“頭”に包帯の青年は語る
深夜の遊園地、それも“廃園になった”という前置きがあれば、園内に光源を期待出来るワケもない。外から見た通り、その遊園地は闇に包まれていて、昼間であればまだしも夜の今、いくら目を凝らしても遊園地であると判断するのは難しい。
もっともオレもバカじゃないし、何よりこの友人はバカではない上に心霊マニアだ。場数を踏んでいるから準備も万端。本人曰く“清めのアイテム”の代表格、塩も持ってきているらしいが、毎回幸いにと言うか、残念なことにと言うか、彼の持ってくるアイテムの中で役に立つのは懐中電灯くらいだ。
友人に付き合わされている間にオレも慣れたが、懐中電灯だけの明かりで心霊スポットを歩くというのは、それだけで何となく心細いものもある。そんな中で急に物音が聞こえれば、風が葉を揺らしただけの音でも驚き、幽霊だと錯覚してもおかしくはないだろう。
幽霊の正体見たり、枯れ尾花。
熱心に“本物”を探す友人の前で言うことではないというか、そもそも言っても聞く耳を持たないのだが、結局はそんなものだ。期待するだけ無駄。
まあオレは友人と違って心霊現象に期待も何もしていないから、どうでもいい。ただ一応コイツはオレの友人であることに変わりはないから、なんだかんだで頼まれれば首は縦に動いてしまうというだけで。
もはや習慣にもなっているが、いつものように心霊スポット、今回の場合は遊園地をぐるっと1周すれば友人も諦めて“次”を“厳選”するんだろう。
なんというか、本当に“心霊現象そのもの”ではなく、“嫌いなアイツを滅ぼすぞー”を目的に心霊現象探しに没頭しているなら、他の方法を提言してやりたくなる。このままじゃ将来“その道”の専門家さえ目指せてしまいそうだ。
と、オレがそんな事を考えながら歩いていたせいか。
少し暗闇が際立ったことに気付き足を止めれば、いつのまにか友人を追い越していた。とはいえ精々数歩程度なのだが、それだけでも1歩くらいの距離を保っていたため必要以上に暗く感じる。
友人が時折思い出したかのように懐中電灯の電源を切ったり、少しの間を置いて付けたりしているのも原因かもしれない。
「何してんだよ」
バッテリーの減りが速くなる云々は心配しなくていいだろう。コイツの事だ、様々な事態を想定してサブの懐中電灯や電池くらい、2、3は持っていそうである。ホラーゲームの登場人物って装備が甘いよねぇと笑っていたのは、そう古い記憶ではない。
しかし明かりが点いたり消えたりするというのは、存外煩わしいものだ。オレは責める様にというか、殆ど苦言を呈するのを目的にぶっきらぼうに友人へと声を掛けた。
こんな声音、コイツ相手じゃないと出せない。
クラスメイトが聞いたら驚きに目を見張り、古典的ではあるがオレの額に手をあてようとするんじゃないか。そんなオレの口調に、しかし友人であるコイツは慣れたもので、手元の懐中電灯と目の前の何かを交互に見つめ、うーんと首を捻っている。
「……どうしたんだよ」
「明かり点かないなぁって思って」
「点いてんじゃねぇか」
「ゆ、結がトンチンカンな事言ってる……!!」
オーバーに驚いてみせる友人に多少むっとしつつも、オレは友人が目線を向けているもう1つの方へ目を向ける。
暗がりでよく見えない……とオレが思うより早く、慣れたもので友人がそこを懐中電灯で照らした。
浮かび上がったのは何の変哲もない、
「メリーゴーラウンド?」
豪奢な枠組みに、派手な装飾の成された白馬や馬車。遊園地によくある回転木馬というヤツだった。
この遊園地が廃園になる前は子供達で賑わい、大人は我が子をカメラに収めようとしていたのだろう。そう予測するに十分なアトラクションであるが、廃園になった今では寧ろ、その場違いな豪華さが尚更虚しさと、廃れている感じを表している。
その豪奢な枠組みや派手な装飾さえ、雨風の影響を受け、時間の経過を受けながらもメンテナンスはされていない事で、大分錆びれてしまってきているように見えるが。
「噂の1つだね。勝手に明かりが点いて、廻りだす、綺麗なメリーゴーラウンド。白馬の上に生首でも乗っかってないかなぁって期待したんだけど、そもそも廻りだす様子さえないや」
「電気も何も通ってねぇんだから動いてたまるか。第一生首が乗ってたらホラーとして分かり易過ぎるだろ」
「そうだねぇ。そもそも生首だけが乗っかるには、“誰か”が生首を乗っけないといけないし。ちょっとこのアトラクションじゃあ、アイツ等を一掃してくれるにはインパクトに欠くかな。アイツ等に“綺麗”だなんて思わせたくないし」
