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思わず顔を背けたくなるようなゲスい顔だった。
「生田さんねえ。並木さんがトラブルメーカーだとしたら、生田さんは生粋のクレーマーね」
「クレーマー、ですか」
「ええ、クレーマーよ。私も帰りが遅くて非常識だって、よく文句を言われたものだわ。そらやあ遅いわよ。お店が終わるのがだいたい夜中の二時ごろだし。それから片付けをして帰ってくるんだから、遅いのはあたしまえじゃないの。仕事なんだからしょうがないじゃない。私だって遅いのはわかっているから、マンションの敷地内では静かに歩いているし、部屋に戻ってもテレビもつけないし音楽も流さない。お風呂だっておとなしく入っているわ。それくらいの気は使っているわよ。当然でしょ。みんな寝ている時間なんだから。無駄に近所の人ともめようなんて、思ってないわよ。それなのに何度も言いがかりをつけてきて。しつこいったらありゃしない。正木さんなんかもよく文句を言われていたわよ。おたくの娘さんはあいさつしても返事もしない、とかいろいろ。たったそれだけのことで、正木さんのところに年度も押しかけているんだから。あれは異常だわ。ほんとに。他にも佐々木さんには」
「ちょっと待ってください。正木さんとは、どの人でしたかね」
大道は女の話をさえぎった。
大道にしては珍しいことだった。
誰でも話をさえぎられるのは嫌がる。
相手に不快な思いをさせれば、聞きだせるものも聞き出せなくなるから、大道は普段は取材相手の話をさえぎるということをしないのだ。
にもかかわらず話している途中に割って入ったのは、それだけ正木と言う名前が気になったからに他ならない。
自分でも不思議なほどに。
女はむっとした顔を作ったが、それでも質問には答えてくれた。
「正木さんはうちの隣の生田さんの、そのまた隣よ。それがどうかしたの」
大道は思い出した。
一度取材したにもかかわらず、何故さっきまで忘れていたのか。
奈美子の部屋の上に住んでいる、あの親子だ。
女に言われるまで忘れていた程度の人間が、今何故これほどまでに気になるのか。
大道自身にもまるでわからなかった。
「いや、並木さんの取材のときに一度お会いしましてね。で、名前を聞いたときに一瞬思いだせなくて。それであせって聞いてしまったんです。どうもすみません」
大道にしては下手な言い訳だった。
しかし女はそれで納得したようだ。
水商売一筋のオーラしかない女だが、心はそれほどまでにはすれてはいないようだ。
「うーん、そうなの。で、話の続きだけど、生田さんはこのあたりの人、みんなに嫌われていたわよ。一人残らずね。だから生田さんが死んで悲しむ人なんて、ここには一人もいないわ。かといって、殺されるほどのことをやったわけでもないんだけどね。まあ、人の恨みの大きさは人それぞれだから。中には本気で殺してやろうと思った人がいたのかもしれないわね。私が知らないだけで。私としては、清々したというのが正直なところなんだけど」
「そうですか」
「私、そろそろお仕事なんだけど。これくらいでいいでしょ」
「はい。お手間をとらせました。ありがとうございました」
女はなにも言わずにそのまま戸を閉めた。