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またあなたに会う日まで  作者: チャミ
1.真実の別れ
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1.ひとつの光

 雲ひとつない朱色しゅいろの空を後ろに構え千景ちかげはある少女と向かい合っていた。誰もいない屋上だったが下校時だったので下の方では少し騒がしい。

 高鳴る鼓動こどう、一つ一つの鼓動が全身を震わせている。ある言葉が出てきそうで出てこない。いや、出そうとしているが出ないというのが正しいのかもしれない。

 少女は待ちきれず少し戸惑った声で千景に言った。


「あの、なにか用でしょうか?」

「あ、あの…」


 出ない。言いたいのに、ちゃんと伝えたいのに。


「な、何もないようなら私帰りますね」


 そう言って少女は足を後ろに向け、ゆっくりと歩きだす。そして、扉が開きその後ろ姿は音を立てた扉によって見えなくなった。



「はぁ~、またダメだったのかお前は」


 屋上の扉から入れ替わり現れたのは友達の大宮翔太おおみやしょうただ。呆れたような表情をしながら千景に近寄ってきた。


「ったく、なんでそう言い出せないんだ」

「いや、だってなんか言おうとすると急に言い出せなくなるんだよ」


 深い溜め息を一つついた千景は大の字で屋上に寝転がると朱色に広がる空が千景の目に映る。その目に翔太が割り込んできた。


「言えるだろ。俺と結婚してくれって」

「待て、いきなり結婚してくれとか言ったら完全に引かれるだろ!」

「言わないでずっと黙ってるやつの方が引かれると思けどな、彼女結構気味悪がってたけど」

「そういうことは、墓場まで持っていって欲しかったよ、ちょっとは傷つくんだからな」


 そう言って目に映る翔太と朱色の空をまぶたで隠した。そのまた上に腕を乗っけてまた溜め息をつく。

 なんで、言えないんだろう。そう自分の心に問いかける。


 柳千景やなぎちかげ17歳。今日で告白失敗99回目。人生そんなに告白失敗しますか? いや、まずそんなに告白しないだろ。千景は、心の中で勝手に突っ込んでいた。


「しっかし、なんでそんなに彼女欲しいんだ? 別に彼女とか要らないだろ?」

「いやいや、欲しいだろ? 普通の高校生だったら」

「そうか? だからって手当たり次第ってそれ最低だぞ?」

「うっ…」


 確かに最低かもしれない。


「でも…、彼女作れば俺も諦めがつくかなって思ってさ…」

 小さな声で千景は、言った。

「ん? なんか言ったか?」

「また失敗したなぁーって言ったんだよ!」


 目を開け体をグッと起こす。目をつぶっていたせいで周りがチカチカするが数秒で治った。しっかりと見えたところで床に手を着きゆっくりと立ち上がる。


「よし! ラーメンでも食いに行くか!!」


 立ち上がった千景に翔太が肩に手に回してきて自分の財布を千景に見せてきた。


「俺が奢ってやるよ。失敗した記念に」

「それ記念って言わねーからな。それに大分だいぶ失敗してるのになんで今なんだよ」

「あ? 告白失敗100回記念だからに決まってんだろ?」

「100回じゃねーから! 99回だから! けど、悪いな今日俺用事あるからさ」

「なーんだ、慰めてやろうと思ったのによっ」


 翔太は肩に回していた手を離し財布を自分のポケットにしまう。


「気持ちだけもらっておくよ。じゃっ、また明日な」

「おう! じゃあな」

 お互いに手を振って千景が先に屋上を出た。




 誰もいない校内は千景が階段をゆっくり歩く音しかしない。一定のリズムでなる足音が心地よく聞こえてきた。屋上に続いていた階段を下りると三階に着くが、千景の教室は二階にあるためもう一つ階段を下りる。

 二階に着いた千景は、自分のかばんを取りに自分の教室へと入って行った。教室に入ると窓辺に夕日が差し込み実に幻想的な世界を生み出していた。


「あの時もこんな感じだったな…」


 小さくそう言うと自分の机に向かって歩きだす。机に掛かっている鞄を取って教室から出た。



 それからは、ある用事を片付けに学校を後にしようと玄関へ移動した。靴を履き替えまた一定のリズムで歩きだす。玄関を出て校門へ向かう時、ふと学校の方を振り向いてみた。誰もいない学校。──のはずが誰かいる。その人は二階の廊下をゆっくりと歩いていた。


