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クィーン・オブ・シー。
日本語にすれば海の女王か。
それがその店の名前だった。
小さな会社や一軒家が並ぶ裏路地の一角に、その店はあった。
客が限定される商売で競争相手もいないのなら、そんな立地条件でもなんら問題はないのだろう。
特に宣伝しなくても、客のほうから探してくれるだろうし。
大道は店に入ってみた。
あまり広くない、と言うよりも狭いと言ったほうが正しい店内に、サーフボードが所狭しと並べられている。
そしてサーフィンをやらない興味もない大道にとっては、いったいなにに使うのかよくわからないこまごまとしたものも陳列されていた。
「いらっしゃいませ」
青年とも中年とも判別つきかねる、これみよがしに日焼けした男が奥から出てきて、大道を「こいつはいったい誰だろう?」という目で見た。
この店に何人も従業員がいるとは思えない。
この男が店主なのだろう。
この男にとって見慣れない客というのはかなり珍しいのか、客商売なんだから少しは遠慮しろよと言いたくなるくらいに、大道をじろじろ見ている。
大道はいつもの挨拶を抜きにして、黙って名詞を男に差し出した。
男はそれをじっと見た後で言った。
「記者さんですか。すると並木さんのことですかね」
やはり知っていた。
並木が悲惨な死を迎えたことも、当然知っているだろう。
「それで、なにが聞きたいんですか」
男の態度は迷惑がってもいないし、歓迎もしていなかった。
まるで人事のように、ただ淡々と話している。
「並木さんはサーフィンをされていたと聞きましたが、この店の常連ですよね」
「ええ。ここには少し前までよく来られてました」
少し前までよく来られてました。
過去形だ。
それも少し前ということは、死んでから来なくなったという意味ではなさそうだ。
大道は条件反射のようにそこをつっこんだ。
「少し前まで来られてました、と言うことは、最近は来ていなかったんですか?」
「ええ、三ヶ月ほど来ていませんでしたね」
「それはどうしてなのか知っていますか」
「三ヶ月ほど前のことですが、あの日並木さんは仲間と一緒に千葉の海まで出向いていってサーフィンをしていたそうなんですが、その時並木さんが「サメに襲われた」と言い出しまして」
「サメに?」
大道は思い起こしてみたが、三ヶ月前に千葉の海でサメが出たなんて話は、聞いた覚えがなかった。
「ええ、サメです。並木さんがサメを見たと言いはじめて。でも一緒にサーフィンをしていた仲間は、みんなサメなんか見ていないと言っていましたね。近くに海水浴場もあって、たくさんの人が来ていたんですけど、そこでもサメを見たという人は一人もいませんでした。そんなところで誰かが「サメを見た」なんて言ったら、それは大騒ぎになりますからね。おそらくニュースにもなるでしょうし。でもそんなことは全然なかったんです」
「本当にサメだったんですか?」
「並木さんは間違いなくサメだ、と言っていたみたいですが、仲間は流木か何かを見間違えたんじゃないかと言っていましたね。結局のところ、サメを見たと言っているのは並木さん一人だけですからね。海水浴の客も入れれば、かなりの人数があの日あの海にいたにもかかわらず。並木さんが海から上がった後も、みんなそのままサーフィンを続けていたそうですよ」
「それで、サメを見たと言ってから、店に来なくなったんですか」
「そうです。あの日一緒にサーフィンをやっていた人から聞いたんですが、並木さんはみんなが引くくらいに怖がっていたようです。知らない人が見たら、なにか悪い病気にでもかかっているんじゃないかと思うくらいの有様だったそうですね。「もう二度とサーフィンはやらない」と言っていたそうですし。事実あの日以来、うちには顔を出していません。サメが本当にいたかはともかく、よっぽど怖かったみたいですね。「サーフィンは俺の人生の全てだ」と何度も言っていたのに、ぴたりとやめてしまいましたよ」
「そうですか」