空飛ぶ少女
―――――キリスの旅館 寝室
目覚めたら、朝だった。
夜中に変な目覚めをしても、不思議とすんなり起きることができる。
それは多分、この世界の1日が25時間だからである。
元の世界よりも、1時間多く睡眠を取ることができるのだ。
「おはよう、カレア。」
「・・・。」
カレアはまだ、ぐっすり寝ているようだ。
この連日の激しい戦闘で、疲れているのだろう。
それに、カレアは俺と違い、1日が25時間であることに慣れている。
俺のように、本来より1時間分睡眠時間が長い、なんてことは無いのだ。
「ん・・・ 半蔵、起きてるの・・・?」
「起きたか。おはようカレア。」
カレアが目覚めるや否や、カレアは頬を真っ赤に染める。
仕方のないことだろう。
呪いを背負って生きてきたカレアだって、ああいうことは恥ずかしく思うはずだ。
「半蔵・・・ 昨日のことは皆に内緒だからね!?」
「ああ。このみと刹那にはうまく説明するから、安心していい。」
「あたしは半蔵を信じてるからね。」
カレアは徐々に落ち着きを取り戻し、朝の支度に向かった。
俺も朝の支度を終わらせ、待ち合わせのレストランに向かう。
「このみと刹那、見当たらないな。まだ寝てるんだろうか?」
「このみはねぼすけじゃないよ。あたしが通信するね。」
そう言って、カレアはマジックバッグから通信機を取り出し、このみと通信を始める。
『もしもし、このみ?起きてる?』
『んん・・・ カレア・・・?』
『あたしたち、もう食堂にいるよ。このみも早く起きて朝ごはん食べに来てね?』
『あと30分寝かせて・・・。先に食べてていいから・・・。』
『分かった、30分ね?こっちは食べながら待ってるから。』
『すー、すー・・・。』
このみが再び眠ってしまったため、カレアは通信を切った。
どうやら、このみ達が来るまで後30分はかかるらしい。
このみ達はきっと、昨日は夜遅くまで起きていたのだろう。
「先に軽く食べておこっか。半蔵は何が食べたい?」
「何が食べたいかと聞かれても、俺はこの世界の料理がまだよく分からないんだよな。」
この世界の料理の味のセンスは、元の世界と近い。
だから、この世界の料理は大抵美味しいのだ。
「じゃあ、元の世界だったら何が食べたかった?」
「そうだな・・・ 朝飯なら、フレンチトーストが食べたいな。」
俺が今話しているのは、ポラリス語である。
ポラリス語には、本来「フレンチトースト」という言葉は無い。
俺はポラリス語で「フレンチトースト」と言うことができるが、カレアからしたらそれは全く別の料理かもしれないのだ。
俺はこの世界に転移する時、脳に7種類の異世界語を埋め込まれた。
あくまで母国語は日本語なので、母国語がポラリス語のカレアとは、意思の疎通に少々ズレが生じることがあるのだ。
「フレンチトースト・・・ それに似た料理なら、これがいいんじゃない?」
そう言って、カレアは料理を注文した。
料理は、注文してから3分も経たずに届く。
勿論、作り置きしたものではなく、オーダーを受けてから調理をしている。
この世界の食堂は、基本的にどこも同じである。
オーダーを受けてから、それを作る。
それを客に届けるまで、3分もかからない。
なぜなら、食堂は魔力を使って調理を行っているからである。
このみが家事や料理をするときも、面倒ごとは全て魔力に頼っていた。
この世界は、何もかもが便利な夢の世界なのである。
問題があるとすれば、ギルドメンバーが皆辛い思いをして生きていることだろう。
仲間が辛い思いをしなくて済むように、俺は強くなりたい。
ギルドマスターとして、少しでもメンバーの力になれるように。
「こういうのでしょ?食べたかったもの。」
店員が持ってきてくれたのは、見た目はフレンチトーストの料理だった。
カレアもお腹がすいていたらしく、カレアが自分で食べる料理も店員が持ってきてくれた。
「そう、これだよ!やっぱり、この世界の料理は美味いな。」
パンは小麦粉から作られた味ではないし、卵は鶏の卵の味ではない。
