表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

友人相手には弱いものでして。

「あー!!!」


 静まりかえっている深夜の遊園地、それも廃園になったというオプション付きのその場に、友人が突如上げた声はやけに大きく響き渡った。

 心霊現象を信じていようがいまいが、先程“本物”の片鱗に触れていようがいまいが、人間というのは突如上がる大きな音に強くは作られていない。反応の大小こそあれ驚くのは自然な事で、オレも礼に盛れず彼の突然の大声に体を少し跳ねさせた。

 心拍が通常より早く刻むのを感じつつ、恨めしげな目線を1歩分前を歩く男の背中へと向ける。もっともコイツがそれで項垂(うなだ)れて反省する事など期待していないし、そもそもそこまでを求めてはいないが。


「……で?今度はどうしたんだよ、んな大声あげて」


 今までの探索で“本物”らしい“本物”に遭遇した事など、先程の青年の他にはなかった。だからというのもあるかもしれないが、心霊探索時にコイツがこんな大声を突如上げるのは珍しい。“事実は小説より奇なり”という反面で、この手のゲームや小説の様にバンバン悲鳴が上がるような出来事は、実際の肝試しには起こらないものなのだ。

 ましてや相手が冷静かつ他人の評価も借りるのなら“寧ろ冷徹”の、頭脳派であり“心霊現象マニア”なら尚の事。青年との遭遇で恐怖ではなく期待を抱いていた事からも十分に分かるだろうが。

 だからこそオレもオレで必要以上に驚かされた、というのがあるかもしれない。これで付き合った相手が他のクラスメイトであれば、オレもそれなりに身構えているから、ここまでは驚かなかっただろう。まあ他のヤツからの誘いなら首を横にも縦にも動かせるため、そうした状況にはならないだろうが。

 オレの方を振り返ったアイツはどことなく血の気が引いている。顔にありありと心情が書かれていた。分かり易く、“しまった”と。

 学校内では些細なミスさえしないコイツのこんな顔は貴重である。いつもつまらない半眼で、周囲を睥睨(へいげい)する。それが学校内のコイツのデフォルトで、2人でいる時こそ人並みかそれ以上に表情豊かであるものの、元が“完璧人間”だ。しくじる事も極端に少なければ、しくじり顔を見る事も長く深い付き合いの中でさえ殆どない。

 そんな男が露骨に“しくじった”という顔をして、ご丁寧に頭の後ろを掻く動作さえしていれば、何をやらかしたのかと思うのも自然だろう。驚かせた事を問い詰めるのは後だ。

 どうにも、ここまで如何にも“しくじりました”をアピールされては、胡散臭(うさんくさ)い気もしてしまうが。


「ほら、心霊現象には“条件”とか付き物でしょ?」

「当たり前の様に語られても、オレ自身は心霊現象に興味がねぇからな?お前に付き合ってるだけだし、今まで“本物”に遭遇した事もなければ、お前はそんな事一言だって口にしなかっただろ」

「あれ?そうだっけ?確かに無条件で遭遇出来る心霊現象も多くあるけど、中には“一定の条件下”でのみ出会える現象もあるらしくてさ、このオレとしては迂闊な事にすっかり失念しちゃってたんだよねぇ」


 しくじり顔に苦々しげなしかめっ面を添えて、友人は腕時計へと目を落とした。一応懐中電灯で光源は確保出来るもののコイツの腕時計は暗い中で文字盤がうっすらと光り、夜道であっても時間の確認が出来るという、夜道を好んで歩く“心霊マニア”のコイツには大分便利なアイテムだ。

 それに視線を落としたというあたり、コイツの言う“条件”が何なのかは想像に容易い。時間関係とみて大方間違いはないだろう。

 オレの時計は残念ながらそうした便利機能はついておらず、心霊スポットでスマホ画面の様な強過ぎる明かりを持ち込むのを友人が嫌っているため、オレに正確な時間を把握する術はないし、そもそもコイツが言う“お約束”とやらが分からないが、コイツの心境としてはこうだろう。

