チケット売却
ついに、ドラゴンのボスとの大規模戦闘が始まった。
俺たちが所属しているのは、グループ21。
274人の勇者が集まってできた討伐部隊は、21のグループに分けられた。
最高指揮官を務める勇者、アキレスがグループ1として先陣に立つ。
グループ1~7は前衛、8~12は中衛、13~18は後衛、19~21は支援というように、役が割り振られている。
支援役が行うのは、戦線の安定化と戦闘者の治療である。
支援役はボスを取り巻く子分のドラゴン達を処理し、傷を負った勇者にそれぞれの拠点で治癒魔法をかける。
グループ21の構成メンバーは、麗しき女勇者ランディと彼女の管理しているギルド「メディテーション」のメンバーから合計8人、そして俺のギルド「レックレス」から合計4人である。
ランディのギルド「メディテーション」は、盾役と魔法職の2種類で構成されている。
盾役が後衛を守り、魔法による強い攻撃によって敵を倒す、という戦法である。
戦士や弓使いといった、武器で戦うメンバーはごくわずかであり、しかも今回の討伐には参加していない。
メディテーションから来たメンバーは、盾役がランディを含む4人。そして、攻撃魔法に特化した者が2人と回復魔法に特化した者が2人である。
俺たちグループ21以外の支援担当のグループ19、20は、各自それぞれ拠点を作って行動している。
これだけ大勢の勇者が集まるとなると、当然、考えの合わない者同士の争いが起こってしまう。
勇者同士の無駄な争いを避けるために、最高指揮官であるアキレスは「他のグループとは一切協力をしない」という規約を設けたのである。
「私を含む盾役4人は、それぞれ4方向を守り続ける。空からの攻撃は、レックレスのメンバーに任せたよ。」
「はい!こちらは全員配置につきました。形状変化で作り上げた砦も、安定して動作しています。」
お互いのギルドマスター同士、連携はしっかり取り合う必要がある。
少なくとも、戦闘中はランディの恋人のことは考える必要はない。
彼は、今回のドラゴンとは無関係の魔王軍の者である。
敵としても味方としても、来ることは無いと考えている。
ボスがいる方向は、ランディが防衛を行っている。
拠点の周り4方向を盾役が守る形になっているのだが、ランディだけ防衛の能力が別格なのだ。
刹那が作った砦は、俺たちの拠点から見てランディがいる方角にあるので、ドラゴンの子分はランディに向かっていくこととなる。
地形修正行動。
この世界の地形が元のものと大きく変わってしまった時、魔王軍の魔物はそれを元通りにしようとする行動を取る。
この世界の地形をどうするかは、神の血族と魔王軍の幹部の間で永遠に争われている。
そんな世界の頂点に立つ者が決めるようなことは、たとえ勇者だろうが勝手に変えることは許されないのだ。
刹那が作った砦には、様々な魔術が施されている。
ランディのギルド、メディテーションの魔法職の人達に手伝ってもらったおかげで、頑丈でしかも攻撃も可能な砦を作ることに成功したのだ。
本能から怒りを覚えたドラゴンの子分たちは、次々と砦に押し寄せてくる。
盾役が取りこぼした分は、砦にかけられた術式を駆使して倒す。
カレアは戦いすぎると危険なので、戦わない支援職だという嘘を貫き通すことにした。
今この砦にいるのは、俺とカレアだけである。
遠距離攻撃職の俺に対してカレアが強化を施す、という説明をしてあるのだ。
間違ったことは何も言っていないおかげで、嘘はバレずに済んでいる。
高い火力を振る舞えるのは、メディテーションが抱える攻撃系魔法職2人、そして刹那を含めた3人だけなのだが、その3人がものすごく強いのだ。
グループ1~7の前衛でさえ、ドラゴンの子分相手には、1対1だと倒すまで最低でも10秒は必要である。
だが、優秀な盾役のおかげで安定した詠唱を行える、俺たちのグループの魔法職は違う。
ドラゴン相手だろうと、わずか3秒程度の詠唱による強力な攻撃によって、すぐに倒すことができるのだ。
ランディは言っていた。
「私たちのグループは、21個のグループの中で最強なのだ。」と。
それは、刹那を見ても分かる。
黒くて小さな影は、俺がまばたきをしている間に敵の懐に飛び込み、正確に急所を突くことができる。
マスターアサシネイト。
忍術スキルの中でも最強の殺傷力を誇り、習得の難しさ故、忍者を極めた一部の者しか習得できない、一流の忍者の証。
ボス相手でもなければ、一瞬で敵を死に至らせる。
一流の忍者のその技は、彼女の名そのものを表すものであった。
絶え間なく襲ってくるドラゴンの子分は、すぐに片づけられてしまう。
砦に施した魔術も、俺の練習した遠距離射撃も、今は意味がない。
でも、そろそろ時間だろう。
『最高指揮官、アキレスだ。今、ボスの攻撃対象が君達、グループ21に向け始められた。現在の死者は無し。細心の注意を払った行動を頼むぞ。』
ドラゴンの子分を、あまりに多く倒しすぎたのだ。
ボスの怒りは今、俺たちに向けられようとしている。
『グループ21の指揮官、ランディです。私たちの耐久力だと、持ってせいぜい15分が限界です。それまでにとどめを刺すことは可能でしょうか。』
『15分もあれば、心臓付近の魔力障壁を破ることは簡単だ。だが、角のコアの破壊がまだ終わっていない。グループ14の報酬のために、まずは角の破壊を狙うことになる。』
ドラゴンのボスの討伐は、平和のためではなく、金のためである。
例え危険が増えることになっても、報酬が優先されることとなるのだ。
『それに関しては、グループ3のリーダーに報酬金を負担してもらいます。死者を出さないためにも、とどめを刺すことを優先させていただけないでしょうか。』
『グループ3の指揮官、バカラです。報酬金は戦闘後に僕たちが払います。最高指揮官様、とどめを刺すことへの許可をお願いします。』
・・・!?
