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さびしさ

作者: 桜華

 「君の世界は随分狭いようだ」

開かれた窓から吹く風で、パーカーがひらりと翻る。


 “そいつ”はいきなり、俺の部屋の窓から現れた。

 名前も名乗りもしないまま、ふっと鼻で笑いながら、「その世界は楽しいかい?」とわけのわからないことをほざき、更には部屋のド真ん中に胡坐をかき、買いだめをしていたポテチを買ってに開け、むしゃむしゃと食い漁った。

 しかしそいつの無茶苦茶な登場はそれに留まらず、みんなが大好きであろうポテチのコンソメ味を二枚重ねて食べながら、「これは微妙な味だ」とまたふっと鼻で笑いやがった。こいつの舌はどうなってるんだ。

 とまあ、いきなりこんなとんちんかんな出来事が起こっている中、俺は何もできず茫然としていたようだ。気づいたら空になったポテチの袋と、食い散らかした結果であろう食べかすが床に散乱し、あろうことかそいつは俺のベッドの下を覗きながら「エロ本とやらはないのか」とか言い始めた。お前に恥というものはないのか。

 とりあえず意識を取り戻した(正確には呆れて手も足も声も出せなかっただけだが)俺はそいつに言い放った。

 「お、お前何なんだよ!名前は!?歳は!?性別は!?なんでこんなニートが住む一軒家の二階に窓から入ってきやがった!?あと人の部屋の中では靴を脱げ!!」

 久々に人と話をした為かどもっていたところも少々あったが、とりあえず言いたいことを言い放ってやった。そしたらそいつは

 「名前はないが愛称は“シキ”。歳はしらん。性別なんて与えられたかどうかも覚えておらん。二階の窓から入ってきたのはなぜだか入れる気がしたからだがこんなニートの部屋に入ったことを後悔している所存だ。靴は脱ぐ必要があるのか?この部屋もとから菓子の類が散乱していただろう。僕は脱ぐつもりはないが君が三回廻ってワンをして土下座をしたなら考えてやってもいい。」

 ぶちっと何かが切れる音がして、俺は一言言い放った。

 「ふざけんなああああああああああああ!!!!!!!!」


 とりあえず名前はわかったが名前以外は意味不明であるこいつに、俺は靴を脱いでもらうよう説得することにした。

 「さ、さっきはいきなり怒鳴って悪かったよ。頭に響いたならもっと謝る。

だ、だがな、俺もお前も人間として、日本人として、部屋が外からの泥とかで汚れるのは嫌じゃないか?お前だって泥の上に座るのは嫌だろう?だから、靴を脱いでくれないだろうか?」

 言える気はしなかったができる限り優しい言葉遣いでキレないように言った。なんとしても三回廻ってワンからの土下座は控えたい。俺の人間として、男としての尊厳にかかっている。そう考えたらとりあえず謝罪をするのが得策だろう。そして、そこから優しい言葉で優しく説得をするに限る。

 「わかった。君の言いたいことは大きく分かった。だから先ほどの言葉は撤回しよう。」

 「お、おお、わかってくれたか…!」

 「ああ、わかったとも。君はきっとそういう性格なのだろう。実にいい性格だ。僕は安心したよ。靴は脱ごうとも。こちらの条件を飲んでくれたらな。――ジャンプしながら手を叩いてスライディング土下座をしたなら靴を脱いでやろう」

 なんか条件グレードアップしてるし。

 「あ、あのー……分かってくれたんだろ?俺の性格もいい性格で安心してくれたっていうけど……何を分かってくれたのか教えてくれないか…?」

 いやな予感がするが恐る恐る尋ねた。俺グッジョブ。

 「君はドMなのだろう?」

 とんでもない勘違いをされていた。

 「気づけなくてすまなかったな。最初見たときはどうやら画面の向こうの少女を見るも恐ろしい魔物と戦わせていたようだから見た目に備わず鬼畜な性格をしているようだと思っていたのだが、どうやらこのようなひどい物言いをされていながらも先ほどより丁寧な言葉遣いになったところを見ると君は自尊心もクソもないドMだということがわかったよ。本当に気づけなくて申し訳ない気持ちでいっぱいだ。お詫びにこの新品のブーツで君を踏んでやるからそこに寝転がり給え。いくら身軽な僕でも立っている君をここからジャンプして踏みつけるなんて芸当はできないからな」