「翔太か…?」


 よく目を凝らし見てみる。

 いや、女の子だ。黒い髪を腰の辺りまで伸ばし、歩く度にその髪は左右に少し揺れている。女の子の平均身長より少し高いその子は遠くから見ても可愛いと思える。

 その子を見たとき千景は、心臓が誰かに握られているような感覚に見舞われた。自然と呼吸が荒くなる。瞬きを忘れるほどに目を見開く。


「なんで──ここにいるんだよ…!」


 独りでそうもえらすと鞄を放り投げ必死に走る。玄関まで来るが靴は履き替えずそのまま全速力で二階へと向かう。

 その時、丁度降りてきた翔太とぶつかりその衝撃で二人とも尻餅を着いた。


「痛ってーなー…って千景じゃねーか? 何してんだよ? 用事あるんじゃなかったのか?」

 翔太は、尻餅を着いたまま千景に疑問を投げ掛けた。が、千景には届いていなかった。すぐに立ち上がり二段飛ばしで二階へと上がって行く。


「おい! 千景! どこ行くんだよ!」


 それも千景には、届かなかった。千景の姿は翔太の目の前から二階へと消えた。

 息が苦しい。でも、足が止まることはなかった。止まるどころかさらに速く、速く、と足が動く。二階に着き探し回るが女の子はいなかった。

 どこだ…どこにいる。肩を上下しながら息をして、また走り出す。今度は、三階へ行くが見当たらない。


「───ということは、屋上か!!」


 焦る気持ちを押し殺せずにはいられず呼吸を大きく乱し屋上に続く階段を駆け上がる。



 屋上に着いた千景は、屋上の重い扉を勢いよく開ける。もう時間がたち朱色に染まっていた雲一つない空だったが半分が、暗くなり風で飛んできた雲がちらほら空を浮遊している。その中で一つだけ輝く星。その空を見上げている女の子がいた。サラサラの黒髪が風で揺れている。

 千景は、荒くなった呼吸を整えることなくその女の子に近づいて行く。一歩、一歩とその距離が縮まりその距離は約一メートル程だろうか。正確な数字はわからない。だが、女の子も千景の存在に気づいているだろうが振り返らない。その代わりに声だけを千景に向けた。


「ねぇ、あなたはあの星が何か分かる?」


 白く細い人差し指を一つだけ輝く星を指差す。

「……」

「あの星はね金星なんだよ。よい明星みょうじょう、聞いたことあるでしょ? 一番星。でも、一番星なんてものは無いんだよ。だって、朝でも昼でもずっと星はあるんだから。太陽のせいで見えてないだけ…」


 その言葉が何を意味するのかは千景には分からなかった。ただその言葉を黙って聞いているだけ。

 そして、やっと彼女は振り返る。まだある夕日の光で輝く黒い髪が大きく揺れる。振り返った女の子の顔はまさしく彼女だった。いや、違う。そんなはずは無いのだ。この場合は、彼女によく似ていると言った方がいいのだろう。なぜなら───


 その女の子の顔は、一年前に付き合っていた千景の彼女であり、半年前に病気で死んだ彼女そっくりだったのだ。名前は綾音。


「……」

「あー、ごめんね。変な話しちゃって」


 少し寂しそうに笑う彼女、少し声は違っていたがほとんど綾音だった。千景は、少し俯いたまま黙っていた。だが、ゆっくりと顔を上げる。もう一度この子の顔を見た。目が合った彼女はにっこりと微笑む。その時、一気に何かが溢れだした。嬉しみや悲しみが頬を濡らしてゆく。頬に一筋の道を作りその道を辿るようにまた一つ感情が流れて行く。


「えっ……なんで、泣いてるの!?」


 慌てる彼女はポケットに手を入れて中から白いハンカチを取りだし千景に渡す。


「だっ、大丈夫?」


 ゆっくりと一メートルの距離を縮めてくる彼女と同様に千景も足を動かす。そして、千景は彼女を抱き寄せた。


「えっ! ちょっ、なっ、何してるの!?」

「会いたかった…ずっと会いたかった…そして、謝りたかった! 綾音!」


 彼女があの子じゃないのは分かっている。でも、体が勝手に動く。口が勝手に動く。


「あの時、助けてあげられなくてごめん…一緒にいあげられなくてごめん…本当にごめん……」

「な、何を言って…」


 千景の顔はもうぐちゃぐちゃで嗚咽を漏らしていた。あの時、助けてあげられなかった後悔を悔やみながら。彼女は戸惑いながら千景の肩を掴んでゆっくりと自分から離す。泣いている千景を見ながらこう言った。


「そのー…何があったかわからないけど…私はその綾音って子じゃないの? だから、抱きつくのは無し! ね?」

「…あっ、ごめん…」


 やっと冷静になった千景に彼女は手に持っているハンカチで千景の涙を拭きとっとた。


「えーと、私は西條澪さいじょうみおっていうんだ。君は?」

「お…俺は柳千景」

「ふーん。千景くんか…。ふふっ、なんか可愛らしい名前だね?でも、いいと思う」

 にっこり笑う姿は、まさしく綾音だ。でも、違う。それは、変わらない。理解しなければならない。

「さっきは、ごめん…急に…」

「あー、ビックリしたけど良いよ別に」


 そう言って澪は恥ずかしそうに頬を赤に染めていた。だが、急に何かを思い出したように声を出した。


「あ! 私もう行かなきゃ! じゃあね! 千景くん!」


 そう言って澪は千景の横を走って屋上を後にした。一人残った千景は、ゆっくりと屋上にあるフェンスに近づいてそこから町一体を見回した。所々明るく魅力的な光景だった。どんどん引き込まれていきそうだった。そして、空を見上げる。まだ、輝く光はただ一つ一際ひときわ輝く光は夜空のなかでとてつもない存在感を持ちこれもまた引き込まれていくほどキレイだった。


「なんで…こんなところにいたんだろう」


 一人そう言い千景は、澪が指差していた輝く一つの光を少しの間懐かしいような気持ちで見ていた。


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