「お前、恨みを育て過ぎ」
今更忠告しても無駄だろうとは思うが、一応コイツはオレの友人だ。だから一応は口にする。
結局じゃあ行こうか、なんて笑いながら言っただけでオレの言葉が届いたかどうかは分からないが、それも今更だ。それに少なくともコイツが嫌っている“アイツ等”の言葉よりは善意を持って届いている筈だから、今はそれで良しとしておく。
何だかんだでコイツに“付き合わされて”いるが、オレ自身がコイツを案じて“付き合っている”部分も皆無じゃないんだろう。オレはきっとコイツに甘過ぎる。次次~、と心霊スポットを歩いているには不似合いな、鼻歌まじりの声で言う友人の1歩後ろを歩きながらオレはそう思うが、それも結局今更だ。
「そー言えば、結はそもそも何で此処が閉園になったか、知ってる?」
歌うような節はそのままに、顔だけをオレの方へ向けて友人は問い掛ける。
自分で言うのも妙な話だがオレだって単純な知識量では平均より抜きん出ている。“ニュースとして”なら、たとえ閉園になったのが幼少期や生まれる前でも、特に地元にある遊園地だ、一応持ってはいる。しかし該当はそう簡単に見付からない。まあ、コイツが興味をそそる様な閉園の仕方となれば、大体限られてくるだろう。
「さあな。でも限られてはくるだろ。たとえば事故が相次いだとか、お化け屋敷で本物の血痕が発見された、とか。まあそれもそれで問題だが、“たまたま”が数件続けば閉園に追い込まれるには十分だろ。それも“心霊スポット”っつーオプション付きで」
「さっすが結!やっぱ頭いいし、オレに付き合ってるだけあるねぇ」
「“付き合わせてる”っていう自覚があるなら、少しは自重しねぇ?」
「でもそれだけだと半分。事故説もあるらしいけど1番有力なのはコレ」
オレの訴えを無視して人差し指を立て言葉を続ける。いつものことだ。初めからオレの訴えが通じるとは思っていない。
「子供が消えるんだって」
さらりと言う。
「そうか」
オレもさらりと返す。
コイツが持ってきた話題にしては割とライトな話題であるし、“人が消える”というのは“神隠し”があるように結構古典的で、まあありがちである。心霊マニアに付き合わされている身としては今更驚く要素がない。
被害に遭った子や親の気持ちも考えろと糾弾されかねないが、オレとしてはそんな道徳心は母親の胎内にでも置いてきた。人の目を気にして繕うだけの事はしているが、何もコイツの前でまでそうする事はないだろう。時折大袈裟にそれに触れられるのはウザいが、まあ、友人間のじゃれあいだと受け流せる範囲である。
オレが素っ気無い返事を寄越した事に、まるで驚いていない棒読みの声音でオドロイターと友人は呟く。
「やさしくて、勉強もできて、運動神経もいい。みんなの憧れの結がオレみたいな感性の返事をしたー」
「はいはい。で?お前は“滅ぼす”を諦めて“消失”で妥協する事にしたワケ?」
「まっさか!」
大袈裟に身振りを交えての返答が来たが、そこに嘘はないのだろう。そもそも良くも悪くも頑固なこの男が“本物”を見付けられないからと“消失”で妥協するとは思えない。
「これで連れ去られた先が劣悪な環境っていうんなら、候補に入れるけどね。確かにここの遊園地には拷問部屋の噂もあって、そこと内通している可能性もあるだろうけど、消えた子供は家庭環境とかに問題を抱えていて、“消える事で助かった”って噂もあるんだよ。オレが人類にそんな事許すと思う?」
「お前の時々バカでかくなるスケールはなんなんだよ」
「あ!でも結は残してあげるから安心して!」
「世界が滅びてもオレはお前のお守りかよ!?」
どうせその話も眉唾だろうが消えた子供が“現実世界で生きるのを苦痛に思っている子供”であったなら、消えた事は本人にとって“救出”だ。余程劣悪な環境が待っていればまだしも、基本そうでなければ消失イコール幸福になる。
周囲の人間を不幸にしてやりたい。消し去ってやりたい。しかし自分の手は汚したくないと呪殺の真似事を選んでいる解糸という男が、それを選ぶ事はないだろう。確実に行き先が“拷問部屋”であればまだしも。
しかし不明慮で漠然とした話が続いた中、“拷問”と、実際に行われていたとされる現実味の帯びた単語を出されると、場違い感からだろうか、少し心霊現象とは異なる恐怖が湧いてこないでもない。
だから、そんなタイミングで。
「お?」
友人の期待に満ちた声に促されるように、オレの目線も自然彼と同じ方向へと動く。
懐中電灯の仄かな明かりの中立っていたのは、1人の青年。
