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前兆

 家に帰り、リクはベッドに寝転んで天井を眺めて昼間の事を考えていた。

 電気は灯けていない。頭の中を整理するには、煌々と光る電灯は煩わしかった。


(長い年月を掛けてって……、やっぱりあれが原因なのかな……)


 幼少のサキが悪魔の血で真っ赤に染まり呆然としていた、あの忌々しい事件が脳裏に蘇る。

 リクは自分の思考を振り払う為に頭を大きく左右に振った。


(なにを考えてんだ。俺は……。

 あれは牛の血だったって分析の結果が出てるんだ。心配することなんてなにもない……)


 そう、あの事件の後、サキ自身は勿論の事、サキが浴びた赤い液体も精密検査したのだ。

 科学的にも医学的にも間違いなく、あれは山羊の血だと判明していた。

 この世に悪魔がいるのかいないのかはリクには分からないが、サキとは無関係だと断言が出来る。

 苦笑混じりに小さく溜め息を吐くと、壁に掛けてある時計を見上げた。

 いつもなら勉強をしている時間だが、その気にもなれず、ベッドから起き上がると大きく伸びをした。


「さて、と……。飯でも喰うかな……」


 ジッとしているとあの二人の事を考えてしまう。バカらしいとは思うものの、どうしても打ち消す事が出来ない。

 警察が冤罪を作るとき、きっとこんな風に人の感情に黒い点を作るような取り調べをするのだろう。

 なにもしないとまた昼間の二人の言葉を思い出してしまう。キッチンに下りて夕飯の仕度をしていた方が気が紛れる。

 リクは部屋を出るとキッチンに行き、リビングとキッチンの電気を着けるとキッチンに立って料理を始めた。

 普段は母親が用意してくれたものを、温め直すだけなのだが、母親も忙しく何日も帰れない日もある。そんなときの為に、料理は教わっていた。


「リク~、いるぅ……?」


 隣から家に電気が着いたのがみえたのだろう。無遠慮に玄関の扉が開かれ、サキが玄関先で声を掛けると、返事もしてないのに上がってきた。


「ああ、サキ。いらっしゃい」


 カウンターテーブルから、リビングに顔を出して笑みを浮かべて見つめて微笑み声を掛けた。


「お腹すいちゃった。ご飯まだ?」


 ダイニングの椅子に座るとテーブルに突っ伏して情けない声を出す。


「今やってるだろう? もうちょっと待っててよ……」


 あまりに好き勝手をいうサキにリクは苦笑を洩らしながらも宥める。


「もう……。リクいないみたいだったから、今日、晩御飯なしかと思った……」


「部屋にはいたんだけどね……」


「え? 電気点いてなかったよ?」


 テーブルに突っ伏したままで、サキが顔を向けて不思議そうに訊いてきた。


「ああ……、うん……。寝てた。」


「あら珍しい。ガリ勉リクのくせに……」


「だ……、誰がガリ勉だよ? そんなにガリ勉でもないだろう?」


「ガリ勉ぢゃん……。いつも本ばっかり読んでさ……。ガリ勉リク!!」


「本は勉強じゃないだろう? 娯楽だよ。娯楽……」


「それが分からないのよ……。なんで勉強で山ほど本読んで、遊びでも本を読むのよ?」


「遊びじゃなくて娯楽だよ。

 遊ぶときは一緒に遊んでるだろう?」


「わかんない、わかんない、わかんない」


 こんな言い合いはいつもの事だ。最後は決まって論理的じゃなくサキが声を上げて強制終了となる。


「はい。今日は青椒肉絲とシーザーサラダにして見た」


 こうなると、もうなにを言っても話にならないのだ。リクはちょうど出来上がった料理を皿に盛ると、カウンターの上に並べた。


「わぁ、美味しそう……」


 サキの機嫌はあっという間に良くなり、リクがカウンターに置いた料理をテーブルに並べる。

 エプロンを外してリクがテーブルに着くと、二人で手を合わせてちゃんと『いただきます』をしてから食事を始める。

 キッチンに来るとお腹を空かせたサキがご飯を食べに来る。

 他愛のない会話をして、一緒に食事をして、就寝するまで会話を交わす。

 いつもと変わらないサキ。普段通りの光景。

 あんな話を聞かされたせいか、それに安心し、それがとても嬉しかった。

 こうしていると、あの二人の存在さえも夢だったように思えてくる。

 食事を終え、考えすぎて頭から煙を吹くサキを見ながらどうにか宿題を終え、ご褒美にモンブランを出して、一緒にのんびりとお茶を飲んでいる時だった。


