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鶴の恩返し  作者: 雪桃
プロローグ
2/62

雪桃は法律よくわからない大学生なので遺産関係のもので間違っている場合教えて下さい。

 人間誰しも死ぬ時など決められない。

 病死だとしてもその病がいつまで続くかわからない。突然病気が悪化するかもしれないし、奇跡的に助かって長生きするかもしれない。

 それなら事故死なんて言うまでもない。買い物帰りに車を走らせていたら飲酒運転のトラックに巻き込まれて即死なんて誰が予測できるだろうか。

 しかもそういう不慮の事故に限って親戚や近隣の住民は(こう)()の目であることないこと言いふらし、励ましたり、逆に責めたりする。


「可哀想に遥ちゃん。まだ弟君四歳でしょう?」

「え、ええ。どこかの養子に引き取ってもらおうかと」

「でも五人兄弟を引き取ってくれる所なんてあるの?」

「あ、あのそれは……。私が働いて何とか」

「高校中退だと待遇(たいぐう)もきついわよ?」


 日も暮れた冬真っ盛りのこの日。先日、自動車の衝突事故に巻き込まれ、心臓破裂により即死した靏野(つるの)秀明(ひであき)と妻・美歩(みほ)。この二人の間には五人の忘れ形見がいた。その一人が遥。まだ十七の長女だ。

 遥は作り笑いを浮かべる。それを何と勘違いしたのか名前も知らない年配の女が遥にしつこく話しかけてきた。


「でもね……実を言うとあなた達のご両親にも問題があったんじゃないかと思うの」

「え?」

「だって事故のあった日は雪のせいで滑りやすかったのよ。それに事故にあったのは昼過ぎだっていうじゃない。もしかしてご両親が不注意だったんじゃない?」


 遥は爪が白くなってしまうほど強く手を握る。言い返したいがどうせ返り討ちにあうに決まっている。


(我慢……我慢しなきゃ)


 そう思う度に涙が浮かんでくる。顔を(うつむ)かせた遥を見て女はわざとらしく背中を叩いて励ます。


「あらあらごめんなさいね。気を悪くさせちゃったかしら。さっきはあんなこと言ったけど私が皆引き取りましょうか? 少し交通の便は悪いけど都会だし」

「お話しのところすみません。娘さんに用があるんですが」


 話を遮られた女は気を悪くしたのか少し顔をしかめたが、相手が弁護士だとわかると大人しく引き下がった。何故か遥の横にくっつく。


「遺産の話で参りました」

「は、はい」


 遥は戸惑いながらも返事をする。長女と言ってもまだ高校生。法律も遺産もわからないことが多い。


「ご両親が万が一にもと遺書を遺しておられました。読み上げますね」

「遺書なんて若いうちから。だから不幸が起こるのよ」


 ()(ごと)を繰り返す女を他所に弁護士は続ける。


「財産は子どもに全て配当する。もしまだ未成年であった場合は芦屋太郎、古都子夫婦に実子と財産を預ける。要約するとそう書いてあります」

「あしや?」

「はあ!?」


 聞き覚えのない名字に遥は首を傾げる。その隣で女の声が式場に響いた。その場にいた全員が黙り込み、こちらに目を向ける。


「誰よそいつら!」

「靏野夫妻の幼馴染だそうです」

「普通身内に預けるでしょう!? そんなの認めないわ!」

「しかし法律上遺言を優先するので……」

「きっとその芦屋って奴が誑かしたに違いないわ! そいつらを吊るし上げてやる! 名乗りなさいよ!」

「はーい」


 女が一歩的に怒鳴り周囲をドン引きさせている中で(のん)()な返事があがる。今度は全員声の主の方を向く。

 声の主は今どきの決して悪目立ちしない濃い茶色の髪を肩のところまで伸ばし、内巻きにカールした成人を超えたくらいのスーツを着た娘らしい。どう見ても大学生か新卒(しんそつ)で、四十代半ばで死んだ靏野夫妻の同級生とは思えない。


「あなたが芦屋古都子ね!? 若作りするなんてとんだキチガイ女じゃないの」

「いやー? 若作りなんてしてないですよ。今もちょっとファンデ塗って口紅つけてるだけだし。お通夜でケバイ化粧なんてしないでしょ」

「若さ自慢? なんて下品な女。四十後半の女が二十代だなんて恥ずかしいわ」

「そう言われても私今年二十二になるんですけど」

「こんな奴より身内の方が安心して……は?」


 やっと隙ができたとばかりに彼女は弁護士と遥の元へやってきた。


「二人の代理でやってきました。芦屋羽南です。これ身分証明書」


 羽南(はな)から渡された身分証を弁護士は受け取る。間髪入れずに羽南はバッグの中から物を取り出していく。分厚いアルバム数冊にレポートのような冊子、レコーダーまで。


「多分親戚の人から疑われるだろうから証拠全部持ってけって。このレポートはちゃんとしたところで契約して双方のサインもしてあるし念のため言質取るってICレコーダーに話し合い全部入ってる。これで足りないなら電話しろと言われました」

「ご両親は今どこに?」

「アメリカです。海外に長期出張で帰るのは今年の夏ごろですって」


 弁護士が冷静に全て受け取り、最後に羽南の電話番号を聞いたところで今まで沈黙を貫いていた周りも一件落着とばかりにまた歓談(かんだん)を始めた。ただ一人を除いて。


「ふざけないで!」


 羽南の耳元で女が(わめ)く。羽南は「耳がぁ……」と弱く声を出す。


「どうせ洗脳よ! 調べればわかるわ。詐欺師! 訴えてやる!」

「いや訴えるって証拠もないのに。ていうか訴えるのは置いとくとしてあなた誰なんですか。見たところこの長女……遥さんだっけ? もわかってなさそうだけど」

「秀明さんの本当の妻よ! 私達は運命の赤い糸で結ばれてるの!」


 再び沈黙が落ちる。しかし今度はそう長いものではなく、羽南が腹を抱えて机に突っ伏す。


「や、やばい……ほ、ほんものの……電波女……わ、笑い死ぬ」


 過呼吸を起こしながら笑う羽南と涙も引っ込むほど呆然としている遥の代わりに靏野秀明の元同僚数人が女を追い出した。

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