34
「人が多すぎて暑いですよ」
休憩所で二人は雑談し始めた。相変わらず視線は多いが会場よりかはいい。
「颯介の中学を見なくていいのか?」
「一時間もあるので。それより羽奏さん。颯介って女子に人気なんですって」
「だろうな」
「え?」
今日は予想外なことが多いと遥は思う。羽奏も驚くかと──驚きはしないだろうが知らないとばかり思っていた。
「羽南が言ってた。颯介は母性をくすぐるような子犬の性格とイケメン顔を持ってる。あれはモテない方がおかしいと」
「えー嘘ー」
身内ではわからない部分もあるのだろうが、遥はあまり納得できない。実姉が知らないと言うのが気に食わないのだろう。
「颯介に直接聞けばいいものを」
「実の弟に恋愛事情を聞くのは恥ずかしいんです」
意味がわからないと言うように羽奏は眉を寄せた。
そこから羽奏に仕事の電話が入り、トイレの行列を並んだりしている内に試合開始から三十分経っていた。先に会場へ行って立って見ていた羽奏へ駆け寄った。
「お待たせしました。どうしました?」
「勝敗は決まっただろうな」
まだ半分も時間があるのに? そう思ってコートを見るが、一目瞭然だった。
「やっぱ靏野颯介がいないと駄目だな」
近くで誰かが呟く。
颯介の中学校は開いてに四十点差をつけられて惨敗していた。観客も既にあまり応援していない。
「仕方ないな。エースがいるいないじゃ動き方も作戦も変わってくる」
「そんな……颯介もみんなも頑張ってたのに」
味方の好機は回ってこない。羽奏は小さく溜息を吐いて目を閉じた。
「相手の方が一歩上手だったんだろう」
外へ出ていく羽奏について行かず、遥はただじっとコートを見ていた。
夕方になって颯介は目を覚ました。何もすることがなく早く回復するようにと寝ていたのだ。
(そういえばもう終わったんだよな。なんで姉ちゃん行ったんだろ)
頭を働かせていると、ドアがノックされた。
「はい」
「やっほー。ちょっとは楽になった?」
「にいにへいきー?」
「にいにー」
羽南だけでなくちびっ子二人もやってきた。二人がベッドによじ登ろうとしたのを羽南は止めた。
「寝てたってことはバスケ見てない?」
「はい。というよりローカルなんで見れないんですけど」
病室にテレビはない。羽南は遥から連絡をもらってここに知らせに来たようだ。
「結果は?」
「負けたって」
「そうですか」
羽南は予想が外れたように首を傾げた。
「もう少し残念がると思ってたんだけど」
「いえ残念ですよ。でも出場してないから。引退する実感も湧きませんし」
「なるほどね」
颯介は寂しそうに笑う。やはり出たかったのだろう。中学最後のバスケに。
「まあ高校でもできるもんね」
颯介の指が小さく動く。
「そう、ですね。高校も……」
颯介らしくない歯切れの悪い返事に羽南は眉を寄せる。
「ねえ颯介君。あなた何か……」
「帰る!」
「そうまも!」
何もない病室で飽きた円と颯馬が勝手に出ていってしまった。羽南はギョッとする。
「え、二人ともちょっと待って!? ごめんね颯介君。お大事に」
「あー。すいません羽南さん」
弟妹を追いかけていった羽南に手遅れながらも謝る。制御役の遥がいないから調子に乗っているのだろう。
(高校でも……か)
颯介の頭にふと羽南の言葉が響いた。
羽南に連絡を入れた遥は隣で円を作っているバスケ部を見る。メンバーだけでなくマネージャーや保護者の一部も泣いていた。
(そりゃそうだよね。負けたら悔しいよね)
颯介も去年は泣いていた。身内に見られるのが恥ずかしくて耐えていたようだが、目の周りは赤かったのを覚えている。
(そういえば羽奏さんどこ行ったんだろ)
てっきり休憩所で仕事をしているのかと思ったが、辺りを見回してもそれらしき人物はいない。
(連絡してみようかな)
そう思って遥がスマホを手に取った時、ハイヒールの音が聞こえた。
「終わったか」
「終わったか、じゃありませんよ。一体何して……」
近づいてきた羽奏に違和感を覚え、匂いを嗅いでみる。
「羽奏さんタバコ吸いました?」
「吸った」
それが何か? というような目線を送られたので遥は続ける。
「今まで吸ってるところを見たことがなかったので」
「職場で吸ってる。家は子どもがいるし煙くなるからやめろと言われてるから。週一のペースだがな」
羽奏が言うにはずっとデスクワークをしていると集中力が切れやすくなるから切り替えのために吸っているそう。意外な面も見れた。
「それで?」
「あ、えっと。多分今から反省会だと思います」
羽奏に続いて遥も円陣の中を見る。監督と顧問の後ろ姿が見える。
「えーお疲れ様。まあいい結果には結びつかなかったが、みんな力は出し切ったものと思う」
顧問が静かに切り出す。部員は泣きながらもしっかりと聞く体勢に入った。
「ここにはいないが、颯介もきっと応援してくれてたと思う」
予想はしていたが弟の名前に遥は反応した。無意識に沙樹の方を見ようとするが、人の背に隠れて見えない。
「悔しいだろうし気持ちも沈んでいるだろうが、バスケはここで終わるわけじゃない。これからに向けて更に練習を重ねていこう」
「はい!」
周りからは拍手が起こる。遥も釣られて保護者の方へ寄っていった。
「……」
羽奏はその様子を見ながらスマホを操作する。仕事のメールが山のように来ていた。
(今日は無理か)
スマホから目を離して一点を見つめた。その先には遥がいた。
余計な豆知識:羽奏は職場内でも結構ヘビースモーカー