 大変だ。そろそろ“お約束の時間”に遅れてしまう。

 オレがそう結論出したのを見計らったかの様に、友人がきらきらと輝き、懇願する目でオレを見ているのが懐中電灯の僅かな光源の中だけでもよく分かった。普段の周囲を睥睨する半眼とは正に別人である。

 う、と息や声が詰まるのをオレは感じた。

 オレはそれなりにお人好しで人当たりもいいし、愛想もいい。しかし意に介さない頼み事やお誘いは、それなりに言葉を尽くして断ってきている方だ。

 そんなオレの“世渡りスキル”を持ってしても、コイツの“お願い”に勝てる気はしない。そもそもコイツの頼みを棄却出来るだけの力があれば、興味のない心霊スポット巡りに毎回毎回付き合いはしないだろう。

 結局どんなに足掻いても足掻くだけ無駄とオレは早々に諦める。コイツはコイツで“お約束”が迫っていて焦りもあるだろうし、結果の分かっている口論で時間を取らせるのは悪いだろう。

 渋々というようにオレは肩を竦め、軽く目を閉じて溜息。うっすらと目を開けば、オレが頼みを聞いてくれると確信したのだろう、子供のようにきらきらと顔を輝かせる友人の姿が目に入った。


「で?その“お約束”って何?オレは何をすりゃあいいんだ?」

「ありがと!(ゆい)!!」


 友人は元気いっぱい、という体でオレに礼を返してから、きょろきょろと周囲を見渡す。時々顔と一緒に懐中電灯も動かし、オレは自然その明かりを目で追い掛けた。

 特に何もない、寂れた遊園地。海外の標識をイメージしたかの様な案内板もあるが、暗がりである事と風化によって文字を読み取るのは難しい。そんな中一際目立ったのは1軒の家だった。

 遊園地のアトラクションというよりは店舗か何かのような造り。住居型のアトラクションと言えば典型的な物はお化け屋敷だが、それにしては外見におどろおどろしさがない。


「あった!あそこのアトラクションに行ってもらってもいい?」


 件の住居型アトラクションを指し、友人は明るい声で問い掛ける。

 まさかアトラクションを体験してくれと言われるとは。予想外の事に多少面食らって友人を見つめ返す。オレを見る目はオレが肯定を返す事を信じて疑わないとでも言う様な、純粋で無邪気、それでいて逃げ道を封じるようなものだった。

 何もかもついコイツを甘やかしてしまったオレの自業自得なのかもしれないが。


「噂があるんだ。決められた時間にコーヒーカップに行くと“本物”が見られるかもしれないっていう噂と、お化け屋敷とミラーハウスに親友同士が一緒にいる時“何か”が起きるっていう噂。あとミラーハウスそのものにも噂があって、出口付近の鏡には本人の姿じゃなくて“本人が望むもの”が映るっていう噂。どれもミラーハウスにいる人間には大した危険がないみたいだから、結にお願い出来ないかなぁと思ってさ」

「……お前、少なくともお化け屋敷に関しては最初からオレを頼る気満々だっただろ……。まあミラーハウスくらいなら問題ねぇけどさ」


 少し自惚れているようで恥ずかしさもあるが、解糸(かいと)の親友と言えば(オレ)だし、(オレ)の親友といえば解糸だ。だからそこはいい。

 ただコイツの言動で引っ掛かっているものがあるとすれば。


「でも、お前が仕入れてきた情報にしちゃあ、やけにずさんっつーか、漠然としてるな」


 そう。そこだ。

 一応は行く心霊スポットを“厳選”しているという言葉が本当だと信じられる要素として、コイツの持ってくる“心霊話”は噂でありながらも漠然としたものが少なかった。明確過ぎてもいないが、“何かが起こる”といった漠然とした情報は殆どなかった。

 それにも関わらずコイツは最後の噂以外、漠然とした表現を用いている。夏だからと心霊話に花を咲かせているクラスメイトレベルであれば珍しくもなんともないだろうが、情報を持って来たのが解糸である以上、つい怪訝に思わずにいられない。

