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何を当たり前なことを、と両親が目で言っている。
「今までずっと長女だとか言って名前で呼ばなかったじゃん!」
「あー。そういえば」
羽奏が今まで遥達の名前を呼ぶことはおろか、覚えてさえいなかったのはわかっている。それが急に何事もなく言っているとなれば驚くのも無理はないだろう。
「いつ? いつから覚えてたの?」
「さあ。面倒だったから区別できる程度に呼んでた」
今日までの羽南の努力は何だったのだろうか。ふとそう思い、徐々に怒りが込み上げてきた。遥が説得して何とか鎮める。
「さて。話を戻すわよ」
羽奏の名前騒動が一段落したところで本題に戻る。
「それさー。別に呼び捨てじゃなくて良くない? 自分の言いたいようにってことで」
「でも今見てる感じだと壁が分厚い感じがするし」
「じゃあ何も遥ちゃん達に呼び捨てさせなくても。ほら、円ちゃん達なんかねえね、にいにって呼んでるじゃん。私達も羽南姉ちゃんとかにしたらまだ簡単じゃない?」
「まあ……確かにそれなら呼び捨てより」
遥が同意する。心なしかわくわくしてるような気がするのは羽南の気のせいだろうか。一番上ということは誰かを『お姉ちゃん』と呼んだこともないだろう。
「えー。じゃあ呼び方は妥協しよう」
「なんで上から目線」
仮にも養子。兄弟関係になったからにはよそよそしいのもどうだろう。
「はあ。わかったよ。でも急には無理だからね」
「オッケーオッケー。あ、墓参りしたい。羽奏、車。今すぐに」
「はいはい」
自家用車は一台。姉妹で兼用している。どこまでも自由な古都子は夫を連れてさっさと乗り込んでしまった。
「全く。お姉ちゃん帰りにビール買ってきて。夜中につきあわされんのやだ」
「わかった」
鍵を受け取って羽奏も外に出る。すぐに車の発信する音が聞こえた。
「本当に直進するタイプですね。古都子さんって」
「ねー。あの思い付きで私達拾ったんだからある意味すごいよ」
遥は同意しようとして止まった。聞き間違いかと思って颯斗を見るが、同じ反応をしている。
「拾う? 産んだじゃなくて?」
「え? あれ言ってなかったっけ」
何を。と聞く前に羽南が口を開いた。
「私達捨て子だったんだよ」
途中で花を買ってから寺に着いた。蒸し暑いが、風鈴の音は涼しげだ。
「よし、早速……羽奏、どこ?」
墓の場所を知らない二人のために羽奏が先頭に立つ。法事で来ていたから知っているのだ。
目的地に着くと古都子と太郎は花を活けて合掌した。羽奏も倣う。
「まさか先に逝かれるとは思わなかったわ。でもまあピンコロでいいんじゃない?」
「意味合いが全く違うよ古都子」
親友の墓前に来ても二人は変わっていない。古都子は写真で見せたような白い歯を出して笑う。
「あんた達の子どもは全員幸せにするからさ。天国でのんびりしながら見ててよ。また来るわー」
短くそれだけ言って何の感傷にも浸らず出口の方へ向かっていく。
「悲しいとかないのか」
「古都子は昔からああだから。最後の別れは笑う方がいいって」
「ふーん」
太郎と羽奏もそんな話をしながら後をついて行った。
言われた通りに酒をスーパーで買っていく。古都子が色々便乗してきたせいでカゴが二つになった。
「ただいま」
「おかえりー」
羽南のいつも通りの声が羽奏の耳に入る。だがリビングの雰囲気は少し重いような気がする。
「どうした」
遥の方を向くと目が泳いで口を開閉させている。羽南の方は全く気にする素振りは見せていない。ただ申し訳なさそうにはしているが。
「何。あんた何したの」
「うーん。ちょっと昔の話してたの」
「昔? ああ捨て子の話」
すぐに気づいたところ、古都子の感はいい。
「で?」
だが感がいいのはそこまでであった。そうすると要領が悪い。
「いや、話を戻すとね」
羽南は先ほどまでの話を回想した。
次回少しだけシリアスです。塩一つまみくらい。