何故お前が戦闘に参加している!
魔王軍の手下が、勇者に化けてしかも指揮官をしていると。
『バカラ、君なら信用できる。準備が整ったら、全ての攻撃グループに対して、心臓付近への攻撃を命じることにする。』
『最高指揮官様、ありがとうございます。私たちグループ21が抱えている、心臓のコア破壊担当。彼は実力のある契約者ですので、ご安心を。』
バカラは流暢なポラリス語で、グループ同士の連絡を取り合っていた。
最高指揮官の発言からして、バカラは本当に指揮官をしているのだと分かった。
しかも、明らかに俺達に敵意を向けていた彼が、最高指揮官に信用されているなど。
とても信じられないが、これは事実なのだろう。
今は、とどめの攻撃に備えることだけを考えれば良い。
詳しい人間関係の事情など、倒してから調べればいいのだ。
ランディは、当然俺の正体を知っているだろう。
彼女は、俺を契約者と呼んだ。
それが何を意味しているのかは知らないが、人間扱いしていないことは間違いない。
ならば、化け物らしくボスに刃を向けるだけだ。
「刹那の作った砦はすごいな。ボスの遠距離攻撃が支援役に弾かれたときの、地震とか衝撃波。恐ろしく強くて規模が大きいのに、俺たちは無事だ。」
「うん。三半規管強化、習得して正解だったしょ?」
「ああ。本当に助かっている。それよりも、この砦の耐久力に感心しているのだ。」
「本当すごいよね、刹那。あの、半蔵さ、そろそろ・・・」
「ああ、ソウルリンクをしなきゃな。」
度重なる練習のおかげで、熟練度は問題ない。
問題なのは、200人を超える勇者達に見られることなのだ。
遠距離攻撃ではなく、俺とカレアのソウルリンクを。
デリケートな部分に関わる恥ずかしい練習を、ずっと繰り返した。
カレアは、俺に対して何度も恥ずかしい姿を見せてきた。
カレアの複雑な感情を、何度も俺にぶつけてきた。
カレアも俺も、トチ狂った愛の告白を何度もぶつけ合った。
そんな思い出と努力の結晶が、このソウルリンクなのだ。
「あたし、今は平常心を保ってるけどさ。」
カレアが、俺と目をそらしながら恥ずかしそうに伝える。
「あたし、半蔵のこと・・・」
カレアが次の言葉を言いかけた瞬間に、俺はカレアの肩をぐっと掴む。
そして、カレアに無理やり俺のほうを向かせる。
「好きだから。」
その言葉が放たれたのは、明後日の方向ではなく、俺の顔に向けてだった。
「ちょ、ちょっ、ちょっと待って!え、なに、どうしよう、あたし・・・。」
「なに、ちょっとした悪戯だ。ソウルリンク!」
半蔵という得意げな男にからかわれている、乙女なカレア。
そんな状況の中、ソウルリンクは始まる。
「ふん!さっきまでの威勢はもう無いんだよね、半蔵。」
「サキュバスは受け身だからか?甘いな。カレア、誘い受けって知ってるか?」
これまで以上に、変な高鳴りを続ける胸。
でも、先を行くのは行動だった。
「俺だって、受け身になりたいときくらいあるんだ。さあ、やさしくハグしてくれ、カレア。」
「ちょ、ちょっと待って!半蔵、近い!」
「カレアが乙女で良かったよ、本当に。」
戦闘において大事なのは、積極性。
受け身と積極性は真逆に見えて、実は両立ができる。
俺は沢山の本を読んだ。
魔王であるエミーが書いた、女性向け小説を。
エミーは、ただの少女漫画好きではない。
「こんなときに何言ってるの、半蔵!」
「カレア。『ヘタレ勇者の甘い蜜』っていう小説を知っているか?」
「ヘタレ勇者の甘い蜜」という作品が、魔王軍だけでなく人間界でも人気があったのだ。
勇者とその弟子の恋愛を書いた作品なのだが、その恋愛はなんと男同士なのである。
