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ようやくあの人たちが来ます。羽南にとっては踏んだり蹴ったりです。
夏休みが始まった。学生にとっては一年の中で一番長い休みだ。受験生以外にとっては楽しい行事の一つ。そう、受験生以外には。
「日付が、どんどん、迫ってくる」
「私は、このまま、就職浪人」
遥はともかく羽南までノイローゼ気味になっていた。いい結果が中々振ってこない。
「無駄口叩いてる暇があるなら一文一問でも多くやれ」
会社員である羽奏は本来平日出勤しなければならないが、溜まりに溜まった有給休暇を使っている。羽奏が勤めている所はブラック企業でハラスメントもあるらしいが、この状況を見る限り上下関係は逆転していそうだ。
「はなさん遊んでー」
「あそんでー」
宿題のない幼稚園児の颯馬と小学校低学年の円は遊ぶ気満々だ。
「ごめんね。今は無理なの。お兄ちゃん達に……」
頼んで、と目線を上げたが無理だと悟った。颯介も同様に受験生であり、颯斗はその勉強についている。スポーツに熱中していたからか颯介の学業の成績はお世辞にもいいとは言えない。推薦を取るにしても勉学は必要だろう。
「ああー。二人とも、今日はみんなダメだ。また今度ね」
「むー」
「ぶー」
二人は口を尖らせて頬を膨らませて機嫌が悪いように見せたが、大人しく隅で遊び始めた。
「でもお姉ちゃん。これ以上私どうすればいいの? できるものは全部入れてったはずなんだけど」
羽奏のようにデスクワークや事務とは違い、難易度も高い。羽南の現状がそう言っている。
「もう疲れました……」
国立を狙っている遥も文字の羅列にダウン寸前である。偏差値も良い方ではあるのだが、合格ラインまでには至っていない。
ちびっ子二人を除いて重い空気が部屋内を満たしている中、インターホンが鳴った。
「宅配ですかね」
「さあ。お姉ちゃんちょっと見てきて」
羽奏は促されるままに、玄関の方へ向かっていく。
「そこに画面出るのに」
「お姉ちゃんなら誰来ても平気だし」
でも一応。と羽南はドアのすぐ隣にあるインターホンの液晶画面を覗き込もうとした。その時だった。
「たっだいまぁぁぁぁ!!!!」
鼓膜が破れそうなくらいの大声を響かせながら一人の女が中に入ってきた。
「あでっ」
女が一気にドアを開いたために、羽南の後頭部に思いきり面が当たった。インターホンはドアを垂直にある。ドアを90度に開けたら平行になる感じで。つまり今の羽南にとっては大打撃である。
だがそんな痛がっている羽南を放置して女は目の前にいるちびっ子達に目を輝かせている。
「可愛いでちゅね~新しいお土産買ってきまちたよ~」
女はすぐさまスマホを持って何枚も写真を撮る。
「ねえ」
羽南には目もくれずに女は目を見開いている颯斗と颯介の元へ寄っていく。
「あらあら二人とも大きくなって。初めて会った時はまだこーんな小さかったのに」
そう言って女は親指と人差し指を使ってうずらの卵かというくらい小さい形を作る。
「ねえちょっと」
やはり羽南には反応をせず、今度は遥の方へ向かう。
「久しぶりね遥ちゃん。覚えてる? あーでもまだ三歳だったものね」
ポカンとしている遥の手を掴んで女は強く上下に振る。
「ところでなんだけど」
何かを捜すように女は首を動かす。
「羽南ってどこにいるの?」
羽南の頭の中で何かが切れた。
「あんたの! 目の前に! いるじゃねぇかぁぁぁぁ!!」
今まであげたことのない怒鳴り声を発する。女の耳元で。しかし女はどうということもなく。
「あ、いた。もう、いるならいるって言えばいいじゃない」
羽南は殺気をあげて女を殴りにかかる。だがその前に羽奏に止められた。
「喧嘩は後にしろ」
「あ、羽奏……」
「あんたは一回黙れ」
寄ってきた女の口を封じた後、羽奏はでかいスーツケースを隅に置いてドアに立っているこれまた見知らぬ柔和そうな男を手招きした。
「……遥ちゃん」
「は、はい!」
「全員集合。全部説明するから集まって」
最高に疲れたようなため息を吐いて、羽南は促した。