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遥は帰ってから今まで以上に精を込めて勉強を始めた。応援してくれることになった古都子のためにも第一志望の大学に合格したいと更に強く思うようになったらしい。
「がんばってるねー遥ちゃん。次の模試はいつだっけ」
「二週間後です」
「この調子でいけば先が楽しみね」
「お前もな」
ソファに座って目の前のテレビをちびっ子二人と見ている羽南。そんな彼女の肩に手を置いて羽奏は冷めた視線を送る。
「この前の面接は?」
「……グレーゾーン」
引きつった笑みを浮かべながら羽南は視線をずらす。羽奏は容赦なく頭を掴んで強引に顔を合わせる。
「このまま就活浪人になる気か?」
「め、滅相もございません! ただちょっと運がないのかなーと」
「運で仕事が決まるとでも?」
「思ってません! 対策を練ってきます!」
ちびっ子二人を剥がして羽南は自室へと戻っていった。遊んでくれていた彼女が急にいなくなったことに円と颯馬はぶー垂れた。
「羽奏さん鬼畜……」
「あれだけやらないとすぐ怠けるからな。私も今日から仕事だし」
盆休みをもらっていた羽奏だったが、その休みも終わり、今から遅番出勤するらしい。スーツも着ている。
「定時帰りですか?」
「どうだろうな。溜まった分の仕事もあるし。帰りはする」
「わかりました」
羽奏が一つ小さく頭を縦に動かすとバッグを持って出ていった。
「古都子さん。今日の夕飯は……」
振り返ってもちびっ子二人幼児向けアニメを見ているだけだった。少し考えて思い出した。
(そうだ。今日颯介の三者面談だ。大丈夫かな)
「あー参考書の雪崩。あれ、お姉ちゃんは?」
遥は資料を持って降りてきた羽南に説明した。
面談会場である教室の前で古都子が待っていると、ユニフォームにジャージを羽織った颯介が小走りでやってきた。
「お待たせしました古都子さん」
面談を約束した時間までには後五分ある。前の生徒がまだ面談をしているのかカーテンの奥から影が見える。
「お疲れ様。朝早くからがんばるね」
小走りでは出ないような荒い息遣いが聞こえるということはギリギリまで練習していたのだろう。少し汗をかいているため、新しいタオルを渡す。
「パンフレットは持ってきた?」
「はい」
最低でも五校と言ったが古都子の限りない情報網とオープンスクールによって二校まで絞り上げ、志望校の順位まで決められた。
「ここから一ヵ月で志望理由の書類を作って面接練習して。まだ楽にはさせないからね」
「は、はい」
悪魔のような笑みを見せつけられている颯介は顔を引きつらせてしまった。そんなことを話していると前の生徒と親が出ていった。その後に担任が出てくる。
「こんにちは」
「わざわざご足労いただきありがとうございます。どうぞこちらへ」
案内されて古都子は教室へ入る。颯介も後へついていくが、いつも厳しい担任が笑顔で敬語を使っているのに違和感を覚える。
「本題に入る前にまずあの予定表をまとめてくれてありがとうございます。おかげで練習表も整え直しができました」
記憶にない古都子にコピーした以前の表を見せると曖昧に思い出した。
「すごくわかりやすかったです」
「ありがとうございます。職業柄そういうものをよく作るので」
「そうです。そこなんですけどお母様は何の職業に就いていらっしゃるのですか? 海外出張が多いことは知っていますが」
敢えて家庭事情に触れずに担任は疑問を口にした。古都子は少し考えた後苦笑して肩を竦めた。
「任意ならば詳細は伏せてもよろしいですか。海外出張が多いのはアメリカに本部があるからです。少々特殊な職業ですしあまり易々とお答えはできないんです」
颯介は横目で古都子の様子を見る。担任と同じように颯介も気になるのだ。
「そうですか。個人情報ですので深くまで聞きません」
「どうも。では本題に入りましょうか」
古都子は荷物を椅子に置いて担任と向き直った。