「読んだことは無いけど、有名だからタイトルくらいは知ってるよ。ボーイズラブでしょ?」
「その作品のメインキャラの勇者カネイルは、親からもらった装備でぬくぬく育ったお坊ちゃまなんだ。」
そんな勇者カネイルは、積極性も決断力も低い。
「あらすじくらいは知ってるよ。カネイルは弟子を持っていて、その弟子は貧乏生活から成り上がった人なんだよね。」
弟子アラカは、カネイルとは対照的に積極的な性格である。
一見、その弟子が男役に見える作品だが、実際は違うのだ。
「その小説のワンシーンを、ここで再現しようと思う。射撃開始まであと5分はあるからな。」
「そんなことしてる暇があるの?」
カレアの発言は無視して、俺は小説のワンシーンの再現を始める。
射撃開始まではあと5分。
カレアもまんざらではないようだし、5分以内には終わるだろう。
戦の最後に行われる、終幕の劇。
何故こんなことをする必要があるのか。
それは、カレアと俺の魂が調和すればするほど、射撃の威力も成功率も上昇するからである。
練習の度毎回劇をやっていてはネタが尽きてしまうので、これがぶっつけ本番となっている。
でも、俺にはこれが成功する自信があった。
ボスの心臓周辺の障壁は、もはや決壊寸前である。
「カレア、狙いは定めたぞ。あとはタイミングに合わせて正確に当てることだ。」
「そうだね。あたしは信じてるよ、半蔵のこと。」
―――☆
カネイルはいつもこうなんだ。
いつも何もかも人任せで、僕の気持ちなんか分かっちゃくれない。
―――☆
「信じて待つだけか?言っただろう、俺の射撃は愛の力で強くなるんだ。分からないか?」
「何さ。ほら、手を握るから。これで安心するでしょ?」
―――☆
そんなの、いつもしてることじゃないか。
甘っちょろすぎて、本当にムカつくんだよ。
―――☆
「そうだな・・・ 強く抱きしめてほしいんだ、カレア。」
「半蔵、その程度でいいの?」
―――☆
気持ちが昂ると、急に求め始めてくるんだ。本当にズルい奴。
でも、こんなやりとりをするのも、なんだかんだいって僕は好きだ。
―――☆
「口を動かす暇があったら、体を動かすんだな。」
俺は、カレアを強く抱きしめた。
ここまでは、ほぼ小説と同じ展開だ。
恐らく、カレアも合わせてくれているのだろう。
恥ずかしがってるだけで、絶対読んだことあるに決まってる。
「口を動かすっていうのは、こういうことでしょ。」
カレアが、俺に強くキスをしてくる。
さっきとは立場が入れ替わったのだ。
この続きは俺が女役になるのだが、それでは意味がない。
サキュバスの受け身な性格と抗わなければいけない俺は、アドリブに移る。
カレアの一番のお気に入りの小説。
今度は、そのワンシーンを再現するのだ。
―――☆☆☆
私、エミリアは今とても幸せです。
本当の願いは叶わなくても。
初めてのキスだけでも、王子様が奪ってくれたのだから。
―――☆☆☆
俺は、カレアのマジックバッグから小さな箱を取り出す。
そして、突然跪いた俺を見て立ち呆けるカレアに、紳士のようにそれを渡す。
「奪うのはキスだけではない。受け取ってくれ。結婚指輪。」
「どうして、これを・・・?」
「俺は、悪魔と契約を交わしたんだ。これで、俺とカレアは完全な仲間、ってな。空けてごらん。俺からの、最高のプレゼントだ。」
カレアは当然、これを本当の指輪だとは思っていない。
でも、このシチュエーションがカレアの気持ちを高ぶらせたようで、どんどん強い魔力が伝わってくるのを感じる。
「顔から離して開けるよ。」
ビヨヨーン!
