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鶴の恩返し  作者: 雪桃
春から梅雨
17/62

16

 六月になってから週の半分以上が雨だ。それに加えて湿気を多分に含んだ嫌な暑さでやる気が失せていく。


「洗濯物も乾かないし。生乾きだし」

「はなさんくさーい」

「誰が臭いじゃこらー」


 暇を持て余した円と颯馬がちょっかいを出してくる。羽南も一緒に乗ってやる。


「にしても靏野家は大変だったろうね。こっちは二人分だから乾燥機ぐわんぐわん回してたけど」

「ママいっつもイライラしてた!」

「パパたたいてた!」


 羽南は記憶の薄い靏野夫妻を想像して密かに合掌(がっしょう)した。特に父・秀明に同情しながら。


「それより遥ちゃん。きのこ生やさないでもらえるかな。流石に食べられないから」


 何がどうなったのか知らない羽南には全くわからないが、この一週間で遥は劇的に暗くなってしまった。


(受験ノイローゼ? 五月病? 片頭痛? うーん……)


 受験はまだだろう。第一あのスパルタ社畜に耐えているのだから。


「そういえば」


 遥がおかしくなり始めた日の夜に弁当はもう二つ作らなくていいと言われた。


(友人間のトラブルか……それはちょっと範囲外だな)


 だが見てるだけというのも続けていられない。実際この一週間ちびっ子達がぬいぐるみを与えても弟二人が揺すってみても戻らなかったのだ。


「ねえね元気ない」

「そうだねー」


 洗濯物を素早く取り込んでカゴに放り込む。ちびっ子達はそこから畳んでいく。率先(そっせん)して手伝いをしているところが(えら)い。


「ただいまー」

「おかえり……うわびっしょびしょだね」


 休日でも部活だった颯介が帰ってきた。傘は差していたはずだが。


「傘が役に立たないくらいの土砂降りでした。兄ちゃんは雨足が弱まるまで図書館に行くそうです。俺も午後練するんでシャワー借ります」

「大変だねー期待を背負うのって。大半の子はそろそろ引退でしょ」


 スポーツ推薦を取らない部員は六月半ばで引退するらしい。颯介は中二からエースとして活躍しているのでコーチにまだ留まって欲しいと願われている。


「でもバスケは楽しいんで」

「いいねースポーツで青春。私は部活入らなかったしな」


 照れ隠しのように颯介は頬を掻く。そのままにしておくと風邪を引いてしまうため、早急に風呂に行かせた。それにしても雨は強くなるばかりで一向に収まらない。


(これ颯介君行きで濡れるな。送っていこう)


 図書館にいる颯斗と休日出勤している羽奏にも迎えに行くことを伝え、昼食を終える。


「ちびちゃん達に命令です。皆が帰ってくるまで遥ねえねを見ていてください」

「らじゃー!」


 意気消沈している遥が何をしでかすかわかったものじゃない。円と颯馬に見張りをお願いすると車を発進えた。雨のせいでワイパーが大忙しである。


「絶対やまないねこれは。室内でも湿度すごいんじゃない」

「熱気と汗で臭い蒸し風呂ですよ。六月いっぱいは冷房禁止ですし」

「ひえぇ」


 中学校の入り口で颯介を降ろす。帰りに連絡を寄越(よこ)すよう伝えた。


 羽奏が駅に着くのはもう少し後だ。その前に颯斗を迎えに行く。図書館に着くと入り口付近に颯斗とポニーテールの女子が談笑していた。


(彼女?)


 羽南は窓を開けて颯斗に手を振る。すぐに気づいた。


「わざわざすみません」

「いいのいいの。隣の方は?」


 話を振られた女子は羽南に頭を下げる。


「はじめまして。知念美智です」

「引っ越す前は家が近所で。遥と同じ学校なんです」

「へえ。あ、そうだ。迎えがないんだったら美智ちゃんも乗ってく? 外ひどいしついでに」


 遠慮がちだった美智だったが、外の雨量を見て送ってもらうことにした。


「近所ってことは一丁目?」

「はい。遥達の元の家の三つ隣です」


 引っ越す時に荷造りを手伝った羽南は指示されずとも目的地に向かう。信号待ちをしている時、ふと後部座席に座っている美智が口を開いた。


「ねえ颯斗君? 最近遥の様子どう?」


 隣の颯斗を見て言う。颯斗は首を傾げる。


「えっとあれです。中二の時に他の生徒と喧嘩になった感じです」

「やっぱり」


 遥があんな状態であまり弟二人が動じなかった理由がわかった。だとしても対処法は見つかっていない。


「あれね。多分転校生が原因なの」

「転校生?」


 部活で席を外していた美智にも詳細はわからないらしいが、どうやら古谷という転校生と喧嘩をしてそのまま行きずり中らしい。


「授業もまともに出ないような不良だから気にしなくていいって言ってるのに」

「遥ちゃんはどこに行っても苦労人なんだねー」


 五人兄弟の長女ともなれば気苦労も絶えないだろう。そして面倒事を自分から引き受ける。


(きのこ生やしてるくらい落ち込んでるなら自然消滅は無理だろうなー。かと言って解決策もなし)


 隣町は車ですぐ近く。十分もしないうちに美智の家に着いた。美智はお礼を言うと帰っていった。

 羽南を迎えに行く前に夕飯の買い物をする。


「遥ちゃんの好きなもの尽くしにするか。それとも嫌いなもので正気に戻すか」

「多分あれはどっちにしろ戻らないと思います。前も結局仲直りして元に戻ってましたし」

「うーん。古谷君の家がわかればいいんだけど。早々見つかるわけじゃないしな」


 いい対策が見つからないまま夕食の材料を買い、羽奏を迎えに駅へ運転してから家に着いた。

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