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鶴の恩返し  作者: 雪桃
春から梅雨
15/62

14

「また不採用……」

「またD判定……」


 梅雨時に差し掛かった五月下旬。羽南と遥は目の前に『不採用通知』と『模試結果』を置いて(うな)()れていた。


「どうしようお姉ちゃん」

「どうしましょう羽奏さん」


 二人の前にいつもより死んだ目をしている羽奏が座っている。羽南だけでなく遥からも早急に帰るようメールが来たため、ノルマとついでに先輩の後処理までして定時で帰った結果これである。


「姉ちゃんも羽南さんも大変そうだね」

「お前はもっと緊張感を持て颯介」


 同じ受験生なのに他人事のような弟を颯斗を叩く。ちなみに颯斗は(りん)()家庭教師である。


「バスケで推薦取れるにしたって勉強はできなきゃやってけないぞ」

「うんわかってるよ。でも実感が湧かないっていうか」


 茶目っ気を含みながら笑う弟を見て颯斗は呆れたように息を吐く。


「泣きを見るのはどっちが先か」


 羽奏は二人の書類を見て冷静に分析する。


「長女。お前は得意不得意にムラがありすぎる。夏休みまでに全部克服しろ。点のいい科目は隙間で復習できるから」

「はい」

「羽南。仕事は一回や二回で決まるような甘いもんじゃない。評価が上々になるのは珍しい。ここでへばったらこの先やってけない」

「はい」


 なんだかんだで羽奏は面倒見がいい。伊達(だて)に先輩後輩の尻ぬぐいをしていない。


「予想はしてたけどやっぱ不採用って辛いね」

「否定は精神のダメージに有効だからな」


 羽南は丁寧に書類をファイリングしていく。


「それで。遥ちゃんは何を悩んでるの?」

「え? だから受験で」

「受験とお弁当が増える関係性ってお姉さんわからないなー」

「へ!?」


 急な指摘に遥は裏返った声を出す。


「いやそりゃわかるよ。逆に何で気づかれないと思ったの」


 羽南には内緒で冷凍食品を詰めた容器を朝一で解凍しておにぎりをコンビニで(こう)(にゅう)する。遥はバレてないと思っていたらしいが、実は初日から──ひと月程前──全員にバレていた。


「別に怒ってないよ。ただ理由は知りたいなーと思って」

「ごめんなさい。その、クラスメイトがお腹鳴らしてるのに弁当持ってきてなくて。お節介が働いて」

「流石はお姉ちゃんだねー。いいよ。どうせ一人や二人変わんないし」


 相変わらず出費に関しては迷いのない羽南。姉共々趣味と呼べるものがないため貯金は結構あるそう。


「それにしてもよく食べるんだね。男の子?」

「え、ええ。本当に食べるんです」


 そう。成長期の男は体に似合わず沢山食べる。古谷雅人も例外ではなかった。




「古谷は……今日も欠席か」


 一ヵ月、遥の右隣は空いたままだ。不良と呼ばれている古谷が転入してきて一ヵ月。学校に来ているのか来ていないかもわからない。机の中はプリント類でいっぱいだ。


「ねえ聞いた遥? 古谷って親のコネで入ったらしいよ」

「コネ?」


 美智が声をひそめて言う中で遥は首を傾げる。


「そう。親がどっかの社長でエリート校に入れたかったらしいよ。でも一年毎に退学」


 まああんな素行じゃしょうがないよねー。と言う美智にどう返したらいいかわからずにただ苦笑する。

 そんなある日。


「なぜ高三に(ざつ)()をやらせる」


 テニス部所属の美智は苛ついているのか髪をいじっている。


「仕方ないよ。まだ慣れてないんだから」

「うー。ごめん遥。ご飯食べちゃってて」


 美智がいなくなった後、遥は中庭に向かおうとした。教室で一人は何かと寂しいものである。その道中。


「靏野」

「はい」


 教師に呼び止められる。次の授業担当だった。


「この備品とプリント、使わなくなったから倉庫に置いてきてくれないか」


 倉庫は中庭の延長にある。ただその量は無茶ぶりレベルだ。だがここで断る理由も見当たらない。


「……わかりました」

「頼んだぞ」


 弁当と一緒に荷物を持つが。


(重い。前見えない)


 なんとか下を見て進めてはいるが、前はほとんど見えない。誰かとぶつかったら危ない。そう思って角を曲がった途端誰かとぶつかった。


「あ、わり……」


 相手は何も被害がなかったらしい。遥も何かに(かば)われて──庇われた?

 見上げると最初に映ったのは金色の髪だった。


「ひっ。す、すいませんでした!」


 遥が呼び止める間もなく相手はどこかへ消えてしまった。


「あ、ありがとう古谷君」


 古谷は遥を見下ろして舌打ちする。


「ちっ。前見て歩けよ」

(正論だけど仕方ないじゃない。この荷物見てよ)


 遥は心の中で愚痴を呟いた。うっかり口を滑らせたら最後、どうなるかわかったものじゃない。謝ろうとした矢先、古谷が荷物の大半を持っていた。


「え、ちょっと」

「どこまで」

「は?」

「だからどこまで持ってくんだって聞いてんだよ」


 ぽかんとしつつも遥は行き先を伝える。古谷は黙ってそちらへ行ってしまう。


「あ、待って」


 遥も慌ててついていった。

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