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ミラーハウスの噂

 ここまでよく心霊現象を集め、現地に赴いたものだと、オレは呆れを通り越して寧ろ、感心さえしてしまう。

 それでも漸く、“本物”を求めて数々の心霊スポットを巡る時間に終わりを告げる時が来たらしい。

 オレは“ミラーハウスに向かって駆けていく友人の後ろ姿”を見送って、適当に周囲を歩き出した。コーヒーカップに向かう事も、お化け屋敷に向かう事もない。当然だ。全ては友人を1人にするための、友人を1人でミラーハウスに入れるための嘘なのだから。



 子供が消えてしまう。

 そんな噂が皮切りになって閉園へと追い込まれた遊園地。閉鎖されて久しく、すっかり寂れてしまったドリームランドには、それこそ肝試しとして賑わうくらいで、かつて子供達の歓声と笑顔で満ちていたテーマパークには到底見えない。

 でもオレにとっては話は別だ。

 ここは正に“ドリームランド”。オレの長年の悲願を叶えてくれる場所。



 オレの心霊マニアも、今まで廻ってきた数々の心霊スポットも、全てこの日のための嘘だった。

 それなりにそれっぽい心霊スポットを“厳選”していたのも、クラスメイトが憎らしいほどに煩わしいのも本当で、たとえばアイツ等を眼球収集癖のあるらしい城主とやらに会わせたいとは思っているが、それでも“本物”を探し回るだけの活力には、アイツ等程度ではなりえない。


 ここが“本物”かどうか。

 確率的に5割は軽く上回るだろうと思っていたが、そこには希望的観測も入るし、手放しに信じ込めるほどオレはお気楽でも、心霊現象に傾倒しているワケでもない。

 ただそんな中で、頭に包帯を巻いた青年が、噂通りの体験談を語った時、しかも“お約束”のように姿を消した時、オレは殆ど確信していた。ここは本物で、オレの悲願は果たされるのだと。



 本当は、ミラーハウスの鏡に、望むものなんて映らない。

 それでは世にも恐ろしい何かが映るのかと言えば、そうでもない。というか、そんなものが映るなら友人に頼まない。

 友人はオレにだけ弱いから、オレはアイツに弱いから、オレがアイツの頼みなら大抵聞き入れるように、アイツもオレの頼みを聞いてくれる。血塗れの女が映るんだって、と言ってもアイツはオレが頼めばミラーハウスに入ってしまうのかもしれない。

 でも、それでも、そんなオレが頼んでも首を横にしか動かせないものは、確かに存在する。だからオレは“心霊現象”の力を借りようと決めた。


「ごめんね」


 もう友人は、親友はミラーハウスの中だろう。オレの事を頭がいいと言うが親友もなかなかのレベルで、多分遊園地のミラーハウス程度短時間で出てきてしまうかもしれない。お化け屋敷云々はそれを危惧して付け加えたデタラメ。

 だから今なら聞こえないと踏んでオレは、親友に宛てた謝罪を当の親友が不在の内に呟いておく。


「ミラーハウスの噂は本当は違うんだよ」


 ただ罪悪感よりは期待や歓喜の方が勝ってしまっている。

 それを必死に押さえつけて、オレはミラーハウス近くの、今はもう使われていない街灯に背を預け、手持ち無沙汰に手の中の懐中電灯を弄る。

 無表情、或いは悲痛な顔を見せようとしてもオレの顔は自然と笑みが零れてしまう。謝罪を紡いでいる筈の唇が、歓喜のあまり耳まで裂けるのでは、という程の勢いで釣り上がってしまう。


「ごめんね……(ゆい)








 同時にお化け屋敷にいなくては意味がないだろうと少し時間を掛けてミラーハウスを周り、アトラクションから出た後には懐中電灯が微かな光の中に見慣れた友人の姿をぼんやりと照らした。どうやら少しゆっくりし過ぎてしまったらしい。コーヒーカップとお化け屋敷がここからどれくらい離れているかは分からないが、行って戻ってくる時間に心霊現象の“待機時間”などを踏まえれば大分待たせてしまったかもしれない。

