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鶴の恩返し  作者: 雪桃
夏休み
36/62

35

 監督、部長の話が終わり、バスの時間まで自由行動に入った。近くに大通りがあるので大半はそちらへ行った。


「遥」

「はい?」


 羽奏と宿泊先に行くために準備をしていた遥は顔を上げた。


「お前が話したいと言ってた奴はいるか?」

「村上さん? 多分マネージャーだからいると思いますけど」


 遥は探すような素振りを見せる。だが目の前にいるのは今後について話し合っている顧問と監督、そして雑談している保護者数名。どこにも沙樹らしき人影は見えない。


(あれ、どっか行っちゃった?)

「いないですね。羽奏さん、また夜にでも」

「それが無理になった」


 何故。と遥が聞く前に自分のスマホを見せる。傍から見ても上司からのゲリラのようなメールだということがわかる。


「職場にいる奴らが熱中症にかかったらしい。水分補給しないからだ」


 絶対に理由はそれだけじゃない。そう思う遥だが面倒なのでもう何も言わない。


「でもそれじゃあどうしたらいいんですか。明日は日中忙しいですし夜は帰っちゃいますし」

「だから今その村上とかいう奴と話してほしいんだが」

「今!?」


 羽奏は冗談を言わない。今の発言も本気で言ったようなものだろう。


「え、ちょっと待ってください」

「……」


 遥が慌てて探しに行くのを羽奏は見つめる。


「すいません先生。村上さんがどこに行ったかわかりますか」


 遥は顧問と監督の元に行く。


「村上? さあ。会場にいろとは言ったがどこに行ったかまではわからん」

「そ、そうですか。どうしましょう羽奏さ……」


 振り返ってもあの美人はどこにも見えない。


「……社畜ババア」


 遥は珍しく悪態(あくたい)()いた。




 雑草が()(しげ)っている地面を歩いていく。ただじっとしているだけでも蒸し暑く、水分がなければ熱中症になってしまうだろう。


「ふう……」


 チームの連携は付け(やき)()ではどうにもならなかった。やはり颯介がいなければ(せん)(きょう)は悪い。そしてその颯介を出れなくしたのは自分。沙樹は深く溜息を吐いた。


(どんな顔してこれからバスケ部にいればいいんだろ)


 誰も沙樹を責めていない。責められる理由もない。そうわかってはいるものの、罪悪感は(ぬぐ)えない。

 あの時颯介に行かせなければ。考え事をしなければ。前を見て歩いていれば。考えてももうどうにもならない。


「先輩にどう謝れば……」


 外からでも歓声(かんせい)が聞こえる。沙樹は更に思い詰める。


「おい」


 うずくまりそうになった直後、少し低めの女の声が頭上から聞こえた。


「お前が村上か」

「……そうですけど何か?」


 いきなり名前も知らない美女から声をかけられたことで、沙樹は眉を寄せた。


「呼ばれてる。教師から」


 誰かの姉だろうか。そう思いながら会釈をして横を通り過ぎようとした。


「虐待児」

「へ?」


 物騒な言葉が美女から出てきてつい足を止めてしまった。


「虐待されて可哀想。助けてあげられなくてごめんなさい。ずっとお前は不幸だと言うような言葉をかけられた」

「あの。急になんの話を」

「私は別に可哀想じゃない。そういう家に産まれただけ。今が幸せならそれでいい」


 女は目を丸くしている沙樹を見て口を開く。


「颯介だって。いつまでも申し訳ないと思われたくないんじゃないか」

「……颯介って」


 それには答えずに女は会場内に入っていった。

 戻ってみると、顧問と監督の隣に先ほどよりかは歳の近い、しかし整った顔立ちの女子がいた。


(どこかで見たこと)


 女子がこちらに気づいた。


「村上さん!」

「は、はいっす!」


 急に叫ぶように呼ばれて思わずいつもの癖が出てしまった。


「えっと、お姉さんは」

「村上。彼女は靏野遥。颯介の姉だ」


 言われてみれば似ている気がする。美形は自然と(つな)がるのだろうか。


「こんにちは。ちょっと話したいんだけど、いい?」


 内容はすぐわかった。怒られるのだろうかと想像する。


「わ、かりました」


 遥に手招きされて人気のない所へついて行く。まさか叩かれるのかと思い遥が振り向いた時に身構える。


「ごめんなさい」

「……え?」


 年上に頭を下げて謝られた。全く予想外れなことを目の前でされて沙樹は頭が真っ白になった。


「え……なんで」

「颯介に関して心配と迷惑をかけたから。そしてありがとう。あなたが先生を呼んでくれたから颯介は助かった」


 穏やかに微笑んで礼を言う遥に目を離せない。固まった口を何とか動かす。


「お礼を言われるようなことは何もしてないです。ウチ……私の注意不足が原因で」

「それはそれ。これはこれよ。聞いた? 颯介、もう少し遅かったら二度とバスケができなかったんだって。確かに颯介は巻き添えを喰ったけど、それを助けたのは村上さん。あなたは恩人なのよ」


 恥ずかしくなって沙樹は目を逸らす。遥は漫画のような恥ずかしい言葉を惜しげもなく使う。慣れていない人から見れば痒くなりそうだ。


「本題に入りましょうか。あまり自分を責めないで。そう言っても簡単には収まらないだろうけど。それでも何も悪くないことを気にされるとこっちも気にかけちゃうから」

「それは颯介先輩の姉としてですか」

「うーん。まあ理由の一つとしてはそうだけど。このまま放っておいたら壊れちゃう気がして」

「壊れる?」


 沙樹は意図がわからずに首を傾げる。


「私ね、颯介の他に後三人下の子がいるの。私は五人兄弟の長女で、何でも率先(そっせん)してやってきた」


 親に言われたわけでも弟妹に頼まれただけでもない。ただ自分で「お姉ちゃんだから」と言い聞かせながら生きてきた。弟が産まれてからずっと。


「そんな面倒くさい性格だからすぐストレスが溜まって体を壊しちゃうの」

「……それと今の私って共通しますか」

「そっくりだと思うよ。罪悪感を燃料にして働き続けてる。これじゃあ近いうちにすぐ体を壊しちゃう。しかも本人はそういうのに気づかないもの。だからこうして二人で話したかったの」

「……許してくれるなら。善処(ぜんしょ)します」

「許すも善処も気にしなくていいだけなんだけど。でもわかってくれただけでいいわ」


 話も終わったところで遥は人のいる方へ戻ろうとする。羽奏をまた探さなくてはいけない。


「あの、遥さん。一つ聞いてもいいですか」

「ん? なあに?」

「遥さんは今のに当てはまってないんですか。ストレスで、とか」


 問われた遥は目線を上げて考え込む。だがすぐに微笑む。


「大丈夫。頼れる人が近くにいるから」

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