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小3ってどれくらい漢字知ってるっけ
「颯介」
「はい!」
バスケをしている中、突然監督に呼ばれた。
「顧問から聞いた。志望校は決めたらしいな」
「はい」
「学力に問題があるらしいが引退したら時間はある。今はバスケに集中しろ」
「はい」
話はそれだけかと思い、颯介はコートに戻ろうとした。それを監督が引き止める。
「推薦を取るってことは余裕ができる。そういう奴は天狗になる可能性が高い」
「天狗?」
よくわかっていないように颯介は首を傾げる。
「暴力沙汰は起こすな。社会の中で違反なことをすれば今までの努力が全て無駄になるぞ。今まで以上に気をつけろ」
「……はい。ありがとうございます」
監督の射貫くような目に久々にたじろぎながらも、颯介はその場を立ち去った。
今は試合も近くなっていることもあり、過度な運動は控えて作戦を練ったり、相手の試合のビデオを見たりと様々だ。
「マネージャー。諸連絡」
顧問が沙樹に促す。二年生である沙樹がマネージャーの中でもまとめ役なのだ。
「移動は前日の二十一日に向かいます。十時に空港集合、十時三十分に出発。当日は時間厳守。遅延などがある場合は必ず連絡してください」
公の場合では沙樹の口癖である「っす」は使われない。中一の時に注意されるまで自覚していなかったらしい。年上には使わないようにしているが颯介には直せていない。
「スタメンの人は宿泊施設に着いたらすぐ会議をします。ベンチ入りの人も夜に集会があるので忘れないように。今言えることは以上です」
それから顧問から事務連絡が少々ある程度で部活は終わった。
帰ってみたら円と颯馬が頬を膨らませていた。
「?」
事情を知らない颯介は目をしばたいて首を傾げる。
「どうしたの?」
ダイニングテーブルに座っている遥と颯斗を見ると二人揃って溜息を吐いた。
「颯介の試合を観に行くって聞かないのよ」
「え? 来ないの?」
「俺と遥だけ。羽南さんも羽奏さんも行けないから保護者がいないんだよ。でも二人が……」
「にいにのバスケ見るもん!」
「そうまもバスケみる!」
「と、こんな感じです」
午前中からずっとこうらしく、二人は疲れ切ってようにまたため息を吐いた。そんなところに円と颯馬が颯介の足にしがみついた。
「にいにつれてって」
「にいにー」
弟妹の可愛らしさについ頷いてしまいそうになったが、何とか抑える。
「前にデパートで迷子になったこと忘れたの? 大人もいないから危ないよ」
颯介に諭されて二人はあからさまにショックを受けていた。上二人よりいくらか颯介は甘い。だから「いいよ」と言ってくれると思ったのだろう。円と颯馬の可愛らしい大きな瞳に涙が溜まっていく。
「ぜったい行く!」
「そうまいくもん……」
颯介にしがみつきながら各々泣きじゃくる円と颯馬。洗い物をしながら様子を見ていた羽南が心配そうに覗き込む。
「大丈夫なの?」
「いつものことです。しがみつくのがお父さんから颯介に変わったくらいで」
「損な立ち回りだね」
慣れてはいるが疲れることに変わりはないのだろう。颯介はなんとか退こうとするが子ども達の力は意外と強い。いい加減痺れを切らした遥が立ち上がる。
「二人とも。行けないって言ってるでしょ。これ以上わがまま言うならお姉ちゃん怒る……」
「ただいま」
最悪のタイミングで羽奏が帰ってきた。遥の拳骨は空を切り、ちびっ子二人は矛先を羽奏に向けて駆けだした。
「なんで泣いてんだ」
「バスケ行くの!」
「にいにみるの!」
察しの悪い羽奏に今までの状況を大まかに話す。
「全国か。いつどこで」
「予選は二十三です。那覇の体育館だったかな」
ちびっ子二人にしがみつかれながら羽奏はスマホを操作する。
「迷惑でしょ二人とも。やめなさ……」
「一日だけなら連れてくけど」
「え?」
あまりにも予想外な返答に全員が手を止めて羽奏の方を見た。視線が集中しても本人は一切気にせずにスマホを操作している。
「え、なんで? 旅行?」
「出張」
まさか羽奏が旅行なんてと羽南は思ったが案の定仕事関係だった。キョトンとしていた円と颯馬だったが行ける可能性があることがわかった瞬間喜びに顔を輝かせた。
「わかなねえねすきー!」
「すきー!」
別の意味で羽奏に飛びつく弟妹に遥は深く肩を落とす。
「現金すぎる」
「まあ小さい子だから」
ちなみに羽南も行きたいと言ってみたが就活に押されて諦めるしかなかった。