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鶴の恩返し  作者: 雪桃
プロローグ
4/62

「ねえね。おなかへった」

「え、さっき食べたばっか……あ、三時」


 引っ越しの片付けも残りは段ボールを畳むだけとなったところで再び円と颯介が空腹を(うった)えてきた。いつもなら母が毎日手作りおやつを出していたが今ではそうはいかない。


「二人とも、今日は我慢……」

「遥ちゃん集合ー!」


 羽南の声が(かい)()から聞こえる。何だろうかと思い三人で下へ行ってみると羽南が料理をしている(さい)(ちゅう)だった。


「あの、羽南さん?」


 よく見てみると羽南はオレンジ色のパウンドケーキを作っていた。近づくといい匂いが(ただよ)ってくる。


「これは?」

「おやつ。いつもは太るの気にして食べてなかったけど手作りだとヘルシーになるのね。はい味見」


 一口サイズに切ったケーキをもらう。そのまま口に入れると(ひか)えめな甘さが広がる。遥はその美味さに頬を(ゆる)めるがあることに気づく。


「これって……」

「ねえねぼくも!」


 颯馬と円が今か今かと目を輝かせて両手を上げている。


「でもこれ」

「はいどうぞ。ちゃんと座って食べるんだよ」

「はーい!」


 子ども用の皿にケーキを一つずつ乗せて渡す。ちびっ子達は喜んでダイニングテーブルに着いて大きくフォークで切った一口を食べる。そして二人同時に動きを止めた。


「おやー? どうしたのかな君達?」


 にやにや笑いながらわざとらしく羽南は二人の元へ行って聞く。何故か大量の丸く切られたニンジンとまな板を持って。


「これニンジン」

「円ニンジンきらい」


 遥はやっぱり、と額に手を置く。羽南に謝ろうとしたが、彼女は彼女で何か(たくら)んでいそうな顔を見せる。


「そっかーもういらないのかー残念だなー」


 棒読みで羽南はニンジンに何かを押し当てる。するとくり抜かれたニンジンはハートになった。よく見れば星や熊などの型抜きが並んでいる。


「今日はカレーだからこれやってもらおうと思ってたけど嫌いならできないかなー?」


 羽南が型抜きやまな板を戻していく。小さく「ケーキが食べられたらやらせてあげるけど」と呟いて。途端に二人はむせる程速くケーキを(ほお)張り始めた。その変わりように遥は呆然とする。


「子どもは素直でいいね~」


 遥の耳元で羽南はニヤつきながらそう(ささや)いた。




 午後六時。子どもの腹の空きようは尋常(じんじょう)ではなく、夕飯になった。


「あ、あの何か?」

「遥ちゃんこれ見て」


 目を輝かせた羽南は()(まど)っている遥に深さ30センチはあるだろう給食に使われるような大鍋を見せる。鍋には所々カレーの残りがこびりついている。


「カレーに使った鍋?」

「あんなにたくさん作ったのにもうすっからかん。大家族万歳。ビバ成長期」

「は、はあ……それは何より」


 机が埋め尽くされるほどの皿の数と洗い物の量に羽南は感慨(かんがい)にふけっている。遥がドン引いているがお構いなしだ。


「はやとにいにみて。このくまさんぼくがやったんだよ」

「へえすごいな……ニンジン?」


 先ほどの光景を見ていない颯斗が平然とカレーに入っているニンジンを食べている円と颯馬を信じられない目で見ていた。


「は、遥。二人がおかしくなってんぞ」

「あーえっと。色々あって克服(こくふく)した」

「子どもは素直だからチョロ……すぐ食べられるようになるんだよね」

「羽南さん……」


 遥が更にドン引きしているのを他所に、羽南も席について一緒に食べ始める。


「それにしてもいいねー。目の前でご飯がっついてくれるのは」

「いつも一人で食べるんですか?」

「うーん。両親は海外出張が多いからたまにだね。でも姉がいるから一人では……」


 羽南が急に話すのをやめてスマホを見る。何か用事があったのかと黙っているとすぐにスマホを置いて一息吐いた。


「あの社畜(しゃちく)ババア……」

「!?」

「あ、でも基本酒とつまみオンリーだからこういう系の代物(しろもの)はあまり作らないよ」


 羽南が何も変わらず話を進めていく。今のは聞いてはいけないのかと遥達は静かに納得(なっとく)した。




「ねえねおやすみなさーい」

「おやすみ。ちゃんと暖かくして寝るんだよ」


 午後十時。ちびっ子二人が寝たことを確認してから遥は自室にある机に向かう。高二の三学期ともなれば予習復習だけでなく、受験勉強も待っている。()()きで遅れた分もやらなければいけない。

 ふと、フォトスタンドに飾ってある家族写真を手に取って見る。つい一か月前。正月の時に撮ったものだ。この時は両親がいなくなるなんて考えもしなかった。


(羽南さんはいい人。円達もすぐ(なつ)いた)


 だがそれが本性(ほんしょう)かどうかわからない。通夜(つや)でも財産目当てや幼児に妙な視線を向ける者もいた。羽南がその内の一人ではないとは言い切れない。


「……社畜ババア」


 集中できない。ノートは明日友達に見せてもらうとして今日はもう寝る。ベッドに入って目を閉じると眠気が襲ってきた。




 夜中の二時。寝静まった家で羽南は誰かと電話をしていた。


「はいはい? ああお母さん? 遥ちゃん達ならもう寝たよ。うん心配ない。お姉ちゃん帰ってこないけどいつものことだし」


 スマホの向こうで乾いた笑い声が響く。


「ちょっと大人組の警戒心(けいかいしん)が強いけど仕方ないね。様子見。ていうか寝るよ? 私朝一講義なんだから。じゃあね。おやすみー」

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