31
日は過ぎ、沖縄出発の二日前。沙樹と颯介は片付けをしに体育倉庫へと向かっていた。
「すいませんっす。最後まで雑用なんかやらせて」
「俺がやりたいって言ったんだよ。中学のバスケもこれで最後だし」
「……そうっすね」
沙樹は名残惜しそうに一言そう呟いた。颯介が引退するのが寂しいのだろう。
「そんなに悲しまなくても。引退後も卒業してもたまに遊びに来るから」
「はい」
元気づける颯介に沙樹はうつむきながらも返事をする。そのまま体育倉庫まで続く角に差し掛かった時だった。
「でよー。そん時あいつが……って!」
前を見ていなかった沙樹と不良の一人が角でぶつかった。
「す、すいませんっす。ウチよそ見してて……」
「あ? 謝って済んだら警察はいらねえんだよ」
怯える沙樹に不良の一人が迫った。不良に慣れていない沙樹は更に寄ってきた五人に囲まれて涙目になっていた。
「ご、ごめんなさい」
「お、こいつ意外と可愛くね?」
「ホントだ。慰謝料代わりに連れてこうぜ」
恐怖で逃げられもしない沙樹を無理矢理引こうとする。その手を颯介に遮られる。
「あ?」
「ちゃんと謝ったからいいじゃないか。それにお前だって前を見ていなかっただろ」
本当は少しひるませてから逃げた方がいいのかもしれない。だが颯介には監督のストッパーがあった。暴力沙汰は起こすなと。
「もういいだろ。行こうむらさきちゃん」
颯介が戸惑っている沙樹の手を引いて横をすり抜けようとした。
「ナメてんじゃねーぞ」
直後、右頬に衝撃が走り、血の味が広がった。殴られたようだ。沙樹が小さく悲鳴を上げた。
「先輩!」
沙樹が駆け寄る前に今度は腹に激痛が走り、思わず倒れ込んでしまう。
「こいつ図体デカいだけのひ弱じゃねえか!」
不良達は下品に笑いながら倒れている颯介に暴力をふるい始めた。起き上がらせては殴り、頭を打ちつけられサンドバッグのようにされ、踏みつけられもした。段々と颯介の意識が飛び始めた。
(俺、死ぬのかな)
「やべ、センコウが来た。逃げろ」
(やだよ。助けて姉ちゃん、兄ちゃん……)
「颯介しっかりしろ!」
「先輩!」
(……父さん)
颯介の意識はそこで途切れた。
颯介は自分を呼ぶ声でで目を覚ました。何故か片目しか見えないが、薄ぼんやりと自分を見下ろしているのが姉と兄だとわかった。二人揃って心配そうな、悲痛の表情を浮かべている。
「颯介!」
意識がはっきりしてくるのと同時に遥が飛びついて颯介を抱きしめた。
「いたい……」
「あ、ごめん」
遥が慌てて離れる。痛みで完全に意識が覚醒した。
「ここは? 俺学校で」
「不良に絡まれて意識を失うまで殴られたのよ。先生が救急車を呼んでくれて何とか致命傷にはならなかったの。ここは病院よ」
もう少し詳しく聞くと何度も頭を打ち付けられていて、後五分遅ければ半身不随になってしまったかもしれない程重症だったらしい。
「……むらさきちゃんは?」
「むらさき?」
颯介は颯斗に肩を借りて上半身を起こす。自分の体を見るが、包帯で覆われている。
「一緒にいなかった? 丸眼鏡でハーフアップにしてる子」
二人が顔を見合わせる。
「それって村上さんって子?」
「そう!」
「それなら先に帰ってったよ。夜も遅いし危ないから。それと無傷だよ」
無事なことがわかって颯介は心からホッとした。そのすぐ後、顧問が入ってきた。
「先生」
「颯介、体調はどうだ」
部活の件だと思った兄姉二人は颯介に別れを告げて静かに帰っていった。
「すまなかった。俺がついていれば」
「いえ先生のせいじゃ。ところで大会の件は」
ずっと気になっていた。スタメンの颯介がこんな大怪我をすればチームにも支障が出る。骨折もしているから恐らくベンチにも入れない。
「そのことなんだがな」
「はい」
「お前は連れて行かない」
不良を不良にできない桃メンタル雪桃