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バスケ部の顧問でもある担任は、もちろんのこと颯介に多量なまでの推薦が申し込まれていることを知っている。
「一応できる限り最後まで削りに削ってみましたけど、先生の方からは何かありますか」
古都子は家での経緯を簡単に説明した。改めて聞いてみるとこの短期間で十六もある推薦校をうまく絞り上げまとめた古都子の才能と呼べるものは侮れないかもしれない。
「私も大学まで出てはいますが全て一般でしたし。子どもも同じくなので推薦に何が必要かとかはわかりません。それにスポーツともここ二十年以上無縁なもので」
「そこはご心配なさらず。専門がいるので」
担任は自分のパソコンで颯介の個人情報が載っているページを開く。画面と古都子が持ってきた書類を見比べて唸る。
「あちらから申し出るということは万が一がない限り入学できます。ただこの第一志望には少し問題が」
首を傾げている古都子の目の前にA3の折り畳まれている用紙が置かれる。いわゆる成績表である。
「あらすごい。体育以外オール2」
古都子はプライバシーのかけらもなく切り捨てるように言い放つ。悪気は一切ない。隣の颯介は冷や汗が止まっていないが。
「……。え、えっと、ここの高校は偏差値は平均か上を行き来しています。颯介の成績だと入れはしますが」
「何もしなけりゃ留年でしょうね」
何度も言うが古都子には悪気はない。ただあまりにも正直なだけだ。
「……はい。それを踏まえたうえでこの高校を選ぶとなると勉強との両立が必要になるかと」
「今までのツケが全部回ってきた感じね?」
古都子は意地が悪そうに颯介に微笑みかける。颯介は気まずそうに目を逸らす。
「まあ勉強は遥達に任せましょう。君の上二人は勉強に関してはピンだからね。運動はキリだけど」
ちびっ子二人は置くとしても、靏野家は親世代から両立というものができない。上二人は成績優秀だが運動神経は最悪。颯介は前述の通り。亡き靏野夫妻もこの派閥に分かれていた。
「遺伝って面白いわね」
「ちなみにそちらのお宅は?」
「やることやって出るとこ出てです」
羽奏も羽南も良い悪いの中間に立っている。平均的ということだ。
「勉強は家でやらせます。他に何かあります?」
「いえ特に。颯介、お前は?」
「……」
颯介は黙り込んだままうつむく。しばらくして口を開いた。
「あの……もしスポーツ推薦を取って入学したら、バスケをやめることはできないんですか」
「?」
言っている意味がよくわからずに、大人二人は疑問符を浮かべる。
「絶対ってわけじゃないが、推薦校はお前にバスケの技量を求めてるからな。入ることが望ましいだろ」
「そう、ですよね」
「なんだ颯介。勉強が不安なのか? 心配しなくてもちゃんとフォローしてやるから」
「いや、そういうわけじゃ」
歯切れの悪い答え方をする颯介と励ましている担任の隣で古都子は何かを深く考え込んでいた。
面談が終わると颯介はまた部活だ。玄関まで見送りがてら一緒に行く。
「それじゃあ色々調べてみるから」
「ありがとうございます」
颯介はいつもの明るい子犬に戻っていた。何か迷っているような素振りも見せない。
「ねえ颯介。さっきのって」
「うひゃあ!」
古都子の言葉と重なって女の子の悲鳴が響いた。そちらを見てみると、ジャージ姿の女子が荷物を持ったまま尻もちをついていた。
「むらさきちゃん!」
「あたた……って先輩!? な、なんでここにいるっすか!?」
「なんでって……それより何この荷物。他のマネージャーは?」
「みんな帰っちゃったっす」
バツが悪そうに沙樹は頬を掻く。持っていた荷物は到底沙樹一人では抱えきれない量だった。
「持つよ。俺も運ぶから」
「え、でも」
「おーい颯介ー。私帰っていい?」
歩き出そうとする颯介を引き止める。ハッと我に返った颯介はそのまま古都子の元に寄った。
「すいません古都子さん」
「いいのいいの。じゃ、部活がんばって」
古都子は笑って手を振った。踵を返して外へ出ていった。
颯介は沙樹と体育倉庫に向かった。
「先輩。さっきのって」
「ああ、古都子さん? 俺たちの義理のお母さんだよ」
「義理?」
「うん。俺の両親、四か月前に死んじゃったから」
荷物を置きながら言う颯介の後ろで沙樹が体を硬直させる。
「むらさきちゃん?」
「ご、ごめんなさい! ウチ、そういうの疎くて……」
「え? いや気にしなくていいよ。大丈夫」
深く頭を下げて謝る沙樹を宥める。何度か説得した後、ようやく沙樹が顔を上げた。
「さ、戻ろう。遅れるとコーチに怒られる」
「はい」
二人は一緒に体育館へ戻った。最初は気まずそうにしていた沙樹だったが、体育館に戻った後は忙しさにとらわれて忘れていた。