徒の半分働いただけでもう息が上がっている。


「確か弟君はスポーツ万能だったよね」

「兄弟で比べんな」


 日奈の情けなのか力仕事より仕分(しわ)け作業を手伝うことになった。男子生徒もちらほらいる。


「私他のとこ見てくるから何かあったらメールしてよ」

「わかった」


 颯斗が任されたのは針仕事だった。不慣れな生徒数人でやっているから時間がかかっているが羽南なら三十分で終わらせてしまうだろう。そんなことを考えながら黙々と作業をしていると目の前に女子が三人来た。


「あ、あの靏野君」

「なに」


 真ん中の大人しそうな子がどもりながら自分を呼ぶ。


「い、今時間ある?」

「ない」


 見たらわかるだろ、と言いかけたものを飲み込む。話はそれだけかと仕事に戻ろうとしたが、横にいた気の強そうな二人が前に出てきた。


「なんでそんなこと言うの? 少しくらいあるでしょ」

「いや、文化祭近づいてるのに暇なんてあるわけないだろ」

「そんなの違う人にやらせりゃいいじゃん。赤城とか。あいつ靏野君に仕事押し付けてるだけだし」


 颯斗は小さく眉を吊り上げるが、気にせず黙々と作業する。それを肯定と取ったのか横の二人は更にしゃべり続ける。


「あいつまじウザくない? 靏野君の彼女気どりしてさ。何様って感じ」

「前なんて後輩泣かせたらしいよ。最低女だよね」


 聞いてもいないのに女子達は悪口を(つら)ねていく。颯斗はイラつきながらも忙しいので無視する。


「まじむかつく。消えてくんないかな」

「そうそう。車に()かれて死んだりとか」


 気づけば颯斗は持っていた針を落として笑っている女子の胸倉(むなぐら)を掴んでいた。教室が静かになる。


「つ、靏野君?」

「死ねばいいなんて言うんじゃねえ」


 怒りのこもった低い声に女子生徒は体を震わせた。


「死んだ奴を悲しむ人だっているんだよ。そうやって命の重さもわからない女が一番嫌いだ」


 吐き捨てると颯斗は手を離して外に出た。頭が冷えてきて、周りを見ると近くに日奈がいた。


「赤城……」

「別にいちいち反応しなくていいよ。あんなのいつものことだし」


気まずそうに後ろ髪をいじりながら日奈は言う。先ほどの話を聞いていたのだろう。


「赤城。もう俺とは関わるな」

「え、いや颯斗には迷惑かけな……」

「俺が迷惑かけてんだろ」


 日奈は固まる。颯斗はため息を吐いて日奈に背を向ける。


「仕事に戻る」


 日奈の表情を見ることができなかった。




 夏は日が長い。学校を七時に出た颯斗だが、まだ少し日が出ている。


「……」


 結局それから女子が言い寄ってくることはなかった。そして日奈も近づいてくることはない。


(赤城は何も悪くないのに)


 怒りが収まらなかったせいで日奈にもキツく言葉を投げかけてしまった。悪いのは自分なのに。あの時、日奈は少なからず傷ついた表情を見せていた。


(遥の言う通りかも)


 広く浅くの関係を悪いとは言わない。ただ無責任に来るもの拒まず去るもの追わずの状態を続けてきた颯斗のせいで日奈はいじめの対象となった。それならいっそ遥のように数少ない友人関係を築いた方がどれほどかいい。


「あれ、颯斗?」


 考えごとをしながらゆっくり歩いていた颯斗は後ろから聞こえた声に反応した。


「遥? なんでまだ帰ってないんだ」


 女の子で。しかもつい数ヵ月前まではストーカー被害にも()っていた姉に対して颯斗は眉をひそめる。いくらまだ明るくても不審者がいないとも限らないし遭遇(そうぐう)した場合喧嘩などできるわけがない。


「わからない所を教えてもらったらこんな時間になっちゃったの。颯斗は文化祭の準備? 大変だね」

「ああ」


 遥は楽しそうに学校のことを話す。主に美智と勉強の話だけだが、何かを思い出したのか顔を上げた。


「そういえば古谷君がね」

「古谷?」


 頭の片隅に美智との会話が(よぎ)る。確か不良で授業をサボっていて。


「彼氏か?」

「違うよクラスメイト。席が隣なの。でね、彼最近学校をサボらずに来てるの。授業出てないし中庭でお昼食べたら寝ちゃうけど」

「それサボりと一緒じゃね?」

「ま、まあね。でもいずれは一緒に授業も……」


 高三は二学期で授業が終わる。後三か月しかないということに気づいたのか遥の言葉尻が小さくなっていく。それより颯斗は自分の姉が不良と仲良くしていることに()(しん)(いだ)いた。


「なんでそいつと親しくしてんの」

「え、なんでって」

「狭く深くを目指してるんだろ。それならそんな危険そうな奴とつるまない方がいいんじゃないか」


 遥はあまりいい気分にはならなかった。ムッとして颯斗を(にら)む。


「古谷君は優しいよ。見た目と噂だけで決めつけないで」


 反論された颯斗は少しひるんだもののすぐに(あざけ)るように鼻で笑った。


「どうだか。遥はお人好しだから」


 そんな颯斗の様子に遥は冷静になって首を傾げる。


「どうしたの颯斗。何だか様子が変よ」

「別に。遥は心配しすぎ」

「でも颯斗。いつもはそんなムキにならない……」


 颯斗に伸ばした手を払われる。呆然としているうちに颯斗は先へ進んでしまう。


「遥はしつこいんだよ」


 冷たく言い放たれた言葉は遥の心に深く突き刺さった。

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