香料はバニラエッセンスではないし、蜂蜜の味も違う。
でも、この料理は美味しい。
素材の味が異なっていても、調和のさせ方が上手だから美味しいのだ。
この世界の食事の味は、とても斬新に感じる。
慣れるまで、この斬新さは続くだろう。
「カレアは相変わらず辛い物が好きなんだな。朝から辛いソースがたっぷりかかった肉料理なんて、信じられないぞ。」
「好きなものは好きだからしょうがないの。」
やはり間違いない。
カレアは悪魔の味覚をしている。
でも、好きなのならしょうがないだろう。
しばらくすると、このみと刹那がやってきた。
「遅れてすみません!おはようございます。」
「おはよう。」
「昨日、夜更かしでもしてたのか?」
「はい。キリスの街には知り合いが沢山いるので、刹那さんをとある知り合いに会わせました。」
「もしかして、刹那がまた自分を傷つけようとしたの?」
「うん。夜中に、一人で狩りに行くなんて言い出したのよ。」
刹那がこのみの知り合いに会って、何かが変わったのなら嬉しい。
「その知り合いって、どんな人なんだ?」
「悩みを解決してくれるような方です。勇者になるためのレベル上げの日々で生きる道を失ってしまった人達は、まず彼女の元を訪ねるんです。」
そんなすごい知り合いがいるなんて、このみの人間関係は広いんだな。
「刹那、彼女と話して何を思った?」
「発散する方法を変えたいと思った。」
それは素晴らしい。
刹那にも、何か見つかるといいのだが。
「私は、誰かに依存することで辛いことに耐えてきました。カレアについては、言わなくても分かりますね?」
「カレアのことは分かる。このみは、今はどうしてるんだ?依存する相手なんていないだろう。」
そうこのみに問うと、このみは決心した表情で、言う。
「あの・・・ 私は、半蔵さんのことが好きです。半蔵さんに依存しています。」
はっきりとこういう風に言えるのだから、このみは強いと感じる。
一方、俺はそんなに強くない。
こういう時、なんて言えばいいか分からないのだ。
もし俺の仲間がこのみだけだったなら、難しくなかったのかもしれない。
でも、カレアも刹那も俺の仲間なのだ。
ギルドマスターとして、メンバー一人だけを優遇することは避けたい。
「ああ、そう思ってくれて嬉しい。これからも、俺のことをギルドマスターとして頼ってくれ。」
「はい・・・。」
このみは、悲しみをどうにか抑えようと頑張っているように見える。
とりあえず、最悪の事態だけは避けるために、刹那に確認を取る。
「刹那は、これからどうするのか決めてるのか?」
「このみに辛いことを相談する。このみが、私に頼ってって言ってくれたから。」
つまり、このみは俺に依存することによって心を保つ。
刹那は、このみに頼ることによって心を保つ。
俺がこのみとうまく付き合っていけば、問題ないということだ。
「半蔵、このみをよろしくね。そろそろレベル上げしにいきましょ。」
「ああ、このみのことは任せてくれ。そろそろ行こうか。早くこのみにヘヴィヒールを覚えさせないとな。」
このみのことは、きっと何とかなるだろう。
とりあえず、俺は強くならなければいけない。
レベル上げの場所に向かうために、俺たちは山登りを始めた。
「半蔵、今回の山は昨日の山と違って、崖が多いの。落ちないように気を付けてね?」
「ああ、足元に気を付けるようにする。」
気を付ける必要があるのは、足元だけではなかった。
そう。俺は、二度も同じ失敗を繰り返すことになるのだ。
「この山、随分と虫が多いな。どれが自然の生物でどれが魔王軍なのか、まったく判別がつかないぞ。」
「これから行く場所は、不死者系のモンスターが集まる『亡霊の洞窟』でしょ。不死者系モンスターの近くには、いろんな虫が寄ってきやすいんだよ。」
「魔王軍じゃない虫も、殺しちゃって大丈夫ですよ。魔王軍と違って消滅はしないので気を付けてくださいね。」
虫は嫌いだ。特に嫌いなのは・・・
わさわさ・・・
なんだ・・・ 足に・・・ ムカデ!?
