目的
「何度も顔を合わせているのに自己紹介もまだだったね? 私はキリカ。ユグドラシルの職員をやっている」
キリカは微笑を浮かべたままリクとサキに交互に視線を交わすと、静かな声で穏やかに自己紹介をした。
「アリスよ。以下同文」
自分も名乗らなければならないと思ったのか、アリスは憮然とした表情でつっけんどんに言った。
「なに ? ユグドラシルって?
会社かなにか?」
口ではそう訊ねていたが、職員と言うのだから公共の施設かなにかだろう。
だが、ユグドラシルなんて聞いた事がない。政治家の野党のようなまだ名前の広まっていない新党か、ボランティア団体かなにかだろうと思った。
「ユグドラシルは女王が統治する王国だよ。
職員と言うのは、そうだね、国を出て任務に当たる人の名称みたいなものかな?
正確には少し違う言葉があるかも知れない」
言葉を選ぶように考えながら、キリカは少しずつ話を進める。自分達の言いたい事は他にあるだろうが、まずは此方の質問に優しく答えて懐柔しようとしているのだろう。
だが、肝心な事は教えないように考えながら話している時点で信用など出来るはずがない。
リクはもっと突っ込んだ質問をしてボロを出させてやろうと思った。
「へぇ、その任務でこうやってサキに会いに来たんだよね? それはどんな任務?」
リクは挑むようにキリカを睨んで強く問い掛けた。遠回しに触れて煙に巻こうとするようなら、それこそ信じられない。
始めから信じるつもりはないのだが……。
「それは言った筈だよ? 突然出現した悪魔らしい物の調査、様子見、観察……」
「それだけ?」
キリカから視線を外さずに語調を強くして詰問する。わざわざ外国にまで来てそれだけだなんて考えられない。
それは建前でユグドラシルにはまだなにか本当の目的があるとリクは踏んでいた。
「それだけで済むときもある」
キリカはリクから目を逸らさずにきっぱりと言った。
それだけだと言い切ればリクも二の句を告げなくなる。
なのに、それだけでは済む時もある、と言う言い方をしたのは、当然次に問われる、済まない時はどうする? 、と言う質問に対してすでに返答を用意してあるか、寧ろそれが本題なのか、話しても問題がないのかのいずれかだ。
それが分かっていてもしなければならない質問を、リクは口にしなければならない。
それは二人を理解する為ではなく、相手の目的を知る為だ。
「もしも、それで済まない時はどうするんだよ?」
キリカは無言でリクを見つめると、リクの懸念する事を読み取ったように瞳を伏せた。
「全ては力の大きさや使い方に寄って判断するけど、力を暴走させて近隣の住民に被害を出すものや、明らかな悪意を持って人を傷付けるものは、最悪、その場で命を奪う事も有り得る。
勿論、私達はそんな事にならないように最善を尽くしているから、本当にどうしようもない時だけだけど……」
キリカは辛そうに奥歯を噛み締めると俯いた。過去にそう言う経験があるのだろう。
悔やんでいるようなその姿を見ると、悪い奴ではないと思ってしまうが、サキに関わる事である。
簡単に信じたりはできない。
「あれはキリカのせいじゃないわよぉ」
アリスが気遣わしそうにキリカを見つめて、優しい口調で声を掛け、キリカは力なく笑うと答えるように見返した。
「ユグドラシルってなんなの? 国内の事ならまだ分かるけど、どうして他国まで行ってそんな調査をするの?
聞いてる限りじゃ、事件を解決している感じがする……」
それまで黙って聞いていたサキが不思議そうに問い掛けた。確かにその通りである。
犯罪者を追って国境を跨いで捜査する特殊な捜査官はいるかも知れないが、外国に渡って事件の捜査をする者は希であろう。
サキを追って来ているが、サキはまだ事件さえ犯していない。
サキに指摘されるまでは気にもしていなかったが、考えて見れば異質の事だった。
「そうだね。ユグドラシルの事を聞いて貰うのが早いかもしれない。信じられない話かもしれないけれど、聞いて欲しい……」
キリカは二人をまっすぐに見つめると、静かに口を開いた。