 本人もそれを自覚しているようで、子供っぽい苦笑を浮べつつ、今度は照れ臭そうに頬を掻きながら白状した。


「それがさ、このテーマパークそのものに噂が多過ぎて。しかもそのどれもが“本物”っぽさが凄いから、こうした漠然とした噂にもつい縋っちゃうってワケ」

「……まあ、心霊マニアの心境は分からねぇけど、そのへんの事情は理解したよ。取り敢えずオレはミラーハウスに行けばいいんだよな?」

「うん!お願いしてもいいかな?結を危険な目には絶対遭わせないからさ」


 褒められた理由では無いものの“本物”をずっと求めているコイツにとって、自己判断とはいえ9割を叩き出すこの遊園地に纏わる噂であれば、出来る限り余す事無く拾いたいのだろう。それがたとえ、普段であれば気にもしないような、あやふやなものであっても。

 件の城こそ本物っぽいのに近付けないと断言した事は勿論、短くも浅くもない付き合いから解糸が危険に飛び込む事はないと、少なくともオレを引き連れて飛び込みはしないと分かっている。だからこそオレも解糸が心配になり、“本物”探しを早々に打ち切って欲しいと思っているのだが。

 最早“渋々了承したというポーズ”だけになっているそれを肩を竦めて表しつつ、しかし今度は改めて真剣に解糸を見つめる。今まで何度となく伝え、何度となく聞き流されてきた忠告。

 あるいはオレの、友人に対する懇願でさえあるかもしれない。


「別にミラーハウスくらい行ってやるけどな?お前もそろそろ、いい加減に“本物”探しは諦めろよ?お前が学校の連中を煩わしく思ってんのは知ってるけど、人を呪わば穴2つだ。自分の手を汚したくないからって“この方法”を模索して、もっととんでもないものを引き当てちまっても馬鹿らしいだろ?」


 いつもであれば解糸は聞き流す。

 オレの忠告なんてなかったかのように、さっきまでしていた話を続けたり、けろりと笑って大丈夫大丈夫と歌うように言ったり。それがコイツだった。

 しかし、この日の彼に限って言えば、普段と異なっていた。

 けろりと笑う事なく、笑う事には笑っているが、どこか寂しそうに笑って。“うん、とでも言うように首を縦に動かした”。

 面食らったのはオレの方だ。

 今まで望んでいた反応でこそあるが、急にそれをされても戸惑うばかり。もしかしたら熱でもあるんじゃないのかと古典的な手段ながら友人の額に触れようとした手は、しかし友人が毎回周到に持ち歩いている予備の懐中電灯をやんわりと握らせられる事で阻まれた。


「うん、ありがとう。今まで心配掛けてごめんね、結。オレもさ、そろそろいい加減退き時かなぁとは思ってたんだ。段々深みに嵌まって、取り返しのつかない事になっても困るし。だからこれを最後にしようかな、って思ってる」

「そ、そうか。……だからって喧嘩に明け暮れたりはすんなよ!?」

「それはしないって。自分の手を汚したくないっていうのは、ブレてねぇし!」

「約束な?」


 望んでいた瞬間が訪れたのはあまりに唐突で、喜びや安堵より先に驚愕や拍子抜けが勝ってしまったものの、時間が経つにつれ、喜びや安堵が勝ってくる。

 この友人にとっては少ししつこいかもしれないが最後にそう念押しすれば、友人は無邪気な笑顔を浮べてみせた。


「うん、約束。なんなら指きりでもする?」

「さすがにそれはしねぇよ!……じゃあオレはミラーハウスに言ってくるから、言うまでもねぇけどお前も気を付けろよ?」

「結の方こそ、ね?」


 安堵の後は気恥ずかしさも感じてきて、オレは足早にミラーハウスへと向かった。

 アイツはもしかしたら、今回の“最後”で“本物”に出会う事を期待しているのかもしれない。それでもオレはアイツが最後まで“本物”に会わないようにと願いながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