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桜が満開シーズンを迎えている頃。学生、会社員にとっては新たな生活の始まりでもある。
「お花見したーい」
「いいから黙って履歴書やれ。はいボツ」
「また!?」
超スパルタ社畜の羽奏に扱かれながら、大学四年であり就活生の羽南は何枚も書類をやり直す。
「兄ちゃんここ教えて」
「颯介が羨ましい。私も上に誰かいれば……」
靏野家も同様。高三の遥と中三の颯介。遥に関しては推薦も取れない一般受験組なために、気を病んでいる。
「はなさんどこではたらくの?」
「第一志望は弁護士だと」
「べんごしってなにー?」
「浮気とか冤罪をかけられた人を守るような仕事か?」
「うわきってなにー?」
「えんざいってなにー?」
「なんでまもるのー?」
子どもの『なになぜ攻撃』が始まった。羽奏が一から教えようとしているところを何とか抑える。
「大人になればわかるからね」
三月中旬に靏野夫妻の四十九日も終わった。少々懸念していた通夜で問題になった女はいなかった。いてもどうせ羽南を苦しませるだけだが。
何はともあれ、この年はハードスケジュールになりそうだ。
まだ巷は春休み。羽奏も休み。数少ない家族全員で過ごす休日。そこに一つチャイムが鳴った。
「はいはーい」
羽南は手際よく印鑑を押すと、荷物を受け取る。
「おっも。颯介君ヘルプミー!」
「はい? うわ重っ!」
颯介がゆっくりと段ボールを床に下ろす。
「出先アメリカなんですけど」
「あけていい?」
「ちょっと待ってね。カッター持ってくる」
颯介が重いと言ったように段ボールの大きさは尋常じゃない。
カッターで切れ目をつけた羽南はすぐに中を見る。一番最初に見つけたのはネズミのぬいぐるみだった。
「ミッキー?」
「ミニーもいるよ!」
「プーさんも!」
遥達が諫める前にちびっ子二人が中身をどんどん出してしまう。主に某ネズミの国に登場するキャラの人形が所狭しと入っていた。ミニサイズならともかく颯馬とさほど変わらない大きさのぬいぐるみが沢山入っているのだから重くもなるだろう。ぬいぐるみも全てなくなるとチーズやらソーセージやらつまみになりそうな食品や新品の勉強道具が埋まっていた。
「こんなにいっぱいどこから?」
「はなさんへんなきかいがあった!」
颯馬が片手で持てるくらいのICレコーダーを羽南に手渡した。間髪入れずにスタートさせる。すると
『ハローマイベイビー!! 元気ー? ママがいなくて寂しくないでちゅかー?』
部屋中に響き渡る程の大音量がレコーダーが飛び出た。
『そこに秀達の子どもいる? あ、靏野んとこね。夏休みに帰る前に進級祝い送っといたから。あ、ぬいぐるみ? ちびちゃん達の好み知らないから片っ端買ってきた。いらないやつはフリマにでも売っちゃってー。定期的に連絡しなさいよー。じゃあねー』
音はそこで途切れた。辺りは静かに──円と颯馬はぬいぐるみにはしゃいでいる──なった。
「今のって」
「ねえお姉さん」
「何だ」
「なんでここの親はこんなにもがさつなの」
「知らん」
遥の言動を遮って二人は会話する。羽奏はいつも通り無表情だが羽南も死んだ目を見せている。
「知らないからって全種類送ってこなくても。ていうか教えたんだけど。ディ〇ニーよりピ〇サー派って」
「そうなのか」
「言っとくけどあんたにも教えたからな!? 先月! 名前と一緒に毎日!」
羽奏があまりにも覚えないため、わざわざ毎日羽南が連呼しているのにまだわからない。男の方は名前は覚えたが顔がはっきりしないから結局一緒だ。
「あ、あの! この女性ってもしかして」
「ああうん。遥ちゃん達の義理の親になる人。芦屋古都子」
芦屋古都子と言えば靏野夫妻に何かあった時、子どもを成人まで預かると言った張本人だ。
「随分パワフルな方ですね」
「遥ちゃんこれ違う。うるさいっていうの」
通夜と火葬を行った翌日。羽南が証拠と言って持ってきていたアルバムを遥達も見せてもらった。そこには幼少期から大学、成人と幅広い種類の写真があった。靏野美歩は大人しそうで優しい雰囲気が漂っている。反対に古都子はスポーツ好きなのか小麦色の健康そうな肌と白い歯を見せた笑顔が多い。
「これ片づけんの誰だと思ってんだか。ちびちゃん、好きなだけ持ってっていいよ」
「やったー!」
羽南が許可するや否や二人は仲良くぬいぐるみを選び始めた。
「そんでこれが遥ちゃん達のね」
「いや私達は」
「もらってよ。幸い柄はそんなに悪くないし。進級祝い」
「はあ。それじゃあ」
暇になった羽奏は食材を冷蔵庫に入れていた。
「酒どうする」
「勿論飲むに決まってるでしょう」
冷蔵庫の上段はビールの缶で一杯になっている。まさか全部飲む気じゃないだろうなと心配になりながら遥は段ボールを片づけた。
「そうすけにいに、これあげる」
「あ、ありがとう」
「颯介君モテモテだね」
円と颯馬は一通り選んで満足すると余ったものを颯介に押しつけ──プレゼントしていた。颯介の腕の中は既に人形でいっぱいだ。
「もうやめなさい二人とも。夕飯にするよ」
「はーい」
「え、これどうするの」
人形と颯介をそのままにちびっ子二人は夕飯の手伝いに行ってしまった。
「あーあ。売るのももったいないし余りは私達でもらっちゃおう」
羽南はぬいぐるみを全て部屋に押し込み、一階は片付いた。