魔王と対面
「完成したぞ。『異世界で納豆を流行らせたら魔王討伐できた件』通称、『異世界納豆』。」
ここ数日、俺はずっとタイプライターと向き合っていた。
俺が元の世界で書いていた小説を、この世界の本として再現するために。
「あたしとこのみ、刹那で校閲するからね。魔王軍語に翻訳したときに、妙な改変はしないこと。」
「改変はするつもりだぞ。その言語によって適した表現方法は異なる。魔王軍語のほうが、性的な表現に長けているのだ。」
人間と魔王軍では、繁殖方法からして異なっている。
異世界納豆はハーレム小説なんだから、読者を惹きつけるためには性的な表現を多用するのが手っ取り早かった。
「いくら相手が大人の女性だからって、子供の半蔵が大人向け小説を書いてはだめですよ?」
「大人向けではないぞ!子供が見ても大丈夫な範疇での、性的な表現だ。」
そんなにまずい表現はこの小説には無い。
R-15のラインをギリギリまで攻めたが、アウトな表現は無いのだ。
「納豆の怪物による攻撃によって、女の子たちがどんどんネバネバまみれになっていく・・・ このシーン、気持ち悪いからカットするね。」
「カレア、読むの早すぎだろう!もう中盤に差し掛かってるじゃないか!」
頭の回転が速いカレアは、もうすでに中盤のシーンまでたどり着いている。
校閲はすぐに終わりそうでよかった。
「半蔵さんの特殊性癖には呆れましたけど、カレアの様子を見る限り大丈夫そうですね。」
「大丈夫じゃないみたい。媚薬効果のある納豆を食べたヒロインが、主人公に襲いかかるシーン。これは子供が書いちゃいけないものだよねー?」
一番性的なシーンだが、表現はかなりごまかしているから問題ないはず・・・!
「ちゃんと読んでくれカレア。その経験があったから、そのお堅い聖職者のヒロインと深い関係を築けたんだ。」
「媚薬でデレデレになったプリーストが、主人公に納豆を塗り付ける?このプリースト、誰かさんに似てるんだよねー。」
カレアが言っているのは、おそらくこのみのことである。
この小説のプリーストは、このみみたいにおっとりした性格じゃない上、年上のキャラである。
聖職者ってのはそういう淫らなシチュエーションが向いてるんだから、仕方のないことだろう。
「どれどれ?『私、あなたのこと結構好きですよ。こんなに可愛い顔して、なのにこんな立派な体をして・・・』って半蔵さん、なんですかこれは!」
棒読みとはいえ、このみが読んでみると、妙に似合う気がしなくもない。
カレアの言いたいことは大体分かった。
「このシーンは修正しておいてね、半蔵。ただ恋愛に発展する、それでいいでしょ。」
「分かった。あとで修正箇所をまとめておいてくれ。」
「修正箇所?あのね、気持ち悪いシーンが多すぎるんだよ、この小説。修正箇所全部に印つけておくから、覚悟しておいてね。」
結局、出来上がったのは何の変哲もない無難な異世界転生であった。
真面目に納豆を広めて、経済力を高めて・・・。
だめだ、こんな小説を魔王に見せても、微妙な反応をされるだけ・・・。
魔王軍語に翻訳するために、再びタイプライターに向かう日々。
改稿版異世界納豆の翻訳ではなく、もっと魔王が好みそうな小説を一から書いているのだ。
翻訳するだけなら、そんなに時間はかからない。
バレないためにも、短時間で仕上げる必要がある。
時間をかけずに適当に書かれた小説は、とてもくだらない内容で、とても魔王好みなものに仕上がったのであった・・・。
―――――魔王の城 入口
「お前か。魔王に本を見せたいだの言っていた奴は。」
足から頭まで鎧で覆われた守護兵。
中身は空っぽのリビングアーマーである。
「出版社の偉い方から話は届いていると思います。魔王に会わせていただけませんか。」
「お前みたいな邪念もなさそうな勇者が、面白い小説を書けるはずが無いだろう!立ち去れ!」
どうやら、魔王軍にとって面白い小説とは、邪悪な欲望に満ちた闇の書らしいのだ。
魔王のツボを研究済みの俺は、ものすごく邪念に満ちた小説を完成させた。
「こちらが小説のサンプルです。3ページしかないので、ぜひ読んでみてください。」
「ほう・・・?暇だからこれくらいは読んでやる。」
鎧の守護兵は、たった3ページのサンプル本を、興味津々に深々と読んでいる。
それもそうだ。こういうのが魔王軍の好みなんだからな。
「半蔵さん、あの表紙はなんですか?刹那さんの絵に近いですけど、なんか性的でしたよ?」
「表紙の絵は刹那に書いてもらったんだ。詳しいことは魔王に会えばわかる。」
このみは困った表情をしているが、カレアはニヤけが抑えきれないようだ。
カレアには内容がバレている上、刹那もある程度知っている。