「魔王軍の蟲め!殺せば消滅するんだろ!とりゃあ!」
俺の手と脚に残ったのは、ムカデの死骸だった。
消えない。消えない。
これは、自然の生物である。
「嫌ぁぁぁぁああああ! ムカデーーー!」
山の中を走り回った俺は、そのまま崖から転落した。
随分と高い崖だ。
ただ、落ち続けていく。
このまま地面に落ちたら、俺は死んでしまうだろう。
「今拭くから待ってて。クリーニング、ターゲットヴィジブル!」
気が付くと、俺はカレアに抱きかかえられていた。
俺とカレアは宙に浮いている。
それもそうだ。カレアは蝙蝠のような黒い翅を広げ、宙を飛んでいるのだから。
「ほら、もうムカデは大丈夫だよ。」
「あ、ああ。俺の顔がカレアの胸にうずまっているのは大丈夫なのか?」
「今はそんなこと気にしてる場合じゃないでしょ!」
虫の恐怖が無くなった俺がまず感じたのは、カレアの胸の感触であった。
カレアが翅を広げて空を飛んでいることに対する疑問なんて、どうでもよく感じてしまう。
カレアの胸が素敵。ただそれだけである。
俺がこうなってしまうのが何故なのかは、もう分かっている。
カレアが能力を使うと、周りの人間はカレアに対して強い性欲を抱くのである。
人から精力を奪う悪魔。
元の世界にも、伝説上の生物でそんなものがいたはずだ。
「半蔵さん!崖から落ちた上に、カレアの胸に顔をうずめてるなんて、酷いですよ!」
「僕もカレアの胸に顔をうずめたい。」
どうやら、性欲を抱かせる対象は男性だけではないらしい。
カレアとこのみが必ず別室で寝ていたのは、貞操を守る為だったのだろう。
それに、カレアは一人で発散をする必要がある。
カレアがソロギルドにこだわっていた理由も同じく、自身の貞操を守る為だろう。
「カレア。もう二度と空を飛ぶんじゃないのよ?半蔵は大丈夫でも、私が抑えきれなくなってしまうわ。」
「僕も、抑えきれなくなる。」
このみと刹那は、冗談ではなく本気で言っているはずだ。
カレアには、なるべく悪魔の能力の使用は避けてもらうべきだろう。
「カレアはサキュバスだ。合ってるな?」
「間違ってはいないけど、サキュバスの魂は4分の1しか持ってないよ。」
「カレアが本物のサキュバスだったら、半蔵さんも私も制御できませんよ。」
このみと刹那が落ち着いてきたところで、カレアが事情を話し始める。
「あたしの両親が勇者だってことは話したよね。」
「ああ、前に聞いた。勇者ってのは人間がなるものなんだよな?」
「勇者は人間がなるものであってるよ。でも、イダルの力なんて、たかが知れてるの。」
「ああ。レベル500の人でも、魔王を倒すことはできないんだもんな。」
「うん。だから、より強くなるために、一部の勇者は『悪魔の契約』を交わすの。」
「魔王軍の力を借りるってことか?」
「そういうこと。魔王軍の中には、死神系モンスターっていうものすごく強いのがいるの。」
死神系モンスターというと、RPGの大ボス、あるいはラスボスのイメージだ。
「死神は、二つの魂を融合させることができるの。あたしのお父さんはドラゴンを一匹生贄にして、魂の半分をドラゴンにしたの。」
「カレアの高い戦闘能力は、ドラゴンの魂によるものだったのか。」
「それで、あたしのお母さんはサキュバスを一匹生贄にして、魂の半分をサキュバスにした。」
「その両親の間に生まれたのが、半分人間で、4分の1がドラゴンで、4分の1がサキュバスのカレアって訳か。」
