新しい家族
俺にはすごくて、生意気な後輩がいる。
「先輩は駄目ですね」
まるでロボットのような抑揚のない声でいつも俺を批判してきてムカつくが、それでも、運動神経も頭も良いし、人のことをちゃんと考えてるあいつは、
俺の自慢の後輩だと思う。
春、誰にとっても、新しい何かが始まる時期だ。
高校二年生となった俺、鳴正貴斗の一年ぶりに後輩と呼べる奴らができる時期がやってきたのである。
陸上部の部室のイスの背もたれを前に頬杖をつきながら座っていた。
すると
「こんちは!」
と三人ほどの生徒が入ってきた。
おっ、挨拶がいいなと思いつつ。俺も挨拶する。
「2年の鳴正だ。体験に来てくれてありがとうな。ここで準備して早速、練習場所に向かってくれ」
自己紹介とやるべきことを端的に伝えた。
「はいっ、鳴正先輩、今日からよろしくお願いします」
と言ってからほとんど時間が経たないうちに準備をし、彼らは部室から出て行った。
新入生を案内する役割を任され、やっているが、なかなか今まで来た子達は礼儀もしっかりしていて良い奴ばかりだな。
中学の頃の後輩もよかったなー、ムカつくのもいたけど。
15分後…
懐かしい人物が来た。
「こんにちはー」
「おっ、久しぶりだな。柊木」
「鳴正先輩もお元気そうで何よりです」
「お前もな」
こんなところで柊木に会えるなんて、思ってもみなかった。
「もう、そろそろ練習始まるから、急いで準備していけよ」
といつも通りに言ったら、
「はい」
と言って柊木は奥に行った。
準備を終え、練習場所に向かおうとする柊木の背中を見ながら俺は表情を崩した。また、柊木と会えるなんてな。そして、再び表情を引き締め、その背中に向かって、
「また、頑張ろうな」
と心の中で呼びかけた。
数分後…
柊木を最後に誰も来なくなってしまったのでもう練習に向かおうと思い俺も準備を始めた。
練習着に着替え終わり、スパイクを取ろうとした時、
ドアを開ける音が聞こえたので、誰かなと思って振り返ると
予想外の人物、あいつが立っていた。
嘘だろ。俺は言葉を失った。
「まったく変わらない感じですね。先輩」
そいつは抑揚のない声で言った。
「そうじゃなくて、和那山、お前がこの学校に入ってきたんだよ!」
さっきの沈黙と打って変わって、俺は大声で言った。疑問で仕方なかった。頭の良いあの和那山が、なんで、こんな普通の奴らが来るようなとこに入ってきたんだ。
「由美ちゃんがいるからですよ。他に何があるのでしょうか?」
こいつは柊木と一緒ならどこでもいいのかよ。
俺も最初はもしかして、ゆりなのかなと思っていたが、そうではないらしい。
「由美ちゃんは、私に必要な存在なんですよ」
二人ともだいたい互いのことを人に言う時、こう言う。
和那山は俺の答えを聞く前に先に準備をしに行った。また、中学の時みたいに面倒くさくなりそうだ。
俺もつくづく運がないなと思い、はあーと大きなため息をついた。
準備をして練習終えるのなんていつもあっという間だが、今日は一段と早かった。
帰りは柊木としゃべりながらそれにくっいてきた和那山と帰った。
「まさか、また鳴正先輩と一緒に部活ができるなんて思いませんでした」
「俺もだわー。柊木はうちの高校にしたんだ?」
「レベルがちょうどくらいだったので」
「そうだったのか」
そう言った柊木に不思議そうに和那山が言った。
「あれ、由美ちゃん、いつも判定が一番下で最後は死んでもいいから通してください。とか言って勉強していなかった」
ギクッ
柊木は驚いたように跳ねた。
「ゆきちゃん、それは言わないでって、言ってたじゃん。すみません。鳴正先輩、実はここの制服がいいなぁと思って入りました」
と慌てて弁明してきた。柊木はなんか、強がるところが変わらずだな。
「先輩は、相変わらず部活でも駄目ですね」
「俺だってなー、中学から少しは変わったんだぞ」
「走るフォームが悪いです。駄目さは変わりませんね。他の先輩方に足の速さはまあまあ勝っていても明らかに私には勝てないですね」