現実と向き合わずに俺を妄信し続けたこのみだけが、本当の内容を知らないままでいる。
「よーし!分かった、魔王と連絡を取ってくるぞ、変態勇者。」
「その必要はないのよ。わたしはこーこ。」
「ま、魔王様・・・!失礼しましたーっ!」
見た目は20代前半の、110歳の魔王。
イダル換算で10歳半、元の世界だと21歳相当。
魔王らしい黒と紫の衣装は、一言で表すと「女帝」だった。
「おいでおいで、あなたの証。ハンゾウくん、図書館に案内するわ。女の子たちはそこで待っててね。」
簡単に俺の職業証を奪ってみせた魔王は、書いてある文字を見ずにポケットにしまった。
その瞬間、俺の腰についていたマジックバッグは外れ、本来の重さを取り戻したそれは床に落下する。
床に落ちたバッグから、例の小説だけ取り出し、魔王の後についていく。
刹那のマスターヘイストが無効化された俺の足は、早歩きの魔王の後を駆け足で追っていった。
魔王軍の言葉が分からないギルドメンバー達でも、魔王の放つ恐ろしさは理解できていた。
「あれが、魔王の力・・・。」
「半蔵さん、どうか無事で・・・。」
「通信機も繋がらない。僕たちはここで待つしかない・・・。」
―――――魔王の城 図書館
天を見上げるとそこには天井はなく、どこまでも無数の本達が浮いていた。
外観はせいぜい20階建てであろう魔王の城のなかに、この図書館はある。
天井が無いわけではないのだ。
この魔王城は1024階建てと少し大きいだけ。
空間や物理法則などは、この建物の中ではもはや意味を成していなかった。
「怖いか?それとも興味深いか?」
「両方です。」
未知の世界への恐怖はあるが、冷静さを失うことは無い。
この魔王に敵意を感じないからである。
「見せてごらん、あなたの本。」
妖艶な見た目、声、仕草。
エミーは、どう見ても魔王にふさわしい方である。
僕の手に持っていた本を、磁石のように引き寄せた魔王。
表紙を見るや否や、魔王は本性である欲望に満ちた笑みを見せる。
「ほーっほっほっ!素晴らしい!これが勇者の書いた本!この色気に満ちた表紙。中身もきっと素晴らしいに違いないわ!」
正直、刹那にこんな絵は書かせたくなかったのだが、魔王の趣味だから仕方ない。
ネバネバまみれになったヒロインたちが、悲痛な叫びをあげている姿、そして悦びを覚えている姿。
「ネバネバまみれの異世界生活」。
俺が魔王の為に書いた、下品で適当な小説である。
10秒もたたずに200ページ、10万文字を超える小説を読み終えたはずの魔王は、その本から目を離せずにいる。
「もう読み終えましたよね。感想を頂きたいのですが・・・。」
「っふ・・・ ふふふ・・・。」
魔王は、もはやその威厳を完全に失っている。
気味の悪い笑いと繰り返す独り言は、元の世界で言う「キモオタ」そのものであった。
「素晴らしい!こういうのを求めていたのよ、私は!あなたなら、最高の小説を書くことができる。ハンゾウくん、魔王城で一緒に暮らしませんこと?」
「一緒に暮らすのはいいんですけど、できればギルドメンバーの3人と一緒がいいです。」
俺は、どうやら魔王に気に入られてしまったらしい。
魔王討伐が目標でここまで頑張ってきたのに、まさか和解して終わってしまうだなんて。
「刹那って子、この表紙書いてくれたのよね。素晴らしいわ、あの子。こういうプレイに憧れているだけあるわ。」
魔王には、全てがお見通しだ。
名前だけじゃない、恥ずかしいことも全てだろう。
「小説のアイデアは、カレアにも頂いたんですよ。このみは関わっていませんが、このみとも是非協力して書いてみたいものです。」
「主人公が、聖職者のヒロインに告白されるシーン。もうちょっと頑張れたんじゃないのかしら?」
カレアの批判で、マイルドに終わってしまったあのシーン。
魔王の悪意に満ち溢れた笑みは、何をしたいのかが大体想像ついてしまう。
「エミーさん、それはだめですよ。」
「えーなに?あの子はそうね。雰囲気からして、こういうことを望んでいるんじゃないかしら?」
このみのことは、さすがの魔王でも推測にとどまっているらしい。
普段から一緒にいる俺にもよく分からないくらいだから、しょうがないだろう。
魔王相手には、隠し事はあまり通用しない。
それが意味することは、ギルドメンバー内では全員が隠し事をしにくいということ。
「魔法剣士、聖職者、暗殺者がここに。聖職者の食べた物には、危ない成分が含まれていた・・・。ふふっ。」
「いきなり飛んだからびっくりしたよ。半蔵!無事なの!?」
「うわぁっ!いきなり何ですか!?」
魔王はカレア、このみ、刹那をここに瞬間移動させた。
このみがもぞもぞとしている。
まずい、このまま魔王のいいなりにさせる訳には・・・!
