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「あー気持ち悪い。あのおばさんのせいで危うく病院送りだったわ」
羽南はトランクや段ボールを家の中に運び込む。すぐ隣に立っていた遥が心配そうに羽南を見る。
「あ、あの、羽南さんは休んでもらっても」
「え? ああごめん、今の例えね。この通り元気だから。むしろあなたが休みなさい。ろくに寝られてないんでしょ?」
相続の話があった翌日、火葬場にも女は来て暴れた。その次の日も暴れた。帰る日になっても喚いてきたので「しつこい」と羽南が問答無用で警察を呼んだので今頃は取り調べか病院だろう。
「にしても多いね。五人分って」
「すみません」
「責めてないって」
遺言書通り遥達五人は芦屋家に移り住むことになった。引っ越し業者に荷物を任せて土地の解約をして、日用品は羽南の運転する車に押し込んだ。
「遥、全部上に持っていったぞ」
「ありがとう颯斗」
遥と顔つきが似ている靏野家長男の颯斗が羽南に気づいて会釈する。
「颯斗君今高一だっけ? 若いっていいなー。私もう体ばきばき」
「はあ……そっすか」
素っ気ない返事だが羽南は一切気にしない。
(年頃の男の子なんてこんなもんでしょ。彼も疲れてるんだろうし)
車を駐車場に停めた羽南は段ボールだらけになっている二階に向かう。
「勝手に箱開けちゃっていい遥ちゃん?」
「あ、はい。お願いします」
きちんとネームペンでどこに何が入ってるか書かれているため、片づけも早く終わる。
「ねえね。はるかねえね」
手際よく片づけている遥の元にちびっ子二人がやってきた。
「どうしたの円、颯馬。下で待っててって言ったでしょ」
遥の妹・円と弟・颯馬は寂しそうに俯く。
「そうまがおなかへったって言ってる」
「うん……」
「え? ああもうお昼か」
様子を見に来た羽南が部屋にかけてある時計を見る。針は十二時ちょうどを指している。
「ご飯にするか。遥ちゃん、みんな食べられないものある?」
「い、いいえ。え? あのどこかでお弁当買ってきますから」
「コンビニ弁当じゃ体に悪いって。素うどんで良ければ作るから」
羽南はそう言うとすぐに一階へ降りていった。これ以上は引き止められないと遥は弟妹も下に向かわせた。
「いただきまーす!」
元気よく手を合わせて円と颯馬は小さい椀に入っているうどんをかき込む。
「子ども用のプレートも買わないとね。食器類は捨てちゃったものもあるし。ていうか冷蔵庫の中酒とつまみしかねえよ……」
「上段ビールだらけ……」
靏野夫妻はそれほど酒が好きではなかったため、冷蔵庫いっぱいに詰められている缶ビールの束に遥は思わず一言零してしまう。
「確か近くに大型スーパーがあった気がする。荷物持ち一人連れてっていい?」
「じゃあ颯介を行かせてください。一番力持ちなので。颯介、いい?」
ちびっ子二人の世話をしている次男の颯介が遥に頷く。運動部所属なのかほどよく筋肉がついている。そうしている内にうどんを食べ終えた二人が食器を片付けに来た。
「ごちそうさま!」
「お粗末様。美味しかった?」
「うん! でもね」
「うんうん。どうしたの?」
「ママのごはんのほうがおいしい!」
颯馬の言葉に沈黙が下りる。糸が張ったように部屋が気まずい空気になる。
「ご、ごめんなさい羽南さん!」
遥が頭を深く下げて羽南に土下座せんとばかりに謝る。
「え、いや別に」
「私片づけしてきますね。ほら、行くよ颯馬!」
遥はキョトンとしている円と颯馬を連れて駆け足で二階へ上がってしまった。
(……私、悪いことしちゃったかな)
全員分の食器を洗い終えた羽南の元に颯介が来た。
「羽南さん、そろそろ」
「ん? ああ買い出し。車の鍵渡すから先乗ってて」
近所のスーパーへ行くだけなので化粧もせず上着を羽織って上にいる遥に行くことを告げてから車に乗り込んで出発する。
「……あの、羽南さん」
「どうかした?」
「さっきの颯馬なんですけど。羽南さんを悪く言いたいんじゃないんです。ただ思ったことをすぐ口に出してしまって」
「ああそれ。全く気にしてないよ」
申し訳なさそうに颯介は先ほどのことについて謝る。そんな颯介に向かって運転しながら言う。
「お母さんの手料理が美味しいなんて当たり前だし嬉しいもん。ちょっとびっくりしたけど。子どもは正直が一番」
車で二十分走ったところで目的地に着いた。
「カレーでいいかな。後適当にサラダ作って。ちびちゃん達が嫌いなものは?」
「えっとピーマン、なす、トマト、にんじん……」
「王道か」
以前程ではないにせよ羽南は肩を震わせて笑う。呆れと可愛らしさに笑っているのだろう。
「無理矢理食べさせると数時間は泣き止まないんですけど」
「いずれは食べられる。といってもそこまで嫌いだと栄養が足りなくなっちゃうね。いつもはどうしてたの?」
「おやつに入れたり飲み物にしてたり。結局バレて怒られます」
そのことを思い出したのか、颯介が遠い目をする。それはもう悲惨だったのだろう。
「ふーん。ならやっぱりこれを使うしかないか」
羽南は食材に混じってある雑貨もカゴの中に入れた。