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あの男の場合は、自分は子供が好きだと勘違いしているのだ。
近田の言うように本当の子供好きは、自ら進んで「子供が好きだ」なんてことは言わない。
なぜなら子供が好きであることが、当たり前で普通のことだからだ。
自分が子供好きであることを、自覚していない場合もある。
純情なひとは、その純情さが当たり前。
正直者は正直であることが当たり前なのだ。
それに子供好きであるならば、一人みんなとなじまない子供がいても、それでも何とか相手をしてやろうと努力するか、暖かく見守るかのどちらかだ。
あんな嫌悪感の塊のような顔は、けっしてしない。
自分になじまないからといって、まわりと同調しないからといって、そんなにも拒絶反応をあらわにする子供好きはいないのだ。
あれが、児童保護施設の職員になったから、子供好きになろうと努力をしているのなら、まだ救いはある。
だがそうではないだろう。
おそらくそれよりも前から思い違いをしている。
思い違いをしているから、保護施設の仕事を転職だと思いこみ、就職したのだろう。
でも本来の姿は子供好きではない。
ある種の子供にとっては、子供が嫌いな大人よりもやっかいだ。
例えば好子のような子供にとっては。
なにせその他大勢の子供とは、好子の目の前でこれみよがしに仲良くするのだが、好子には嫌悪の目しか向けないのだから。
いじめにも近い仕打ちである。
「あいつ、大丈夫かな」
近田のその意味を大道は理解した。
現時点で一番危ないのはあの男だ。
「とりあえず忠告しときますか」
近田は軽く笑った。
「ほっとけ。虐待するわけでもないだろうし。俺にはそんな男、どうなろうと知ったこっちゃない。だいたい、なんて忠告すればいいのかわからんしな」
その点は大道も同じだ。
あんな勘違い男がどうなろうと、大道には関係ない。
二人の意見は一致し、男はそのまま捨て置くこととなった。
数日後、保護施設の職員の死体が自分の部屋で見つかった。
無断欠勤を心配した先輩が男を訪ねて、見つけたそうだ。
呼び鈴を押しても返事がなかったが、鍵が開いていたので中に入ると、無残な死体があったのだ。
男は居間で血まみれになって死んでいた。
検死の結果は、大小さまざまな複数の動物に噛まれたり、爪で引っかかれたりしていたという。
鼻や両耳、左手の指三本など数箇所が噛み切られていた。
噛み切られたその部分は、どんなに探しても見つからなかったという。
検死の詳細が世間に発表されることはなかった。
なぜなら、犬、猫、そして熊やワニ、大型の猫科動物に大型の魚などに襲われて死んだという結論に至ったからだ。
犬や猫ならともかく、それ以外の動物が市街地のマンションの一室にいるわけがない。
そしてそんな事実を、まじめくさった顔で発表できるわけがないのだ。
ただ大型の犬などに噛まれて死んだ、とだけ発表された。
近田も大道も少し調べただけでわかった。
あの男は犬や猫をふくむありとあらゆる動物を異常なまでに怖がっていたという。
魚は切り身でないと食べられず、小さな熊のぬいぐるみでさえ近づこうとしなかったそうだ。