その肌は“真夜中に懐中電灯に照らされている”という事を抜きにしても青白く、一瞬この世の者ではないかの様に思えた。黒髪の上にもきっちり巻かれた頭を覆う包帯もまた、それに一役買っている。
1歩後ろにいるここからでも友人の興奮は痛い程伝わってきた。もしかしたら待ちに待った“本物”かもしれない。それもお誂え向きとでも言うように顔色は悪く、不穏な物を感じさせるには十分なアイテム、“頭の包帯”を兼ね揃えている。
対してオレは、友人の方がオレより背が高いのを良い事に背中に隠れてしまいたい衝動に駆られたが、バレれば結ちゃんは可愛いですねぇとからかわれるのがオチ。信じてないんじゃなかったのかと己に言い聞かせ、突如現れた青年の観察に勤しむ。
オレが“同類”だろうと判断したのと、友人の背中から興味が消えるのが殆ど同時。それに数瞬だけ遅れて、青年本人も口を開いた。
その声は小声であったがはっきりとした明瞭なもので、顔色の悪さもよく見れば常識的な範囲。着ている服も調っているし、ついでに言えば足はちゃんとある。包帯は……雰囲気作りと言えなくもないだろうし、軽い怪我だったからどうしてもと無視して来たという可能性も不自然ではない。
少なくとも多少包帯を巻くとか、数針縫う程度なら、“厳選”の結果“本物”の確率が高いと判断した場所にオレの身近な心霊マニアである解糸は行くだろうし、その程度の怪我なら結局解糸が気に掛かり、コイツに甘い友人であるところのオレも行ってしまうのだ。
だから眼前の人物はそのどれかだと判断するのが現実的で、解糸にとっては残念だろうが“本物”だと判断する要素は足りない。
「驚かせてしまってごめんなさいね」
中性的な声で青年はまず謝罪した。
期待外れだと判断した友人は途端に社交性も何もかも投げ捨て、おそらくは不機嫌そうに青年を見つめているのだろう。視線を外し、新たな“本物”要素はないかと探すのに忙しそうだ。
だから周囲から恨まれてしまうのだと思わないではない。ましてやこの男は友人の贔屓目なしに高スペックだ。そんな人間から社交性をマイナスカンストさせれば恨まれるのは明らか。
そんな解糸を、面倒臭い気持ちはよく分かるからと、オレが橋渡しのような役目を買って出てしまったのもコイツにとって長い目で見れば悪影響なのだろうが、オレは社交性に長けている方だし、解糸が恨まれていい気はしないから、仕方のない事。
だからこうした場であってもオレは自然、その役割を果たすべく2歩分前へ進み出た。
「いえ。こちらこそ無礼を働いてしまってごめんなさい」
「あら?貴方達は肝試しに来た子達の中では礼儀正しい方よ?聞く耳を持ってくれるみたいだから忠告してあげる。気を付けなさいね。特に貴方はお城に近付いちゃ駄目よ」
「……それって拷問部屋の噂?」
現金な物で、オレが違和感に気付くのと同時、少し興味を取り戻したらしい友人は勢い込んで青年へと問い掛ける。青年もそんな彼の様子に面食らったのか呆れたのか。一瞬軽く目を見開くとくすくす笑った後、そうよ、と肯定を返して言葉を続ける。
友人の興味。オレの違和感。それが一致したという事はこの青年が“ただの探索者”ではなさそうという事を意味するが、警告は素直に聞いた方がいいだろうとオレの本能が告げる。もっともアイツの方は興味津々とまではいかなくとも、期待を込めて聞いているのだろうが。
オレとアイツが異なる意図で唾を小さく呑み込んだ。
「ええ、そうよ。そっちの貴方は少し詳しいみたいね。城主はね、特に目にご執心なの。老若男女問わず、城主の美意識に一致する目を見付けたら抉り出しにかかるわ。目を抉られた人間がどうなるかは分からないけど、決して無事ではいられないみたい。ワタシも面白半分でお城に行って目を抉られてきた人間を何人も見たけれど、ちょっと筆舌に尽くし難い、っていうものがあったわね。発狂して人格破綻、とかも見てきたし」
「……へぇ。じゃあさ、城主に気に入られない目の人はどうなるの?」
「あら、そんなの簡単よ。嬲り殺されるわ」
中性的な声で。丁寧な物言いで。穏やかな表情で。青年はさらりと言ってのけた。
それくらいなら、まあ、辛うじて友人で慣れている。こういう人種は他にもいるのかと思えなくもない。しかし肝試しに来た人間も、目を抉られた人間も何度か見ているという発言が、まるで肝試し常習者というよりは“被害者”であるかのように思えてしまっているオレの目に、青年の包帯は異質に映った。
青年が巻いているのは頭の包帯だけ。目には、少なくとも認識出来る範囲で傷はない。