「魂は魔王軍のものを持っていても、人間は所詮人間なの。だから、あたしの両親は生命樹であたしを作った。」
「イダルは、生命樹で子供を作る。生命樹は、両親の遺伝子ではなく魂を継承するんだったな。」
「そう。あたしのお母さんはサキュバスの力を制御できたんだけど、サキュバスの魂を引き継ぐのに生命樹を介しているあたしは、サキュバスの魂をうまく制御できないの。」
「そうか・・・ 性に関することはデリケートなことだから、うまく付き合っていく必要があるな。」
カレアが一人きりで生きていくなら、一人で発散すればいいだけの話だ。
でも、今のように仲間と共に生きていくためには、様々な問題に対してうまく対処する必要があるだろう。
俺は、カレアを独りぼっちにさせたくない。
「カレアの侵食は、サキュバスの魂のせいか?それともドラゴンのほうか?」
「ドラゴンは関係ないよ。サキュバスは人間の姿に化ける習性があるから、どんどんサキュバス本来の醜い姿になってしまうの。」
「悪魔の侵食は聖なる力で止めることができます。私がヘヴィヒールを覚えれば、カレアの侵食はいくらでも治療することができるようになります。」
やはり、このみのレベル上げは必須なようだ。
とりあえず、今はカレアの侵食の問題を解決することを考えよう。
「刹那、戦略をもう一度確認していいか?」
「分かった。」
「まず、刹那がマスターディフォーメイトを使って、洞窟の天井に安全地帯を作る。」
「そう。」
「安全地帯に、カレアのための一人部屋と、このみと刹那の二人部屋を作る。」
「そう。」
「俺は高所に作った足場に乗って、闇の纏い気、ダブルアドベント、パラライズ、ホーリーを使う。闇系モンスターしかいないから、それをおびき寄せて、弱らせる。」
「そう。」
「モンスターと距離を取るためにソードレイン、アシッドを使う。」
「そう。」
「俺はいつ休憩すればいい?」
「疲れたらでいいよ。ただ、モンスターは僕が作った壁を壊せるから、誰かと交代する必要がある。」
「あたしに任せて。高所からの一方的な攻撃なら、亡霊の洞窟にいるような強いモンスター相手でも大丈夫。」
「助かる。じゃあ、俺が疲れたらカレアに交代。俺が休まったら俺に交代。能力を使ったカレアは、一人部屋で出来る限り発散を続ける。」
今の俺の発言を聞いて、このみは凍り付いている。
「カレアは、一人部屋で出来る限り発散を続ける。」という発言に抵抗を感じたのだろう。
「このみ、いいか。このみは過去に何度もいやらしいことをされた経験があるのは分かる。誰かに依存してたなら、それは避けられないことだろう。」
「分かってますよ・・・。」
「いいか。一人で発散することは、何も恥ずかしいことじゃない。カレアが仲間である以上、恥ずかしいと思ってはいけない。」
「それは分かってます。でも、半蔵さんが言うとどうも・・・」
「俺は、カレアの貞操を守り続ける。そう誓う。」
俺が自信をもってそう言うと、三人は受け入れた表情をしてくれた。
「すいませんでした。私は、半蔵さんを困らせていました・・・。」
「もう、それは終わったことだ。気にしなくていい。」
「半蔵はやっぱりかっこいいね。本当に惚れちゃうかも。」
カレアは、もちろん冗談で言っている。
でも、俺はカレアに惚れてほしいと思う。
これが、サキュバスの力なのか否かは分からない。
でも、そう思っているのは確かなんだ。
俺は、カレアのことが好きだ。