くそ、何も言い返せない。
「他にも…」
「まあまあ、ゆきちゃん。それくらいにしてあげなよ」
すかさず柊木がひどい後輩からの追撃を防いでくれた。ありがとう。
「由美ちゃんがそう言うなら今日はこのくらいにしときます。それでは、失礼します」
そう言って曲がり角を二人で曲がっていった。
ふう〜、まったく相変わらずだぜ。
「ただいま」
「お帰りなさい。今日はカレだよー」
家に着くと母さんは夕食を作って待っていた。
俺は急いで荷物を自分の部屋に置いてきてから席に着いて、カレーを食べ始めた。
うまい。やっぱ、どんな時でも感想がもれるくらいうまい、母さんのカレー。
そうやって食べていると
「そういえば、高虎。私、再婚するかもしれないわー」
ふぅーん。って
「え」
自分でもマヌケだなと思う声が出た。
「いやー、こんな感じで言うのもなんだけどね。」
「なんで、いきなり、再婚なんて」
「うん、ごめんねー。ずっと言おう、言おうって思ってたら遅くなっちゃって」
さすがに急展開過ぎんだろ。てか、
「遅くなったって、もう、決定してるの」
「いや、そういうわけじゃないの。ただ」
「ただ」
「明日、土曜だから会う約束してるんだけどね。そこに息子もつれて来ますって言っちゃったの」
「えーーーー」
話進め過ぎでしょ。
「貴斗が会うこと、再婚にも反対って言うなら強制しないけど、どう?」
「別に反対はしないし、行ってもいいよ。母さんには日頃、迷惑掛けてるし、幸せになって欲しいし、新しい家族ができるのは嬉しいことだよ」
「本当にありがとう。お母さん、感動しちゃったよ。でも、けどって、どういうこと」
「さすがに急展開過ぎて、心の準備が」
「そうよね。先走り過ぎだよね。ごめん」
「少し、相手がどんな人か紹介してくれない」
「えっとねー。普通の会社員の人で私と同じで若い時に相手の人を病気でなくしているんだって。その奥さんとの子どもが一人、女の子だって。それとその子の年は貴斗より一つ下なんだって」
「えっ」
「貴斗だからね。あなた、妹ができるの」
驚きが強すぎて言葉も出なかった。妹。生まれてこの方、年が同じか上かくらいの親戚しかいない俺に年下の家族、それも妹ができるなんて。
「少し、緊張感を和らげれるかはわからないけど、その子も陸上部だそうよ」
「えっ、そうなの」
少しばかり安心した。陸上の話でもしかしたら打ち解けて、仲良くなれたり、いろいろ教えてやったりして、意外と良い兄妹になれるんじゃないか。
希望はある。ただ、性格しだいでは、仲良くなれるかわからないなー。プライド高かったらどうしよ。
「どう、緊張はなくなった?」
「うん、まぁ、軽減はされた。行くよ」
「そう、ありがとうね。貴斗」
母さんは本当に嬉しそうだった。新しい家族か、なんか不安よりも楽しみな気分が勝ってきたかもしれない。明日が早くこないかなそう思いつつ、食事を済ませ、風呂に入って、就寝した。
思いの外、良く眠れた。やっぱ、俺も成長したのかな。小学生の頃は本当に遠足とか楽しみ過ぎて、本当に眠れないこととかあったなあー。
翌日、朝飯を済ませ、少ししてから俺たちは出発した。
「着いたわよー」
車を降りると少しだけ高級感のある少しおしゃれなレストランだった。
「もう、相手の人は来てるの?」
「そうみたいね。もう、車もあるみたいだし」
そう言って青い小さな車を指した。
「じゃあ、行くわよ。準備は良い?」
「うん、いつでもいいよ」
そう言うと母さんはドアを開け、入っていった。俺もそれにくっつくように入った。レストランの中は至って普通でそこらへんのファミレスと変わらなかった。そこまで裕福な人たちのくる場所でもなさそうで会社員の人がくる場所なのだろう。
「こんにちは~」
母さんの元気の良い声に
「良子さん、いらっしゃいませ」
店員さんは母さんを名前呼びした。店員さんがここまで親しいってことは母さんはだいぶここに来ているのかな。