 申し訳なく思いつつ友人の方へと駆け寄れば、懐中電灯の明かりが彼の微笑みを浮かび上がらせる。コイツはオレに対しては他の人間に対する短気さの欠片もみせない。だからコイツの反応からどれだけ待たせたかを推測するのは簡単ではないものの、せめてオレに向けてくれる気の長さを少しくらいは周囲に振り撒けば彼に集る非難も多少は軽減するだろうに、と思わずにはいられない。


「悪ぃ、待たせたか?」

「大丈夫だよー。結の方は大丈夫だった?」

「ああ、オレは大丈夫だったけど。……お前の方は何かあったか?」


 正直、それを聞くのには少し躊躇いがあった。

 折角もう心霊現象に興味を持たないと約束してくれた友人に何かあったかを聞く事で、その答えがどうあれ心霊現象への熱を戻してしまったらと、不安があったからだ。

 しかしそれは杞憂だったようで、首を横に振る彼の顔は不思議と明るく、今までのような悔しさも、次への期待も一切なかった。本当にこの遊園地に来た事で綺麗さっぱり割り切れてしまったようだ。

 様々な噂や、閉園に至った理由を思えば、少し不謹慎にも思えるが、オレはこの遊園地に感謝さえしていた。他の人間にとってはどうあれ、この遊園地はコイツの好奇心を満たすに、あるいはもう諦めるに十分だったようだ。


「何か見えた?望むものが見えるんなら、結が何を見たのか気になるんだけど!」


 コイツに言われてミラーハウスの噂が“それ”だった事を思い出す。しかし残念ながら無数の鏡に映るのは見慣れた自分の顔ばかりだ。

 ナルシストにとっては垂涎物(すいぜんもの)かもしれないが、自分の顔が好きでも嫌いでもないオレとしては寧ろ、辟易とするものさえあった。首を横に振って質問に否定を返す。


「残念ながら、だな。何が見える事もなかったぜ。懐中電灯の光がぼんやりと自分の顔を照らしていただけで、不気味ではあったけどな」

「あはは。でも結の顔がいっぱいって、結綺麗な顔してるからオッケーっしょ」

「お前に言われたくねぇよ」


 性格こそ悪いが外見は抜群にいい。というかそのせいで性格が歪んだ部分や、女子からの告白に疲れきっている部分もあるだろうこの男に、顔が綺麗だと言われても素直には喜べない。


「えー。まあ、もう朝になっちゃいかねないし、早く帰ろうか」

「ああ、そうだな」


 そう言ってオレはいつものように、コイツの1歩分後ろを歩く。

 来た道を何でもない話をしつつ歩いていく。観覧車の横を通って、メリーゴーラウンドの脇を通って。そのどちらも沈黙を保ったまま、当たり前だが動き出す事はない。

 結局最初に思った通り、今回も何かが起きる事はなく、“本物”に出会うという意味では徒労に終わった。しかし解糸(かいと)の方はどうあれ、オレにとっては十分得るもののある“心霊スポット巡り”だった。

 友人が心霊スポット巡りも、恨めしい相手への報復めいた事も止めてくれると言ったのだから。


「今夜は上機嫌だね?」

「はっ。どっかの誰かさんがやっと約束をしてくれたからな」


 解糸に多少今までの心配の分も込めて嫌味ったらしく返そうとしても、思わず笑みが零れてしまう始末だ。

 ……コイツに甘いのは昔からだから、実際のところいつもとそう変わりなかったかもしれないが。










「本当、まるで別人みたくなっちゃったのよ」

「分かるわ。凄く怖いというか、感じ悪いというか」

「付き合いも言葉遣いも、何もかも悪くなった感じだよな」

「やっぱり“あの人”の“処理”を任せていたのが悪かったのかな……」

「そりゃあオレも付き合いを止めたかったけどよ、アイツはやさしいから」

「今から言っても間に合うかしら?」

「手遅れかもな。うるせぇ、関係ないだろ、って言われて終わりだよ」


 クラスメイトのあからさまな声が煩わしい。オレは露骨に顔を歪めつつ、1人席に座って大人しく読書に耽る友人の下へと近付いた。“大人しく読書に耽る”といってもそれは見た目だけで、少しでも近付いたり、少しの間観察していれば視線は本ではなく噂話に勤しむ集団を睨むためだけに使われている事も、本のページが少しも捲られていないのもよく分かる。

