▽ ニューゲーム
目の前にあるのは、今でこそ寂れているが、かつては賑わいを見せていたのだろうと想像するに容易い、遊園地の出入り口。そこを飾る定番の色鮮やかなアーチ。
もっとも廃園になって久しい事、そのためメンテナンスや掃除が行われておらず、雨風に晒されるままだった事に、今の時間も加わって、色鮮やかさもなければ、子供達の笑い声などといった“明るく無邪気な賑わい”もない。
もっとも此処に来た目的は、有り体に言ってしまえば“肝試し”である。全盛期の様に“明るい盛り上がり”を見せられていては興醒めであるし、かと言って目的を同じくした心霊マニアと大勢出くわしてしまうのも風情がない。
1心霊マニアとしては肝試しの時に遭遇する“同志”は1グループから多くても3グループまで。そしてマニアの間で根強い人気を誇っているにしては、この日も廃園の遊園地らしく好みの寂れ方をしていて、ドキドキとワクワクを抑えきれない。
「いよいよ来たわね!ドリームランド!」
「ねえ、やっぱり帰らない?此処、本物っぽいよぉ?」
「キミがそう言うと信憑性がありますね」
今から心霊スポットに出向くにしてはちょっと物足りない気もするメンバーだが、いつもと同じ肝試しメンバー。どんな行動を取るかも分かっているだけに気楽で、安心感があったりする。
心霊マニアとして心霊現象に会えるのは有り難いが、身内の思わぬ行動で危険な目に遭う事だけは忌避したい。それこそ死んでも死にきれず、自分が心霊現象の仲間入りを果たしてしまいかねない。
「此処はどんな心霊現象が有名なんだっけ?」
「アトラクションごとにいくつかあるみたいね。拷問部屋のあるお城は、結構信憑性が高い上に本気で危なそうだからパスよ。私が気になるのはね……」
「お城だけは絶対駄目だからね!?」
そんな事を言い合いながら、まるで昼間の遊園地でも歩いているかの様な軽やかな足取りで3人は歩く。
その足が唐突に止まったのは1つのアトラクションの横を通ったその時。
「今、何か言った?」
「いいえ?」
「私も言ってないよ。多分これは本物の一種じゃないかなぁ」
頭の中に入っている噂から該当のものを探す。
3人が聞いているし、場所が場所である。空耳だとか、風の音を聞き違えたと考えるより“本物”の心霊現象だと思った方が良さそうだ。
その証明の様に事実霊感持ちの少女が泣きそうな顔をしている。
じっと聞き耳を立てつつ、同時に記憶を辿る事は忘れない。懐中電灯をアトラクションに向ける。大きく高い円形のアトラクションは遊園地によくある観覧車。
確か観覧車に纏わる噂は。
「ゴンドラの中から聞こえる声、ね。助けて、とか、出してとか聞こえるみたいだけど」
「言われてみれば、という感じですね。キミは正確に聞こえていますか?」
「あー!聞かないでぇ。答えたくないー」
心霊マニアながらも残念ながら零感のこの身にも、おぼろげながら声は聞こえてくる。助けて、というような雰囲気の声。
やはりここはいよいよ“本物”らしい。そうなると用心すべき箇所には用心して、肝試しを満喫しなければ。
そう思って期待に目を光らせている中、おぼろげに、何となく“助けて”と言っているように聞き取れる程度の声に混じって、まるでそれを遮るように異質な声が聞こえる。
声自体は普通の物。ただ零感の身でもはっきりと聞き取れる上、助けて欲しいと望むものや出して欲しいと訴えるもの、閉じ込められるに至った“何者”かへの恨みとは違う。
『……なんで、だよ』
疑問に満ち、どこか泣きそうに震えた声。
『なんで、どうして』
思わず体が震える。恐怖よりは寂しさに近いものを抱かせる。
3人は顔を見合わせて、頷いた。ここはまだライトな心霊現象に期待して、後にした方がいいかもしれない、と。
そうして3人は遊園地を進む事を諦めて、来た道を引き返す。
人の声が聞こえる観覧車からは、まだ、恨みではない、疑問と悲しみに満ちた声が一際目立って聞こえていた。
或いは今、恨みつらみで出してくれと訴える声も、観覧車の中に閉じ込められた当初は、悲しみや疑念を純粋に訴え続けていたのかもしれない。それでも救われず、答えはなく、何時しか恨みへと変わって、この遊園地を“本物”たらしめている。
もしかしたら、今はしっかりと聞こえるこの声も。
そんな想像に思わず泣きそうになりながら、出入り口に向かって歩いていく。暫くは本格的な心霊スポット巡りも止めた方がいいかもしれないなんて、心霊マニアらしかぬ事を思いながら。
『なんで、こんなこと、したんだ……なあ、かいと……?』
「でも、あそこで帰って良かったねぇ。ミラーハウスもまずかったみたいだから」
「人が変わったようになるんでしたっけ?」
「結構害は薄そうだけど?」
「うん。でもそう変わったように見えなかったり、むしろいい変わり方をしたような人もいるんだけどね?その変わった人と長い時間傍にいるとね、」
帰り道。打って変わってそれなりに明るく、賑わいを見せている通りで。
賑わいという言葉では生温い程の轟音が空気を揺らし、言いかけた言葉さえ呑み込んだ。