ふと青年の顔がオレ達から外れ、どこか遠くとしか表せない場所を見る。そこに何があるワケでもないと分かっているが、思わず目線を追いかけてしまうのは殆ど本能的な何かだろうか。
案の定そこにはなにもない。しかし青年はそこにこそ“何か”があるのだと、愛しむような、悔やむような、憎悪するような、そんな表情を一瞬見せた。すぐに青年は微笑みを浮べて視線を戻したものの、オレにもおそらくは彼にも、その一瞬で十分だった。
「貴方にワタシみたく後悔をさせたくないの。幸いあの子が盗られたのは片方だけで済んだけど、今でもあの子はさ迷っていて、ワタシは会えないままだわ」
そういい終わるやいなや、青年の姿はまるで幻のように消えてしまった。
徒労に終わると思っていた。友人の言葉を信じていないワケではない。しかしその彼が8割から9割本物だと言っても、結局いつもの様に徒労に終わるのだと。
しかし現に今、目の前で思わせ振りな事を言った青年が突如消え去った。これが開園している遊園地であればアトラクションの一環だと片付けられるが、この遊園地は閉園になって久しい筈。“心霊スポット”として盛り上がりをみせているらしいが、だからと言って1度営業を辞めた遊園地が無断で忍び入っているも同然の人間に、こんな手の込んだサービスをするとも思えない。
何より背中から隠しきれない喜色を感じる。態々振り向かずとも分かる。“本物”の気配に解糸が歓喜しているからだと。
「やっぱりここは本物みたいだねぇ。じゃ、次行こうか!俄然やる気が湧いてきた!!ついにオレの悲願達成も近いかも!」
そして確認するまでもなく、弾んだ声をあげながら解糸はスキップで何歩かオレの前に出、正に遊園地にはしゃぐ子供の様にオレを手招きする。
まったく。僅かではあるものの恐怖に浸っている時間もありはしない。コイツが暴走しないように見張っていなければ。
そう思って少し開いた友人との距離を1歩分に戻すべく軽く駆け寄りながら、オレは1つの違和感を抱いた。コイツは今、“次”に行こうと言った。“本物”の気配がする青年から、城は“本物”だと聞かされたにも関わらず。
「つーかお前、城はいいの?いよいよ悲願間近の“本物”かもしれないぜ?」
しかしオレの当然の疑問に、友人は逆にきょとんとしてみせる。まるでオレの言葉の意味さえ分からないというように。
「いや、行かないよ?さっきの人も言ってたじゃん?結は特に近付くな、って。確かにオレはアイツ等を手を汚さず抹消したいけど、その為に嬲り殺される気もなければ、結を死なせたり、狂わせたりするつもりはないよ。一応大切なものは見誤らない性分だしね」
「……あ、そ」
自分が死んだら本末転倒だというのは意識している男だと思っていたが、そこまでオレの事を考えているとは。でも“人類を滅ぼしたいけど結は除外”と言ってくれている友人だ。……なくはない、のかもしれない。
とりあえず礼くらいは言っておこうといつもの距離まで近寄ってから、小さくありがとなとだけ告げる。特に返事らしい返事はなかったが、やけににこにこした顔でこっちを向いたから、間違いない。聞こえていた。
何となく気恥ずかしくなって、周囲を見渡す。懐中電灯の明かりでは限界がある為詳細に認識はできないが、高い円形のアトラクションが見える。観覧車、だろうか。
そこにはコイツ目的の“心霊現象”がないらしく、メリーゴーラウンドの様に足を止める事はなく、すたすたと歩き去る。2人分だけの微かな足音。
それに混じって、何かが聞こえた気がして、オレは思わず足を止める。そのせいで数歩間が開くが、オレがついて来ていない事に気付いたのだろう。解糸もすぐに足を止めて振り返った。
薄明かりの中、アイツが首を傾げるのが分かる。
「どうしたの?」
聞こえる筈のない声なんて、お約束めいた“本物”にこの男が反応しないワケもない。しかしコイツは不思議そうに、どこか心配そうにオレを見つめるだけ。どうやらオレの聞き違いだったらしい。不思議な青年との接触もあって下手に意識をし過ぎて聞き違いをした、というところか。
正に最初に示した木の葉の件の様な典型例をやらかしたらしい。その事に一応付き合いとは言え心霊スポットを巡っている身として、またそうした現象を信じていない身としては気恥ずかしさを感じ、オレは誤魔化すべく首を横へと振った。
何でもねぇよと告げて、僅かとは言えあいてしまった距離を詰めるべく駆ける。気を利かせて足元を照らしてくれているため、縺れる心配はない。
オレは観覧車と思しき巨大な円状アトラクションの横を通り過ぎ、いつからか心霊スポット探索の際の定位置にもなった解糸の1歩分後ろに落ち着いた。