「明人さんといつも座ってる席、空いてる?」
いつもの席って、いつも相手の人に会うためにここに来てたのか。てか、俺、相手の人の名前聞いてなかったなー。俺がそう思っていると店員さんは
「はい、てか、明人さん、もう来てますよ。あれ、そちらは息子さんですか?」
と聞いてきた。
「そうよ」
母さんがそう答えると
「お母さんね、いっつもここに来て、楽しそうに相手の明人さんと会話してね。ラブラブなんだよ」
と茶かした感じで言ったので、堪らず、母さんは、
「な、何言ってるの。晴美ちゃん」
恥ずかしがる母さんにさらに追い打ちをかけるように晴美と呼ばれた店員さんは俺に
「早く、息子さんも背中を押して上げてください。お母さんの幸せのために」
「はあ」
と店員さんの熱い語りに圧倒され、適当に返事した。それに対して母さんは
「今日は決着つけにきたから」
なんだか、物騒な言い方になっている。まあ、それくらい大事なことなのだ。仕方ないということにしておこう。
「そうですか。お時間とらせて、すみませんでした。では、ごゆっくり」
そう言うと、店の奥へ行ってしまった。
「晴美ちゃんのおかげで緊張、ぶっ飛んじゃったね」
母さんは苦笑いでそう言った。確かに全て緊張がなくなっていた。
「それじゃあ、行こうか」
とついに母さんが言った。母さんの後ろについて行く。
一番奥の窓側の席までくると立ち止まって、
「明人さん、少し遅くなっちゃったかな」
と母さんが少し照れた感じで声をかけ、座った。
「そんなことないよ。ついさっき、来たばかりだから」
話しかけた男性は落ちついた感じで言った。
「ほら、貴斗も挨拶して」
「こんにちは、母さんがいつもお世話になってます」
と挨拶すると
「そんな固まった形の挨拶じゃなくて、もっと柔らかい感じでいいんだよ」
と言われたが、どうしたらいいんだ?
「まあ、そうだよね。いきなり会った人に家族のように振る舞ってくれなんて無理だよね」
と苦笑いで明人さんは言った。
「すみません。明人さん...じゃなくて、お父さん」
「無理しないでいいんだよ。本当に。というか、座りなよ」
とずっと一人だけ立っていた自分に座るよう言ってくれた。少し話しただけだけど、優しい人だと分かる。何ていうか、少し母さんに優しいところがどことなく似ている気がする。
「何か注文するかい?」
「私はコーヒーでいいよ」
「俺もコーヒーで」
「じゃあ、僕もコーヒーにするかな」
そう言って明人さんは、ウェイターの人を呼んで注文をした。
「ホットのコーヒーを3つとアイスのカフェオレを1つお願いします」
「そういえば、なんで、明人さんしか来てないんですか?」
「ああ、少し走ってから来るって言っていたからあの子もそろそろ来ると思うよ」
「そんなに練習熱心なんですね?タイムとかってどれぐらいか分かります?」
「タイムねー。全然、聞いたことがないからなー。ただ、信じてもらえないと思うけど中学生の時は全国3位まで言ったことがあるんだよ。まあ、仕事が忙しいから、全然応援には行って上げられなかったんだけど、今年からは二人の練習大や会とかにも行ってあげようと思ってるんだ」
めっちゃすごい、そんな子が俺の妹になるなんて。それに明人さんも優しいし、大丈夫そうかな。そういえば、中学生で全国3位って、誰か言ってたような...
カランと扉が開いた音がした。
「おっ、来たみたいだ。こっちだよ。」
そう言って明人さんは呼びかけた。ついに妹と会うのか、こんなに優しいお父さんなんだから娘もきっと優しいはず、緊張するなー。落ち着けー、落ち着けー。足音が近づいてきた。そして、俺の横で止まった。俺は横を向き、落ち着きながら挨拶した。
「こんにちは」
すると
「こんにちは。先輩」
とあの後輩がいつも通りに挨拶してきた。最初は、なんでここにいるんだと思ったが、明人さんの言葉がこの人生一番の衝撃を決定づけた。
. .
