来訪
リクは教室へ入ると、自分の席に着いて鞄の中身を机へと移した。そこに一人の男子生徒が近付いて来た。
「うっす、リク。今日も寝惚けた顔してんな」
この爽やかに失礼な挨拶をしてくるのは周防健。高校に入ってから出来た友達だ。
「いつもな訳じゃないだろう?
昨日は本読んでたら、遅くなっちゃったんだよ……」
「そうかぁ? なぁんか、二時限目が終わる頃まで眠そぉにしてるぞ?」
リクはムッとして否定するが、健に軽く一笑される。
「そんな事ないって……」
認めたくなくて視線を窓の外へ投げながら、短く言い捨てる。
「本ばっか読んでるから、低血圧になんてなるんだよ。一緒に運動しようぜ? サッカー部に来いよ」
健はニッと人懐っこい笑みを浮かべて、いきなり勧誘して来た。
「いきなり勧誘すな!」
「スポーツはいいぞぉ? 身体を思いっきり動かしてると、嫌な事も忘れられるしな」
「嫌な事って中間で全科目赤点だった事とか?」
「思い出させるなよぉ~!!」
ここ最近で健が一番落ち込んでいた事を例に上げると、健は滝のような涙を流して絶叫を上げた。
リクとサキと夕美と健。高校の二年生になってからは、この四人でいることが多くなった。勿論、それぞれ他の友達と遊んでいるときや、部活などの用事があるときは無理に一緒にはいようとはしないが、時間が開いたときは良く一緒にいる。
だから、こんな会話は日常茶飯事だった。
本鈴が鳴り、健も自分の席に戻っていくと、担任が教室にやって来てホームルームが始まった。
ホームルームが始まると、途端に眠くなるのは何故だろう。睡魔に襲われ欠伸を噛み殺すと、眠気を覚ますものはないかと窓の外へ視線を向ける。
学園の塀をよじ登る二人組の姿を発見した。二人とも私服で学園のものではないだろう。
顔までは見えないが、一人は長い黒髪をポニーテールにした、白いTシャツにジーンズ姿で、一人は綺麗な金髪の白いワンピース姿の女の子だ。
不法侵入なのは明らかだったが、面白そうだったからそのまま静観していた。
それに気付いた教師が複数で駆け付け、黒髪の女の子は硬直していたが、金髪の女の子は金髪を逆立てて猫のように威嚇している。
俺は暫く笑いを噛み殺しながらその光景を眺めていたが、学園が通報したらしく、パトカーのサイレンが遠くから近付いてくる音が聞こえた瞬間、二人の姿はなんの前触れもなく突如、唐突に消えた。
なにが起きたのか理解出来なかったが、それは二人を囲んでいた教師達も同じだったようだ。呆気に取られた顔で周囲を見回している。
「なんだったんだ……?」
窓の外を見ていたリクはボソリと呟いた。
その後は珍妙な二人組の話題で持ちきりだったが、昼休みにもなると落ち着きを取り戻し、その後はこれと言って面白い事もなく放課後になった。
「リク、帰ろ……」
机の中のものを鞄に詰めていると、サキが声を掛けてきた。
夕美も健も部活に所属しているため、帰りはいつもサキと二人になる。
「ああ、悪い。今日日直なんだ。
ちょっと日誌置いて来るから先行ってて。すぐに追い付くよ……」
「ああ、そう言えばそうだったね……。
じゃあ、いつものコンビニで待ってるね。あまりに遅かったら奢らせるからね」
「ああ、うん。分かった。すぐ行くよ……」
大きく手を振って教室を出ていくサキに小さく手を上げて見送ると、日誌を持って職員室へ向かった。
「失礼します」
日誌を置くだけのつもりだったが、お小言のおまけが付き少し遅くなってしまった。
「ヤベッ、奢らされる……!」
リクは職員室から出ると昇降口へ向かって走りだした。
「廊下は走らない。小学生だって知ってることよ?」
廊下ですれ違った風紀委員の腕章を着けた女の先輩に短く注意されて、早足に切り替えた。
昇降口で靴を履き変えて外に出ると、コンビニに向かって急いで走り出した。
「なによ? それ!!
わっけ分かんない!!
そんな事本気で言ってるの!?」
「訳がわかんないのは、あんたが現状をちゃんと把握してないからでしょ!?
うるさいから大声出さないでよ!!」
息を切らしながらいつものコンビニに向かっていると、女性同士が言い争う声が聞こえてきた。片方はサキだ。
リクは不思議に思い、足を止めて声のしてきた方向へ向かった。
二人の声は近くの小さな公園から聞こえていた。サキは自分に素直過ぎるところはあるが、決して自分からケンカを吹っ掛けるようなことはしないが、女子同士のケンカなら、男である自分が口を挟むのも憚れ、リクは様子を伺いながら公園に入っていった。
「いきなりこんな事を言われて混乱するのも分かるけど、事実なんだ。
なにか心当たりはないか?」
感情を露にして怒鳴り合う二人に、冷静な声で三人の女性の静かな声が聞こえた。
「そんなのない!! なんなのよ!!
もう私に関わらないで!!」
公園の中に入ると、三人の女性の姿が見えた。サキと先の前で威嚇するように立つ、小柄でふわふわな金髪の少女と、金髪の少女の横に立つ、背の高い、黒髪をポニーテールに結い上げた少女だ。
「だったらあんた、人間の振りしてるだけで本当は悪魔だったんじゃない!?」
「なに言ってんだ!! そんな訳ないだろう!!」
「リク……」
茶化すような金髪の少女の言葉に、リクは思わず低く声を上げていた。
三人の視線がリクに集まる。リクは構わずにサキの手を握り歩きだした。
「行こう」
「うん……」
サキが安心したように小さく頷いたのを見てホッとすると公園を後にした。
「にゅっ!? ちょっと待ちなさいよぉ!! 話はまだ終わってない!!」
金髪少女の高い怒鳴り声が聞こえてきたが、無視して進んだ。