これは、カレアが人を驚かせるために買ったビックリボックスである。
「やっぱり、あたし達はこういう関係がいいよね。」
「ああ、そうだな。じゃあ、射撃開始だ。」
砦の上に立った俺は、頭上からものすごい数の武器を射出する。
その威力は絶大で、ドラゴンの心臓の中にあるコアは、一瞬にして破壊されたのであった。
―――――魔王軍の領域 入口
「ドラゴンのボスは、無事討伐された!皆、本当にご苦労だった。これから報酬の配布を始める。皆、落ちついて自分たちの番を待つように。」
グループ1が所持しているドロップ品は、グループ2、グループ3と順番に配布されていく。
最後のグループ21に配られるまでは、しばらく時間がかかった。
「すごい威力だった。半蔵の射撃。」
「私もびっくりしたんですよ!練習の時は、あんな速度で飛んでませんでしたよね!?」
恥ずかしい。
いくら攻撃の精度を上げるためとはいえ、他に何か方法は無かったものか。
何もかもが恥ずかしすぎて、俺はとても憂鬱な気分だった。
「半蔵、なにも落ち込むことないって。あたしはすっごく楽しかったよ。」
「ああ、それなら良かった・・・。」
最高の笑顔で楽しかったなんて言われたら、いつまでもこんな気分ではいられないと思えてくる。
そう、しっかりしないといけないのだ。
こんな人が突然来るから。
「ランディ、久しぶりだな。そっちのギルドは上手く行ってるか?」
「うん。あなたのアドバイスのおかげで、バッチリだよ。」
報酬を受け取ったグループ3のバカラは、ランディに会いに来た。
とにかく、色々聞きたいことがありすぎるのだ。
「バカラ。単刀直入に聞くが、魔王軍のお前が何故勇者をやっている?」
「あ?何か問題でもあるのか?」
問題しかないだろう。
人間と魔王軍は敵対する存在であり、殺し合う存在であるはずだ。
「お前は、どっちの味方なんだ。魔王軍か?それとも人間か?」
「どっちだっていいだろう、そんなもん。お前こそどっちなんだよ。」
バカラの質問に対して、俺は答えることができなかった。
俺は勇者だ。だから人間の味方であるはずなのだ。
でも、魔王軍は本当に敵なのだろうか。
経験値やお金のために敵だとみなしているだけで、別になんらかの直接的な被害があったわけではない。
それに、俺は魔王エミーに会いに行くという予定があるのだ。
魔王軍の人とだって、仲間になることも増えてくるだろう。
「転移者のお前にはまだ分からんかもしれないけどな。魔王軍と人間ってのは、敵同士じゃないんだよ。」
「ああ。今ようやく気づいたよ。」
「半蔵、やっと気づいたんだね。おめでとう。」
「理解が遅すぎですよ、ギルドマスター。」
こんな大事なことに今まで気づかなかった。
俺は、なんて情けない人間なのだろうか・・・。
「半蔵のいままでの行動は、問題なかったと思うよ。」
「ああ。ありがとう、刹那。」
刹那のフォローで、少しは救われた。
「当たり前だと思っていたことが、実は間違っていた」ということも、たまにはあるのだ。
「最高指揮官のアキレスだ。これがグループ21の報酬全て。受け取ってくれ。」
「ありがとうございます。最高指揮官様。」
ランディが貰った600万ヘラを、グループで12等分に分配する。
そして、マスターチケットをいただいた。
「マスターチケット、誰が売りに行くんですか?」
「バカラでいいんじゃないの?魔王軍と繋がり深いからな。」
ランディがそういうのなら、安心だろう。
バカラとランディは洗脳も何もない、普通の恋人関係だったのだ。
チケットを盗まれる心配もない。
バカラはニヤニヤしながらマスターチケットを受け取り、専門の店に売りに行った。
今回の戦闘の反省会をしていると、いつの間にか長い時間が立っていた。
戻ってきたバカラは、早速大量のヘラ紙幣の分配を始める。
「俺は売りに行った仲介人として2億頂くぞ。残りの48億を12人で分配してくれ。」
俺たちのギルドは16億ヘラを手に入れ、宴の計画を立て始めていた頃だ。
俺は、最後の疑問をぶつけた。
「バカラは、何で門番をしていたんだ?指揮官になるほどの実力があるというのに。」
「門番ってのは暇だからな、その分報酬が良いんだよ。それに、俺はあまり魔王軍の同胞を殺したくない。」
似た血が通っている者を殺すことは、普通はできないことだ。
魔王軍だろうと人間だろうと、皆思うことは一緒なのだろう。
祝宴は、各自自由に行うことになっている。
俺たちのギルドの他に、刹那の師匠の風火さん、そして夫のティタンが祝宴に参加してくれるとのこと。
どうやら風火さんは相当料理上手らしく、今回の料理は全て彼女が担当してくれるとのこと。
宴の準備が着々と整っていく中、俺は魔王エミーに会いに行くことを考えていた。
俺の目標は、魔王を倒すことではなくなった。
この世界を、もっと幸せなものにしたい。
そのために、俺たちレックレスは道を切り開いていくのである。