「遅かったじゃないか。ゆき」
俺は驚き過ぎて口がふさがらなかった。
俺はもはや、口を自分では閉じれないほど驚いた。
「先輩、口が空きっぱなしですよ。こんにちは、お母さん」
後輩は俺のふさがらない口を閉じながら母さんに挨拶した。
「いやー。まさか、二人が知り合いでそれも同じ部活の先輩後輩だったなんてねー。それにしてもゆきちゃんはかわいいねー」
と母さんは言った。
「ありがとうございます。先輩にはいつもお世話になっています。」
お世話になっていますね~。全然そんな気しないっていうか、こちらがある意味でお世話になってるんだよなー。
「ちょっと、貴斗、どうしたの」
「なんでもないよ」
少し不機嫌そうにしていると
「先輩、私が妹になるのが、不満ですか?」
親の前だというのにそんなことを言ってきた。
「そういうわけじゃない」
と答えると
「そうですか。なら、いいです」
「二人も納得したみたいだね。じゃあ、これから家族としてよろしくね。貴斗くん、そして」
「涼子さん...」
と明人さんが言い始めたとき、
「先輩、少し走りに行きましょう」
「はあ、何言って?とっ」
後輩(妹)に強引に立たされ、そのまま、店の外まで引っ張られていった。
「痛いから離してくれー」
「先輩はやはり駄目ですね」
「せっかく、良いところだったのに...」
「良いところだからこそ、二人きりにするべきなんですよ」
「そういうもんかー。痛って」
いきなり引っ張っていた手を離されたので尻餅をついた。
「何すんだよ」
「先輩は好きな人に告白する時に私に立ち合ってほしいと言うんですね」
「それはヤだな。てか、」
「それと同じようなことですよ。全く、駄目ですね。兄妹として情けないです」
「兄妹って、えーー」
「何か変なことでも言いましたか?」
「いや、お前があまりにも違和感なく、兄妹とか、家族みたいに言ってくるから」
「別に完全に兄妹と思っているわけではありません。はっきり言って私はいやでいやで仕方ないのですが、お母さんとの約束を守ろうと思ったからです」
「お母さんって、お前の実のお母さんか?」
「そうです」
「なんて、約束したんだ」
「はっきりとは覚えてないですが、いつも楽しく過ごしなさい、もしも、新しいお母さんができた時には家族としてその人やその人の周りの人を大事にしてあげなさいとまだ幼かった私けれど、私はそれを守ろうとし続けてきました。だから、私はすんなり父の再婚を許しました」
いつも通り抑揚のない声ではあるが、その言葉からは確かに感情が伝わっきた。
ムカつくとこもあるが、結構、親孝行な良いところもあるんだな。俺が初めて知ったこいつの一面だ。
「さすがに家族間で先輩はあれなのでこれからは兄と呼ぶことにします」
「俺は、じゃあ、ゆきでいいのか?」
するといきなりそいつは睨み付けてきた。
「呼び捨ては止めてもらえますか?」
と言ってきたので
「じゃあ、あんまりこういう言い方しないだろうが、妹と呼ぶことにする」
「私の呼び方、真似しましたよね。」
「悪かったなー。他の呼び方、どうせ全部却下されるだろうし」
「そうですね。どうせ、兄は駄目な人ですから」
「もう少し、妥協しようぜ。家族なんだしさー」
「そういう時に家族だからとか使うのは良くないと思いますが」
「分かりましたよー」
と言い合いをしていると、
「いやー。ごめん、ごめん。遅くなってずっと待ってたかな」
そう言って母さんは少し目を潤ませたまま来た。
「明人さんのプロポーズが嬉し過ぎて、感動して泣き過ぎちゃった」
「いや、そんなこと言わないでよ。恥ずかしいじゃないか」
と明人さんはさらに砕けた口調になっていた。
そして、母さんは
「結婚も決まったし、準備しないとね。明日はもう引っ越しよ」
「母さん、気が早すぎるってー。」
「ゆき、家の整理を帰ってから始めようか」
「そうだね」
こうして俺には父とムカつく後輩である妹という新しい家族ができた。
小説を書くのは初めてでして何かと足りない部分もあるかと思われますが、読んで頂きありがとうございます。これからも読んで頂けると嬉しいです。