17
その日の夜。遥の部屋の扉がノックされた。
「はい?」
「遥ちゃん。勉強はかどってる?」
差し入れ持ってきたよー。と羽南がお盆に乗っているカップを差し出してきた。中にはホットミルクが入っている。
「ありがとうございま、す?」
受け取ろうとした遥の手をすり抜けて羽南は部屋に入り込んでくる。
「羽南さん?」
「ずっと勉強漬けじゃストレス溜まるでしょ。ちょっとおしゃべりしよう」
よく見たらカップは二つある。最初から居座る気満々らしい。ちょうど遥の気も散ってきていたところだったので、拒否はしない。
「もうそろそろ試験だっけ。私もそこそこ学歴はあるしわからないところがあるなら教えるけど」
「大丈夫です。休みの分も復習したので」
「おお。流石」
小さく拍手をする羽南に苦笑を浮かべる。
「一応受験生なので。みんなピリピリしてるし。邪念は追い払わないと」
「ふーん。それにしては邪念が誰よりも多いように見えるけど」
「え?」
羽南が意地の悪そうな笑みを浮かべながら遥を見る。
羽南は首を傾げている遥に今日の出来事を話す。美智に会ったことと古谷と遥の関係。話し終わった後、遥が言葉に詰まっているのが見えた。
「ああごめん。責めてるわけじゃないの。ただあまりにも思い詰めてるから心配になって」
「すみません」
しばらく遥は頭を下げて項垂れていたが、沈黙に耐えられなくなったのかゆっくりと口を開いた。
「古谷君に気まずい思いをさせちゃったんです」
「怒らせたんじゃなくて?」
「怒ったのは私です。怒り任せに何も悪くない古谷君を責めたんです」
遥は古谷が進路について親と喧嘩していること。喧嘩できることが羨ましかったこと。受験のストレスや羨望が混ざって身の上話をしてしまったこと。
「気が急いた遥ちゃんも悪いけどその原因を作った古谷君もまた悪い。半々だね」
羽南はどうするべきか顎に手を当てて考えている。
「謝りはしたいんだよね」
「はい。毎日中庭に行ってるんですけど」
担任が住所を知っているだろうが、私欲に教えることは確実にないだろう。
「待ってたって時はすぐ経っちゃうだろうし。でも遥ちゃん。気にはなるだろうけど必ず策はあるだろうから。今のまま思い詰めてるとみんな心配しちゃうし」
「……はい。でも仲直りできないのは辛いです」
「気長に待つしかないだろうね。今は勉強。テストが終わったらまた考えよう」
「はい」
話が一段落するとまた勉強する気になった遥のカップを持って、羽南は部屋を出た。
数週間後。テストも難なく終わり、夏休みに向けて教材を持って帰る準備をする。試験休みのためかほとんどの生徒が校舎に来ていない。
「……」
(こんな日に来るとは思えないけど)
遥は七月前半だというのにそこだけ異世界のように涼しい中庭へ足を踏み込む。
ひと月は空回りした遥だ。今日もそこまで期待していたわけではない。それでも体は勝手に向かっていく。
「……あれ」
大樹の下で誰かが寝ている。いや、あの金髪は一目でわかる。
(古谷君……!)
慌てて近寄るが、古谷は熟睡していて遥に気づいていない起こして声をかけるのも気が引ける。
(これで気を悪くさせちゃったら元も子もないし。でもこの機を逃したら今度はいつ会えるかわからない)
悩んだ末、遥は一度教室に戻った。ノートのページを一枚切り裂き、そこに字を書いて小さく折り畳む。
(我ながらなんて古臭い……)
中庭に向かい、古谷がまだ寝ていることを確認してからそっとズボンのポケットに手紙を忍ばせる。応えてくれるかはわからないが伝えることだけはした。後はいい方向に行くことを願うだけだ。
家に帰った遥はすぐに羽南に現状を伝えた。
「良かったじゃん。自分の意見を言えただけでも大きな進歩だよ」
「はい。夏休みに入る前に会えただけでも良かったです」
遥が手紙に記したものは、要約すると『話がしたい。終業式に会おう』というものだった。
ひと月も会っていなかったただのクラスメイトの願い通りに来るかと言われれば確率は低いだろう。だが何もしないよりかはどれ程かいい。
「じゃあ終業式はお弁当二つね。ちゃんとケリつけておいでよ」
「はい。ありがとうございます」
遥の不安も軽減されて、終業式の日になった。




