▽ ニューゲーム
「お前、よく飽きないな」
例えばそれがくだらない悪戯であっても、ある領域を超えれば“呆れを通り越して最早感心さえする”という事は、実際にあるものだと思う。
少なくともオレの体験談で語るのであれば、現在進行形でオレの隣で目を輝かせているクラスメイト兼友人のホラーマニアっぷりが良い例である。
普段はつまらなそうに半分だけ開いた目で、周囲を見下すかの様な態度がデフォルトになっているこの男は、ことホラー話となると正に“目の色を変える”。訪れた心霊スポットは数知れず。所持している心霊話は狭い図書館や本屋に置かれたホラー小説を軽く上回るだろう。
褒められた趣味かどうかはさて置いて、1個人で楽しむ分には何とも言わない。ただ決まってこの友人はオレの事を巻き込むのだから、オレとしてはたまったものではなかった。
何度自分で勝手に行けと素気無く断っても、あの手この手を駆使して結局オレが折れる事になっている。今回も例に漏れずオレはコイツの駆使する手段に対抗するのが面倒になって、渋々ながら首を縦方向へと動かした。
「まあ、大抵が眉唾だろうけどね。下手な鉄砲数撃ちゃ当たる。量に物言わせればいつかは本物を引けるかもしれないじゃん?」
「それでその鉄砲はいつ当たるんだ?屋台の射的に苦戦するガキの方が、まだ射撃のセンスはあるぞ?」
「一緒にするのは野暮ってモンだよ。射撃は難易度が高くても確かに実在して、認識出来るけど、心霊現象は認識するだけでも一苦労でしょ」
「そもそもそこまで考えて、心霊現象の類が一切実在しない、とは思わないのが不思議だよ」
この男は雑誌やテレビで騒ぎ立てられる心霊現象を殆ど眉唾ものだと思っている。盲目的に信じているワケでもなければ、心霊に興味ある自分キャラが立ってる!とか、怖がってる私可愛い!とか、そうしたガラでもない。
殆ど信憑性を疑いつつ、それでももしかしたら今度は本物かもしれないと期待に目を輝かせては、毎度毎度熱心に現地へ足を運んでいるワケだ。オレを巻き込んで。
もっとも1度当人に進言した結果、全て回っていたらキリがないから赴く場所については厳選しているのだ、と言い返されたが。
「結が相手だから白状するけど、オレだって何処かに本物の怪異が存在してるって100パーセント信じてるかって聞かれたら、実は首を縦には振れねぇよ?」
目の輝きこそ僅かに残っていたが、普段のようなつまらなそうな声音を滲ませての告白に、オレは多少なりとも驚いた。
心霊現象に喜んで飛びついているワリに頭脳派で、普段は冷静なのは長い付き合いだ、よく知っている。だからこの友人が心霊現象を盲目的に信じて追いかけているとは思い難かったが、こと心霊現象に関してはどこか例外なのでは?と思わせるトコがあったからだ。
しかしそれなら尚の事、この男の性格を考えれば早々に諦めてしまいそうなものだが。
「……お前、そんなに恨んでる相手がいるのかよ?」
「そんなに恨んでる相手、というか、もう全人類滅ぼしたい勢い?」
「厨二病はもう流行らないぞ」
「え?逆に新鮮味があって目立つんじゃない?」
「はいはい」
友人の言葉を軽く流しながらも、まあ、納得出来なくはないと思う。
何事にも興味がなさそうな顔と態度。そのくせ勉強も運動もそつなくこなすこの男は敵が多い。これで少し愛想の良さを持ち合わせていたなら“クラスの人気者”で“憧れの先輩”の座を不動のものにしただろうが、とにかくこの男は態度が悪い。
告白してきた女子を泣かせた事も、断られた事で逆ギレした女子を完膚なきまでに言い負かせた事も有名だ。と言うかオレの場合、生でその現場を見るか、本人から生の声を聞かされている。
聞こえてくる“噂”の方は、その象徴として大分誇張されているが、実際の出来事も誇張された噂に負けず劣らず凄まじい。正に“事実は小説より奇なり”というところか。