 なんだその勘違い!!とツッコんでやりたかったがこの条件を下げてもらわないと俺は部屋に土足で上がられても何も言わない正真正銘のドMと勘違いされてしまう。それは阻止したい。必死に言葉を探すが国語の成績が2の俺はこいつを納得させ、かつ靴を脱がせる言葉が浮かばない。そんな俺はこうすることにした。

 まずは、自分の足に集中する。――飛べる。俺は飛べる。できる限り高く。力み、膝を曲げ、床を力強く蹴った。飛べたことに感心する間もなくできる限り大きな音が響くよう、手を合わせ、離してから思い切り合わせる。ぱあん、という盛大な音がした。そして床に着地した瞬間まさにスライディングするように床に這いつくばり、土下座のポーズをした。そして一言。

 「靴を脱いでくださいお願いいたします!!!」

 そいつはふっと鼻で笑っていった。

 「愚民でもやればできるのだな」


 靴を脱いでもらうことには成功した。(手段はもう思い出したくもない)そして未だに爆笑するこいつを放置しながら、床の掃き掃除をした。あらかた綺麗になったところで、再び椅子に座り、はあー、とため息をついた。

 「ため息をつきたいのは僕の方だが」

 「あーあー、そりゃすみませんでした。ところで本当にアンタ誰だ?何しに来た?」

 眉間に皺が寄るのを実感しながら、気になっていたことをきく。すると奴もはあーとため息をつきながら、

 「誰かなんて本当に忘れた。覚えているのは愛称とこの部屋に入らなければいけないと思った予感だけだ。ああ、あともう一つ。お前と遊びに来た」

 「遊び?」

 「何でもいいぞ。テレビゲームなどは少々苦手だが慈悲の深い僕は負けを認めてやろうではないか。トランプなどは得意だ。あまりにも得意すぎてババ抜きではピエロのカードが何度も来るくらいにはな。腕相撲やらのスポーツ系も得意だ。試しにやってみるか?」

 ババ抜きは弱いのか…。だが、相手の弱みに付け込むような邪道なことはしたくない。勝ち負けの予測がつかないスポーツをすることに決めた。

 「とりあえず、ついて来いよ」

 中学生のころよく使っていたボールを持って、外に行くための準備をした。すると奴は不満そうな顔をしながら、

 「靴を脱いだ意味がないだろう」

 といい、しかしツンデレなのか、素直に先ほど脱いだブーツをはき始めた。だがしかし。

 「ここは部屋の中だ!!玄関で履け!!」

 場所は考えられないようだ。


 「ついたぞ」

目の前にはオレンジ色の地面に白いラインが引いてあり、高いゴールが設置してあるバスケットコートだ。もともとは公園の一角にある子供用のものだったのだが、なかなかに大人受けをしたため、大人用の高いゴールも設置された。

 「おお、これはバスケットボールとやらのコートだな。あのゴールにそのボールを入れればいいのだろう?簡単な話しだ。少し練習をしたいからボールを貸してはくれないだろうか?」