「ねぇ、リク……。今日、あの人たちと話してたね……」


 ティーカップを両手で包むように持ち、紅茶を見つめて、サキが唐突に切り出した。

 自分を悪魔と呼ぶものと、自分の知り合いが話していたら、気になるのは当然だろう。


「見てたんだ……?」


 見られているとは思っていなかった為、正直驚いたが、疚しい事なんてなにもない。それを証拠に、ほとんど動揺はしていない。


「うん、廊下を歩いてたらたまたまね……」


 サキは紅茶を視線に落としたままで、小さく肩を竦めた。サキの性格上、本当はこんな話などしたくないのだろう。


「そう……。図書館にいたら学校の方へ向かう見えたから追い掛けたんだ。

 サキに近付くなって……」


「わざわざ?」


 サキが顔を上げると、きょとんとした顔で小首を傾げて聞いて来た。


「悪魔だなんていうやつに付き纏われているのを黙って見てられないよ」


「ありがとう ……」


 サキは微笑みを浮かべて、囁くように優しく言った。

 その笑顔に一瞬照れ臭くなるが、なにを言えば良いのか分からなくて視線を逸らすとポリポリと頬を掻いた。


「サキはあの二人に捕まらなかった?」


 なにかを言わなければと思い、咄嗟に出た言葉はそんなものだった。

 芸がないなとは思ったが、話の流れ的には可笑しくなかっただろう。


「うん。リクが話してるの見たから、きっと私の事を待ってるんだろうなぁと思ったて、裏門から逃げちゃった」


 サキは悪戯に成功した屈託ない笑顔で笑った。その笑顔を見るとリクも自然と笑みが零れて来た。


「しつこい奴等だね……」


「ホント、もしも私が悪魔だったらどうするつもりなのかな……?」


 サキの何気無い言葉にリクの心臓が昂った。

 モシモアクマダッタラ……。

 わざわざ探しに来て、張り込んでまで確認しようとしているのだ。目的もなくそこまでするとは考えて難い。

 明確な目的は必ずあるはずだ。

 そして、悪魔をわざわざ探す理由は一つ。

 あの二人は、サキを退治しようとしているのだ。

 そんな事は絶対にさせない。もしも、実行しようと言うのなら……。


(俺が殺してやる!!)


 リクは拳を握り締めて、決意を固めた。


「あぅっ!! 痛っ……!!」


 その時だった。サキが短く悲鳴を上げて胸を押さえて蹲った。


「サキ……!? どうしたの!!」


 リクは慌てて駆け寄り、サキの表情を覗き込んだ。サキは辛そうにしながらも、笑顔を造ってリクを見返してくる。


「大丈夫……。大丈夫だから……」


 サキは懸命に笑顔で言うと、よろよろと立ち上がった。


「サキ……?」


 まだ覚束ない足取りのサキに付き添うように立つが、サキは片手を出して制止してきた。


「本当にもう大丈夫だから、気にしないで……。だけど、今日はもう寝るね。

 おやすみ」


 少しだけだが、落ち着いた様子でにこにこと笑うと、サキは玄関に向かって歩き出した。


「送ってくよ……」


「いいよ。お隣だもん……。歩って十歩だよ」


 リクの言葉に振り返ると、くすくすと喉を鳴らしながら笑い飛ばした。


「だけど……」


「そんなに心配なら、今日は泊まって行こうかな? リクぅ、一緒に寝る?」


「な……、なに言ってんだよ……!?」


 不意を付いた冗談に、リクは驚いて思わず大声を張り上げていた。心臓が早くなり顔が熱くなっていく。


「きゃー!! リクのえっち!!

 顔が真っ赤だよ!? なぁに考えてんのかなぁ?」


 サキがしてやったりといった表情を浮かべて、にんまりと笑った。


「うぅ……」


 言葉に詰まってただ、ただ、怨めしそうにサキを見つめた。


「きゃー、リクが野獣のような目で見てる……。襲われない内に帰ろっ……」


 サキは冗談っぽく言うと、駆け出してあっという間に家を出ていった。


「あっ、サキ。待って!」


 リクも慌てて追い掛けたが、サキはもう外に飛び出した後だった。

 リクも家を出てサキの家を見ると、ちょうどサキは家に入るところだった。

 家に入るところを見届けようと見つめていると、サキはリクに気付いたらしく大きく手を振ってから家に入っていった。

 サキの無事を見届け、ほっと胸を安堵に撫で下ろすとリクも家に入った。

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