まあコイツの場合本人の性格にも難はあるだろうが、それでも望むと望まざるとに関係なく増えた外部の煩わしい声を一掃してしまえたら!と考えた結果、心霊現象に辿り着いたらしい。
どうしてそんな突拍子もない事にと聞けば、この男はなんでもないようにさらりと答えた。
え?自分の手を汚したくないじゃん。
ああ、コイツはこういう男だった。聞いたオレがバカだったと頭を抱えてからもう、大分月日が流れているように思う。
その間心霊話が最も盛り上がる夏以外にも、話を仕入れた友人に季節を問わず連れまわされたワケだが、未だ彼の恨み人は健在。彼の望む“本物”には辿り着けていない、という事だ。
「でも今回は本物だと思うんだよねぇ」
「それ、前々回も聞いたぞ」
因みにその前々回がどうだったかというのは、前述の“未だ彼の恨み人は健在”から判断できると思う。
呆れを隠そうともしないオレの呟きに、しかしコイツはけろりと笑ってみせる。
「まあまあ。今回は前々回よりも本物っぽさが高いっていうか?前々回が7割5部なら今回は8割から9割、みたいな感じ」
「あー、はいはい。今回こそ本物だといいな。……でも、まあ」
前提として、オレはコイツに付き合っているが、オレ自身は心霊現象の類を微塵も信じてはいない。
コイツ以外の前でそれを断言した事はなく、他のクラスメイトから話を振られれば“人並み”な返し方をするが、心の中では“そんなものあるワケないだろ”と否定の構えなのだ。
そもそもホラーマニアの友人が近くにいるのも一因だろうが、クラスメイトの持ってくる話はあまりにお粗末だというのもある。
しかしまあ、一切信じていないオレの目にも、眼前に聳え立つ“ソレ”は、なんとなく“それっぽく”見えた。
心霊ネタを“厳選”して赴いているという友人が最大で9割と言ってしまうだけの雰囲気が、確かにある。
言ってしまえば普通の遊園地の入り口だ。
全盛期にはワクワクと顔を綻ばせる子供を出迎えただろう、アーチを描いたカラフルな出入り口。そこを潜れば一瞬で現実から切り離され、そこには楽しい時間だけが広がっている。
しかしそれも過去の話だ。
全盛期であれな同じくカラフルな電飾が目に眩しかっただろうが、今は僅かな明かりさえなく、暗闇の中に佇んでいる。
アーチの向こう側は闇に落ち、ある意味で向こう側を現実から切り離してはいるが。
「さてと。人気もないし、そろそろ行きますかー!」
心霊スポットに赴くにしては明るい声で友人は言う。
こういうタイプはゲームや小説なら早々に死ぬか、何だかんだで最後まで生き残るかのどちらかというのが定番だが、現実世界でそんな事は起こらず、毎回明るく心霊スポットに1歩を踏み出すこの友人は、今日も今日とて五体満足精神状態は良好にして安定、人格にさしたる変化もなく……とまあ、なんの変異にも見舞われてはいない。
オレは相変らずの友人の様子に、最初に言った通りもはや感心さえ抱きながらも、それでもどうしても漏らさずにはいられない溜息を1つついて、弾む足取りで遊園地へと駆け出す友人の後を1歩送れて続く。
チケット売り場は勿論スルーだ。廃園となったそこにはチケット制という機能は生きていない。もっとも廃園となっていなくとも、もう閉園時間となって入園は叶わなかっただろうが。
閉鎖されているというにはあまりにお粗末な、オレの膝ほどの高さすらない看板をひらりと飛び越えて、友人とオレは、かつては子供やその家族の笑い声で満ちていただろう、寂れた遊園地へ降り立った。
もちろん、歓迎のBGMは聞こえないし、嫌な音を立てて“ミッションクリアまで開かない扉”が現れたりする事もなかった。
こうしていつもどおり、友人である解糸とオレの“本物”探しは始まった。
そして多分、これまたいつもどおり、徒労に終わるのだ。