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颯介は引退して以来早く帰ってくるようになった。朝練もなくなり家庭内はのんびり──というわけにも行かなかった。
「コスプレすんだー。颯介君の執事服」
持って帰れと言われてしまったので颯斗は紙袋に入っていた燕尾服を持っていった。それを見つけた羽南はなぜか羽奏に上着を被せた。
「なんだ」
「いやー? 本当は颯介君に着てほしかったんだけど背丈合わないし」
颯斗は文化祭で見られるから、と羽南は着せてきたらしい。夕飯を食べている羽奏にとっては迷惑だろう。現に目が嫌がっている。
「コスってことは喫茶?」
「いいえ。本当にコスプレオンリーです」
人気のものは抽選で落ちたらしい。ただコスプレだけならやってもいいと。
「なぜだ」
「さあ? でも毎年人気なんですよ」
高校生は面白半分が好きだ。成功するか失敗するかはさて置いて。
「お客さんもできますよ。老若男女問わず」
「へえ。ますます楽しそうね。お姉ちゃんも」
「仕事」
「日曜だよ!?」
久々の休日出勤である。休まれないように後押ししたらしい。ブラック企業らしい考え方だ。羽奏は社畜万歳だから気にしていないが。
「えー。折角お姉ちゃんのフル美人が覚醒されそうだったのに。ねえお母さん」
「そうね。まあ合成でどうにでもなるから」
「お母さんが言うと犯罪チックになるのはなんでなんだろ」
羽南は燕尾服を綺麗に畳んで紙袋に入れた。探すのに時間がかかったと日奈は言っていたので少しでも傷をつけたらどうなるかわからない。
「ん? でもコスプレだけで何するの? ゲーム?」
「雑用です。受付だったり誘導だったり事務的なものを」
「じゃあ颯斗君は大忙しだね」
「はい?」
首を傾げる颯斗の顔をまじまじと見る。
「インテリ系イケメン執事が誘導してくれたら世の女性はメロメロになっちゃうんじゃない? 告白だってあるんでしょ?」
「ま、まあ多少は……」
「告白!?」
風呂から上がったばかりの遥が飛びついてきた。反動で羽南はのけぞる。
「誰に!? 誰に告白されたの!? お姉ちゃんに紹介しなさい!」
「違う遥例え話だから……痛い痛い!」
「なんかデジャブ」
遥は颯斗の肩を掴んで強く揺する。颯介の時もそうだったが遥の地獄耳は弟妹の時にのみ発動されるらしい。年頃の男子にとって過干渉な姉はどうなのだろうか。この兄弟は仲がよさそうだが。
「でも友達が多いなら恋心の一つや二つ芽生えるものでしょ。遥ちゃんも一人くらい」
諭す羽南の視線から逃れるように遥は目を逸らした。疑問に思って弟二人に目線を寄越すも泳いでいる。そんな中、円が得意気に走ってきて羽南に耳打ちした。
「あのねーはるかねえね友達少ないんだよー。みちちゃんとー……」
「円!」
遥に首根っこを掴まれて円は引きずられていった。
「その、嫌われてるわけじゃないんですけど。ああいう性格だから友達作る機会を失くしちゃうみたいで」
颯介が代弁する。戻ってきた遥は腰に手を当てて頬を膨らませている。
「いいんです。私は狭く深くを目指してるの。広く浅くなんて危ない人がいるかもしれないじゃない」
「言い訳」
「うるさい! 大体羽奏さんだって友達少ないでしょう!?」
四方が敵になったために遥は矛先を羽奏に向けた。羽奏は顔だけをこちらに向ける。
「ていうかお姉ちゃん友達いるの?」
「いない」
「でしょうね。遥ちゃん、一緒にしちゃ駄目だよ」
羽奏の場合作れないではなく作らないだろう。話しかけられても寄ってこられてもほとんどスルーなのだから。
「むー」
「まあまあ。友達がいようがいまいが本人が幸せならそれでいいじゃん」
膨れる遥を羽南は宥める。半年経って慣れてきたのか最近は謙遜もなくなってきている。
(気を遣わなくなっただけ進展があったのかな)
「あ、そういえば颯斗君。さっきの燕尾服、ほつれがあるから直しとくよ。アイロンもかけとくって役員さんに言っといて」
「え、いいんですか。ありがとうございます」
二階から裁縫道具を持ってきた羽南は早速衣装に仮縫いを始めた。慣れている手つきで指を傷つけることなく短時間で終わらせてしまう。
「動きやすい方がいいよね。混んでるとすぐ破けちゃいそうだし」
楽しんでいる羽南に服を預けて颯斗は自室に帰っていった。