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鶴の恩返し  作者: 雪桃
夏休み
25/62

24

「監督、少しいいですか」

「なんだ」


 十分の休憩時間に昨日のことを説明する。


「担任とも話し合ってみますが、どこか抜けていいですか」

「そうだな。推薦校と合宿に被らないところにしろ。八月上旬ならいつでもいい」

「ありがとうございます」


 お礼を言ってその場を離れる。練習時間にはまだ余裕があるので水道へ向かう。


「はあ……」


 頭から水を浴びながら颯介は溜めていた息を吐きだす。思っていたより緊張していたらしい。監督に三年間絞り取られていたら上下関係もはっきりしているだろう。


(帰ったら古都子さんに急いで伝えて。でも担任とも話しあわなきゃいけないし。あれ、明日は誰が来るんだっけ)


 そんなことを考えながら水滴が落ちる前髪をかきあげる。タオルを更衣室に忘れたことに気づいてユニフォームで顔を拭こうとする。


「あ、あの先輩!」

「ん? あれ、むらさきちゃん。どしたの?」


 『むらさきちゃん』こと丸眼鏡をかけてぱっつん前髪が似合う村上(むらかみ)沙樹(さき)が颯介にタオルを差し出す。沙樹は男子バスケ部のマネージャーの一人で颯介の後輩にあたる。ちなみにあだ名の由来は『村』と『沙樹』を合わせたから。


「これ、良かったら使ってくださいっす! そのままだと風邪引いちゃうっす!」

「そう? じゃあありがたく」


 タオルを受け取って髪と顔を拭く。


「ありがとうむらさきちゃん。洗って返すね」

「え!? い、いやそのままでも」

「そういうわけにはいかないよ。ちゃんと綺麗にするから」

「ウチ的にはそれがいいんすけど……」

「ん?」

「なんでもないっす! そ、それじゃあお先にっす!」


 顔を赤くした沙樹は首を傾げている颯介を置いて先に体育館へ行ってしまった。




 日も沈み始めてきた頃に颯介が帰ってきた。


「八月上旬までに入れろと言われました」

「オッケー。意外と期間あったわね」


 古都子と颯介が話し合う間に羽南がスポーツバックの中を(あさ)って洗濯(せんたく)()に放り込む。出していく中である物を見つけた。


「颯介君、このタオル何?」


 羽南が薄紫のタオルを取り出す。


「あ、むらさきちゃんの」

「むらさき?」


 部活の後輩マネージャーに貸してもらったことを説明した。ついでにあだ名も説明する。


「へー」

「?」


 ニヤニヤする羽南に首を傾げる。


「そっかー颯介君にも春が来たのかー」

「羽南、顔が気持ち悪い」


 颯介の頬を指で何度かつついていると羽奏が後頭部を引っぱたいてきた。颯介自身は言われていることの意味がわかっていない。


「その子は彼女?」

「彼女!?」


 颯介よりも先に夕飯の手伝いをしている遥が反応した。俊足並に颯介の元に駆け寄って肩を掴んで強く揺さぶる。


「颯介! 相手はどんな子なの!? お姉ちゃんに紹介しなさい!」

「いや別に彼女ってわけじゃ……姉ちゃん痛いよ」


 弟への動揺(どうよう)が隠しきれていない遥をなんとか抑えようとする。そうしていると不意に古都子が咳払いをして颯介を引き戻した。


「恋の話もいいけどまず面談を優先させて」

「はーい」


 羽南は大人しく引き下がった。遥はまだ戸惑っていたが、颯斗に連れられていった。


「ところで颯介君。何校か来てるようだけどちゃんと候補はあるの?」

「えっ、と……」

「まあ一人じゃ考えられないものね。資料はある?」


 颯介は部屋から持ってきた高校のパンフレットを渡す。


「うわ多い。いち、にー……十校もあるわ」

「あの、一応後六校来る予定なんですけど」

「は!?」


 恐る恐る颯介が言えば流石の古都子も驚きを隠せないように声を上げた。


「二人ともーご飯にするよー」


 羽南が手招きで呼ぶ。


「スポーツ推薦ってすごいのね。みんなそうなの?」

「いえ。先輩は六校でした」

「あれー? 颯介が異常なのー? どしてー?」


 箸を動かしながら古都子は明後日の方向を見る。颯介にも候補を絞ってもらおうとは思っているが、それにしたって数が多すぎる。


「多分これが原因じゃないかな」


 今まで空気になっていた太郎がスマホを見せる。映っていたのは何かの雑誌の切り抜きだった。


「インタビュー……あ、これ颯介君じゃん」


 細かい文字を読んでいくと下の方に写真が貼ってあった。それは(まぎ)れもなく颯介だ。


「いや有名人ってほどじゃ……」

「にいにテレビ出てた!」


 円が()(まん)するかのように大きな声で羽南達に教えた。


「そういえば美歩が去年電話してきたわね」


 一年前の夏休みに古都子が聞いたものといえば。


『古都! 颯介が! 颯介が有名になってるの! テレビにも出てるし雑誌のインタビューも載ってるのよ!』

『ねえ今アメリカ何時だと思ってんの? まだ太陽も出てきてないんだけど』


「本当あの時の美歩はうるさかったわ」


 寝ぼけ眼に耳元で大音量はさぞかしひどいものだってろう。その日のことを思い出して古都子は遠くを見つめる。


「ていうか私達はともかくあんた達は日本にいたでしょ。知らなかったの?」

「興味ない」

「テレビも雑誌も見ないからね」


 指さされた羽南と羽奏は口々に言う。この二人は一般常識がずれていると遥はつくづく感じた。


「全く……ってそうじゃないわ。有名なのも大事だけど面談の話よ。タロちゃん」

「はいできたよ。部活を除けば暇なとき」

「はやっ!」


 話に入ってこなかった太郎は何をしていたかと言うと、颯介の担任の予定・推薦校の予定・そしてオープンスクールの日を考慮した上で三者面談に空ける日時をまとめていた。その隙にご飯も食べ終わっていたらしい。


「毎度のことながらすごいよね。お父さんのデータ(さば)き」

「この技術さえあれば一週間分の仕事も……」

「やめてお姉ちゃん」


 真剣に考察している羽奏を止める。これ以上仕事人間になってしまったらどうなるかわからない。


「よし。大体把握できた。颯介飯かき込みなさい。打ち合わせするわよ」

「え、あ、はい」

「かき込まさないで体に悪いから!」


 古都子の言葉を真に受ける颯介を遥と止めるハメになった。

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