「カレア、このみから離れて。」
「分かった。このみ、大丈夫・・・?」
俺がこのみに近づくと、俺とこのみの周りの地面から鉄柵が突き出してきた。
5メートル四方くらいの広さだろうか。
狭い空間に取り残されたのは、俺とこのみ。
「さあ、私にネタをよこしなさい!ハンゾウ、このみ!」
このみの隣には桶が召喚された。
その桶に入っているのは、ネバネバした物体である。
「半蔵さん、どこに塗ってほしいですかー?」
このみはネバネバした物体を手で掬い取り、舐めて見せる。
飲み込むと同時に、悦びの表情を浮かべる。
あの表情をどこかで見たことある。
そうだな、最初の戦いのときに・・・。
「顔に塗ってくれ。」
「顔からじわじわと攻めてほしいんですね、わかりました。」
「ふふっ、はははっ!素晴らしい!筆が止まらないわ!」
床に座り込んだ俺は、このみにネバネバを塗り付けられる。
味も匂いもないネバネバ。
そりゃあそうだ、このみの手に触れた物は、「解毒」されているのだから。
「舐めてみてください、おいしいですよ。」
「ああ。いい匂いがするな。」
このみの右手に着いたネバネバを、舐めとって見せた。
さすがのこのみも、顔が真っ赤になっている。
「次はどうしたいですか?」
「そうだな、キスがしたい。」
これは断ってくるはず。
このみの身体には、薬など回っていないのだから。
「スモークボム!」
このみの放った煙によって視界が遮られている中、唇に柔らかい感触を感じた。
微かに聞こえた天使の声。
「私だって、したかったんですよ。」
煙が晴れた後、俺とこのみは魔王エミーに向き直った。
「私に逆らえると思わないでください、魔王エミー!」
「お前、何者だ・・・!?」
このみはポラリス語で魔王に歯向かった。
魔王なのだから、7種の言語全てを理解することくらいは容易いだろう。
「私は、神の一族の娘、フレイン・イオツです!魔王の好きにはさせません!」
このみが、神の一族の娘・・・。
神の一族とは、一人で魔王に立ち向かえる程の強力な存在である。
そんなこのみが、今までずっと勇者のフリをしていたというのだ。
このみの、普通の家系ではないという発言。
このみにソウルリンクをした時の、全てを超越したような感覚。
今なら信じられる。
このみは、神の子である。
「フレイン・イオツ。あなたは何を望んで、このようなことをしているのかしら?」
「私自身は何も望んでいません。私はただ、平穏に暮らしたいだけです。魔王エミー様、私たちは帰ります。」
帰ったら、また楽しく旅ができるだろう。
このみもカレアも刹那も、楽しく暮らせる。
でも、このみにも本当は、成し遂げたいことがあるはずだ。
俺は、このみをどうすればいいのか。
「このみ、魔王のことは何もかも知ってるんだな?」
「いえ、身に着けた知識しかありません。」
このみの事情も、魔王の事情もさっぱり分からない。
これはもう、魔王が言った通り、魔王の城で暮らしてみるしかないだろう。
「エミー、俺たちはしばらく魔王の城で生活したい。俺たちはお互いのことを良く分かっていないはずだ。」
「あたしは別にいいけど?」
「僕も構わない。」
「半蔵が言うのなら、私も構いません。」
3人とも、俺の考えを分かってくれているのだろう。
問題はエミーだ。
「それは歓迎よ。ぜひ、面白い小説を見せてちょうだい。」
こうして、魔王の城で生活することになった俺達。
和解したエミーとこのみは、お互いの情報を全てさらけ出した。
二人を縛り付ける存在、「神」に挑むため、俺達は悪魔の契約を行い、魔王軍の一員として活動することになったのであった・・・。
これ以上書き続けるのは、物語の整合性を取るのが難しいと判断したため、ここで完結という形を取りました。
ここまで読んでくれた方、誠にありがとうございました。




