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鶴の恩返し  作者: 雪桃
プロローグ
12/62

11

 羽奏は仕事以外まるで興味がない。案の定湯船にだって年に数えきれるくらいしか入らない。颯馬が数えている間、ぼーっと天井を見上げる。


「ごじゅさん、ごじゅし」

(明日も定時帰りか。まあボーナスはむしり取るが)

「ななじゅういち、ななじゅうに」

(家に帰るのはいいけど飲みに誘われるのは毎回なんだよな)

「きゅうじゅういち、きゅうじゅうに」

(面倒だって毎回言ってんのに。ていうかいい加減あいつら残業しろ。仕事を放るな)


 そもそも仕事のノルマを達成すれば残業なしなはずだが。


「きゅうじゅうきゅ、ひゃーく!」

「よし、出るか」


 颯馬は既に真っ赤である。服を着せたら水でも飲ませた方がいいだろう。

 体を拭き、パジャマを着せ、水を飲ませる。その(すき)に羽奏も服を着る。(そで)に手を通した時だった。


「動くな!」


 聞いたことのない男の声が聞こえたのは。




「円!」

「動くなっつってんだろうが!」


 逸早(いちはや)く我に返った颯介が駆け寄ろうとするが円が脅されていては動けない。


「……あいつら、あの時の」


 集団痴漢と言って遥に襲いかかってきた男達だ。


「ここにあの凶暴女はいないだろうな」

「この一週間ずっと見張ってたからな」


 遥の顔から色が失われていく。電車でも道中でも気配なんて感じなかった。


「ただの痴漢なのにどうして」

「今まで襲ってきて失敗なんか一度もしてこなかった。なのにあんな公衆の面前で恥かかされて。女の癖に。子どもの癖に」

「逆恨みじゃねーか」


 中年男は円の首にナイフを当てながら遥の方に目をやる。


「僕達はそこの女さえ渡してくれればすぐ退くよ。慰謝料分働いてくれればいいからさ」


 どこで、とは言わなくてもわかる。そして拒否権もない。断れないための円だ。


「……わかりました。だから円を返してください」

「待て遥!」


 颯斗が止めようとするがダイニングとリビングで隔たれているせいで手が届かない。


「遥!」


 中年男がその分厚い唇を歪ませて汗ばんでいる手を差し出す。遥が自分の手を重ねる瞬間。


「せいっ」

「へぶっ!?」


 棒のような物が男の足に引っかかり仰向けに倒れる。呆然としているうちに他の三人も殴られたり突かれたりと倒れていく。


「完全制覇」

「わかなさんすごい!」


 赤いモップを片手で持ち、颯馬を後ろに庇っている羽奏が無表情で男達を見下ろしていた。


「羽奏さん……」

「ナイス(おとり)


 羽奏は手だけを向けて『グッジョブ』のポーズを見せる。いつから気づいていたのか聞こうとすると。


「うえぇぇぇん!!」


 置き去りにされた円が持てる全ての力を使うように泣き始めた。慌てて颯介が駆け寄り抱きしめる。


「ごわがっだぁぁぁぁ!!」

「よしよし。よく頑張ったね円」


 涙と鼻水塗れの顔で颯介のシャツにしがみついて喚きながら円は必死に訴える。ヨレヨレグチャグチャのシャツは替えなければいけないだろう。


「流石にロリコンは病気なんじゃないか」

「確かに……じゃなくて! 警察を」

「ただいまー。何? なんの騒ぎ?」


 そこにスーパーの袋をぶら下げた羽南が帰ってきた。絶対に怒らせてはいけない羽南(ひと)が。


 土足で上がりこんでいる中年男四人(うち一人は包丁持ち)+泣きじゃくっている円+庇われているような颯馬+無言で頷く羽奏(モップ持ち)=


「……」


 羽南の目から光が消えた。



 それから警察が来るまでの三十分間。羽奏とちびっ子二人を除く全員が地獄を見たらしい。




 後日。


「羽奏さん。どうしても悪夢が治りません」

「耐えろ」


 男達は前科もあり、(へい)の中へ行くことになった。円も初めこそ怖がっていたものの今は通常通り元気に学校へ行っている。それはもういい。問題はそこではなく。


「何日経っても般若(はんにゃ)が離れない」


 目が据わった羽南は手当たり次第に関節技を決め、どこにあったのか麻縄(あさなわ)で吊るし上げ、今までの悪行全て吐かせ録音していた。終始羽奏のような無表情で。

 その阿鼻(あび)叫喚(きょうかん)ぶりに慣れていない大人組三人は何も悪くないのに後ろで正座をして硬直していた。全く気にしていない羽奏は円の顔を拭いたり料理を温めなおしたり──つまみを作るため、基礎はできる──マイペースに過ごしていた。


「今度襲われたら股間蹴ればいい。一人分やれば反射的に男はひるむ。練習に長男でやってみたら?」

「やりません!」


 前を歩く男子二人が体を震わせた気がした。

 ちなみにもうすぐ三月になるはずだがまだ羽奏は名前を覚えてない。羽南が叱っているのに便乗(びんじょう)して遥は睨まれているように感じる。何か嫌がることをしたか。そう聞いてみたら昔から流し目をする癖で睨まれていると勘違いされるそう。本人は無自覚。


「お願いですから名前覚えてくださいね。買い物中に長女ーって呼ばれるの恥ずかしいんですから」

「そのうちな」


 内面的にはそんなに怖い人ではないとわかった遥は隣にいる羽奏を見上げて苦笑した。

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