 オレの動きに一瞬噂話はぴたりと止むものの、直ぐに声を潜めて再開された。腫れ物を見るような目は変わらない。まったく身勝手もいいところで呆れてしまう。


「帰ろう?」


 声を掛ければ友人は集団を睨むのを止め、オレの方を見ると、ああと快く承諾して立ち上がる。本には既に興味を示していないらしく、早々と鞄に仕舞われた。

 あとはいつもの様に教室から出るだけ。もう無駄な声が掛かる事もない、と思っていたのだが。中にはお節介というか、勇者というか、オレとしては“空気の読めないだけのバカ”は現れてしまうらしい。


「ね、ねぇ!何があったのか知らないけど、アンタの身勝手で結くんを連れまわすの、止めてくれない?」


 不愉快な事、この上無い。友人との約束がなければ“本物”を探し出してけしかけたいところだ。

 しかしオレが何か言うより先に、短く、冷たい声で隣の友人が口を開いた。


「そういうのが煩ぇんだけど?」


 冷たい目でクラスメイトの1人を睥睨して言い放った友人に、オレは内心幸福感でいっぱいだった。




 結はオレにとって親友だ。そしてオレは結にとって親友でもある。それはどちらかの自惚れとか一方的な押し付け合いじゃない。言ってしまえばただの“事実”だ。

 親友とは“唯一無二”であるべきだとオレは思う。つまりはオレだけで、他には無い。そうあるべきだ。

 事実結の親友は解糸(オレ)だけであり、解糸(オレ)の親友は結だけだ。

 しかし憎たらしい事に結には、オレ以外の友人が何人かいる。結は人当たりもよく、愛想もいい。だからこそオレとクラスメイト間に空いた溝に掛かる橋の様な役割さえ務めてくれていたが、オレはそこに感謝を抱いてはいなかった。

 結はもっと愛想をよくして、少しは誰かと接してみろと時折口にしていた。それが結のやさしさである事を理解しつつも同時にオレには“いらぬ世話”だったのだ。オレには結だけいればいいし、結もオレが“唯一無二”であるべきだ、と。

 そうして鬱屈としていたオレの下に入り込んで来たのが、ドリームランドのミラーハウス。

 ドリームランドの噂自体は廃園した遊園地にありがちなもので、さして興味を惹かれなかった。しかしミラーハウスに関してだけは別。



 出てきた人間は人が変わったようになっている。



 これだ、と。オレは見事に食いついた。

 普段であれば歯牙にもかけない心霊話の類だが、それこそ藁にも縋りたい思いだったのだ。これに上手く結を入れられれば。結の人柄が、オレが望む形に変わってくれれば。

 だからオレは興味もない“心霊話”に興味のある素振りであの日まで結と心霊スポットを廻っていた。だからそれが成功しようがしまいが、ドリームランドを終えてしまえばオレにとって目的は全て果たされる。結を心配させているのは心が痛んだし、だからオレはアイツと約束を交わして、もう心霊巡りもきっぱり止めた。

 果たしてオレの目論見は成功した。

 オレの前での結は普段とそう変わらないように見えるが、あの人当たりの良さも愛想の良さも、本当にミラーハウスの中に置き去りにしたかの如く、結から綺麗さっぱり消えていた。

 結の変化が突然だった事もあり今はクラスメイトもオレの悪影響を受けた、あるいは脅されているのだと判断し、結を案じてオレに疑惑の目を向けているが、数週間もすれば結だってオレと同じように“扱いにくい嫌味なヤツ”にカテゴライズされるだろう。

 そうなればオレは本当に結にとって“唯一無二”になる。

 その近付きつつある未来にオレは思わず笑みを零した。目敏い結の目にはこの笑みも入っていたようで、怪訝な顔で覗き込まれる。


「どうしたんだよ?解糸」

「なぁんでもないよー」


 そう笑って返すオレの耳に、何か声が聞こえた気がしたのは、風のいたずら。幽霊の正体見たり枯れ尾花というやつだろう。

 オレは漸く手に入れた“相互にとって”“唯一無二”の親友へと微笑み掛けた。

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