32
「え?」
颯介は背筋が凍り付くような感覚を覚えた。出られないことは覚悟していた。だがまさか連れていってもくれないとは思っていなかった。
「なんで……」
「今のお前は遠出なんてさせられない。危険すぎる」
「でも!」
「それにこれはお前の姉を見た結果でもある」
なぜここで遥が出てくるのかわからない颯介は首を傾げた。
「今ここでこの話を引き出すのは申し訳ないが、お前のご両親が亡くなったのはつい最近だろ」
「っはい」
「お前の姉は色々と負担を抱えている。そんな中でお前がこんなことになった。さっきまでずっと震えていたんだぞ。ただの余計なお世話かもしれないが体調の優れないお前を連れ出して万が一があった時、俺は責任を取れない。怖い」
颯介は言葉を詰まらせた。顧問は颯介を苦しめたいわけではない。わがままを言っているのは颯介の方なのだ。
「……わかりました」
「そうか。じゃあお大事にな」
「はい。ありがとうございました」
顧問が出ていった後、病室に颯介は一人取り残されたような気分に陥った。
「羽奏さん、お待たせしました」
面会を終えた遥達は駐車場にいる羽奏に声をかけて車に乗った。家事で行けない羽南の代わりに羽奏が運転してくれたが何故か病室にまではついてこなかった。
「颯介は無事でした」
「そうか」
羽奏は早々に車を出した。もう八時を回っている。面会時間ギリギリまでに颯介が目覚めてくれてありがたかった。
「……」
「遥?」
「あの子、大丈夫かな」
遥が言っているのはむらさきちゃん──沙樹のことだろう。一緒についてきた時から取り乱していたらしく遥達が宥めてもただ狂ったように「ごめんなさい」と繰り返し泣いていた。顧問が親を呼んで帰らせたが、それでも収まっていなかった。
「責任を感じてなきゃいいんだけど」
何だかかぶるのだ。昔の自分と先ほどの沙樹が。あのままでは自分を責めすぎて体を壊すのではないだろうか。
「羽奏さん。円達の件なんですけど」
「ああ、キャンセルだろ? それなら」
「いえ、私を連れてってください」
羽奏のハンドルを握る手が反応する。横にいる颯斗もポカンとしている。
「……どうして?」
「村上さんと話がしたいんです」
羽奏は鏡越しに遥を見てため息を吐く。
「お節介もここまでくると見事だな」
羽奏は珍しく面倒そうに言ってから、車を走らせた。
忙しいこともあり颯介の後輩は見舞いにこそ来なかったものの、メールで励ましをくれた。
『先輩の分まで頑張ってきます』
『お大事になさってください』
『東京から応援しててください』
たくさんの励ましメールに颯介は病室で一人苦笑する。部員が沖縄へ行くのは明日だ。颯介が出ないなら円達も行かないだろう。
「……」
送られてくるメールをスクロールしていく。ほとんどが励ましを送ってくるものだが一通、今の部長からのものに手を止めた。
『村上から何か来ていませんか。あいつ、何か様子がおかしいんですけど』
颯介は飛び起きそうになって痛みに寝直した。
『どんな風に?』
落ち着いて返信する。すぐに既読がついた。
『なんかよくわかんないんですけど。いつもみたいに笑わないっていうか。機械みたいに仕事はするんすけど。先輩と一緒にいたの村上だし』
昨日遥達に聞いたら傷はないと言っていた。だがもしかしたら見えないところに傷を作っているのかもしれない。もしくは不良にまた目をつけられていたり。
(……聞いてみよう)
沙樹のアカウントを開いてトークのページに行く。部活の先輩後輩と言うだけなので事務連絡くらいしかしていない。
『昨日大丈夫だった?』
くどくないように短くそれだけ送った。本当はもっと踏み込んで聞きたいが、昨日の今日だ。更に傷つけたくはない。
(でももう少しくらい聞いても……)
「やっほー颯介君。お見舞いに果物買って……」
颯介がスマホをいじりながら悶々としていると羽南が病室に入ってきた。二人の間でしばらく沈黙が降りる。だがすぐに羽南が黒い笑みを浮かべながらベッドまで歩いてきてスマホを取り上げた。颯介が引きつり笑いをする。
「颯・介・君? 何してたのかな?」
「えっと、いや……」
「散々心配かけてくれたのに当の本人はスマホをいじってるのね」
「その……ごめんなさい」
久々に見る羽南の冷笑に颯介は嫌な予感がする。遥が胃に穴を空けそうになった時はものすごく怒っていた。だが颯介が謝ると羽南はすぐにスマホを戻し、そばにあった椅子に腰かけた。
「あれ?」
「重症人に殴りはしないよ。でもスマホをいじるのは賛成しない。頭打ってるんだから余計ね」
「すみません。後輩からたくさん来ていて」
羽南にアプリを見せると感心された。
「すごいね。荒らされてるみたい」
「例え下手ですか」
悪意はないのだろうが知らない人から見ればひどい言葉だ。
「起き上がれる? あーんしてあげよっか」
「大丈夫です」
桃を剥いてくれたくれた羽南がわくわくしながらフォークを差し出してくるのでさりげなく遠慮する。
「そういえば明日からバスケ部が沖縄行くね」
「はい。俺は行けないんですけど」
「まあね」
羽南は大学の帰りに寄ったらしくこれから帰って夕飯の支度をするらしい。
「あ、そうだ」
「はい?」
「遥ちゃんは行くんだって。沖縄」
「え!?」
「じゃあね。また来るよ」
驚いている颯介を他所に羽南は余った果物を袋に入れ直して帰っていった。
「……なんで?」
颯介はただ呆然とベッドの上で呟いた。