 素直にボールを渡すと、奴は真剣な顔つきになり、ボールを打った。なかなかにホームは綺麗だ。綺麗な弧を描いて、ボールはゴールへ飲み込まれていく。

 すとんとゴールに落ちたとき、俺はその目を疑った。

 ボールは確かに綺麗な弧を描いていた。だから俺はそのボールに見とれた。いや、見とれすぎていた。

 「いやあ、技術が光ってしまうな」

 奴が入れたゴールは、子供用のものだった。

 「おいおいおいおいおいおい!!!技術もクソもあるか!!それ子供用だわ!!」

 「む?そこの高いゴールに入れなければならないのか?そのゴールは新劇の巨人の漫画の巨人用ではなく?」

 「しんげきのきょじん?」

 「ああ、新劇の巨人だ。新しい劇を作るために頭をひねり続ける巨人たちの話でな、これがまた泣けるのだ。どうしたら客の涙を誘う劇が作れるだろうかと、時には自分より小さな人間に土下座をして劇場を保つための金をもらったり、体に鞭を物理的に打って金に換えたり、とりあえず劇団員のリアルな金銭事情が描かれていてな。僕は涙は出なかったがすごく感動したよ」

 「いやいやそんなことは関係なく、だな…あれは俺たち用のゴールだ。漫画の巨人とやらが入れるためのものではない。あのゴールに先にボールを入れた方が勝ちだ。相手にゴールさせないために妨害するのもありだが暴力は禁止だ。わかったか?」

 「ああ。君は語彙力があるのだな。すごくわかりやすい説明だった。さっそくやろうではないか。」

 「おお、やる気満々だな。そっちから攻めでいいぜ。俺が最初は妨害する方だ。」

 「わかった。始めよう」

 その言葉と同時に奴はボールを投げた。

 (…!ま、まさか……そんな遠いところでも入るのか…!?)

 早くも負けかと思ったが、美しすぎる弧を大きく描いてしまった罪深きボールは、ゴールをも飛び越え、公園の隣にある家の庭の中へ吸い込まれていき、さらにはがしゃんと何かを破壊したようだ。

 「おや、なかなかにすごいところにゴールしたようだな。よし、勝者として君に命令する。あのボールを取りに行ってくれ。」

 「いやいやいや!!お前あれはアウトだよ!!完全なアウトだよ!!ふざけんな!!」

 何度講義しても奴は受け入れることはなく、俺一人しぶしぶボールを取りに行った。予想通り家主にはひどく怒られたが、奴に理不尽な行動を強いられるよりかは幾分かマシだった。


 家に帰ってくると、奴は靴のまま部屋に入っていった。何度注意しても「そろそろ出るから」と言って聞き入れる様子はない。今度は玄関から出てほしいものだ。

 「よかったではないか」

いきなり奴が笑顔になる。

 「何がだ。」

 「君はもう、1人ではなくなった。たった今、な。これから先、君はたくさんの人と話していける。僕とも話せたのだ。きっとすぐ友達ができる。僕だってこれから先、君と一緒に遊ぶことできる。君は僕に遊びを教授し、僕は君の遊び相手になれる。」

 いきなり真剣な顔つきで、真面目な言葉を話しだして、俺はただ驚くばかりだった。

 「では、“またな”。君が目を覚ましたとき、僕は君と遊びに来るよ」

 そう言って奴――シキは、窓から飛び降りていった。そこで俺は気づいた。

 「なかなか、楽しかったな」

 久々に人と話して、遊んで、馬鹿なことして、他の人に怒られて。季節柄外にはハエがたくさんいたけれど、そんなの気にならないくらいに、つらかった思い出を忘れられる一日だった。


――速報です。今日、××市××町にて、連続強盗殺人事件が発生しました。男は一人暮らしの老人を刺し、金銭を奪ったのち、別の家で独り暮らしをする男性を刺殺しました。

 シキが来たはずの部屋には、今まであった菓子の食べかすの代わりに、1つの遺体に群がるハエが群がっていた。

 死が近づくと、人は『死期が来た』と恐れる。そこで死期は自分が死期であることを隠すために、大切な思いだけを残してそれ以外のすべてを消したのだった。

 せめて、1人で寂しく死ぬことがないように。この想いだけを大切に抱え、今日もシキは、彼等の前に現れる。

 「君の世界は随分狭いようだ」


                     《完》


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