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会食

 失われていた意識が覚醒していき、誰かの話し声が聞こえてきた。まだ、完全に目覚めきっていないらしく、声で複数の女性の声だと言うのは分かるが、なにを言っているのかまでは聞き取れない。

 まるで体が浮遊しているような夢とも現実とも付かない場所で、リクは意識を取り戻して目を開けた。

 見慣れた天井を見て、そこが自宅のソファーの上であるのを悟った。

 どうしてこんな所で寝ているのだろう? と言う疑問が頭を過ると共に、学校の帰りにキリカとアリスに遭遇したのを思い出して、リクはサキが心配になりその場で飛び起きた。


「サキ!!」


「ん? なぁにぃリク?」


 キッチンの方から緊張感のない返信があり、リクは声のした方へ視線を向けた。

 キッチンではリクが毎日使っている四人掛けのダイニングテーブルに、キリカとアリスが並んで腰掛け、対面にはサキが一人で座って相対しながら、リクが六時間を掛けてコトコト煮込んだチキンカレーを食べていた。

 それを見たリクは頬が引き攣り、起き上がると足音を響かせてキッチンへ行った。


「目が覚めたんだね? 良かった。あ、お邪魔してます」


 とキリカは口許に笑みを浮かべて見上げて来たが、カレーを食べる手は止めない。


「埃が立つでしょう!? もっと静かに歩けないの?」


 と視線さえ向けずにカレーを頬張りながら、不満そうに言ってくるアリス。


「美味しいよ? リクも食べる?」


 とまるで友達の食事に混ざるように進めてくるサキ。

 まぁ、サキの為に作っているのだから、サキが喜んでくれるのならそれでいいのだが、どうしてこの三人が仲良く食事をしているのか、リクには状況が掴めなかった。


「なんでこの二人が家にいるの?

 しかもカレーまで食べてるし……」


 ご飯とカレーを盛られた皿を渡され、仕方なくサキの隣に腰掛けるとカレーを食べ始め、サキに問い掛ける。

 サキだけだとカレーを食べると決めたら食卓にはカレー以外はならばないが、今日は簡潔だがサラダや漬物、後はリクの用意しておいた味噌汁がちゃんと温められて添えられている。

 二人の内のどちらか、多分キリカと言う女性が用意したのだろう。


「あの子のスカートに頭突っ込んで、気を失ったリクを運んでもらったの。そしたら御飯まだだって言うから」


 サキがこれまでの経緯を簡潔に教えてくれた。まるで気心の知れた友達を招くような、あまりにも自然な説明に相槌を打ちそうになるのを、どうにか思い止まる。


「ふぅん……。って違うだろう……? この二人は散々酷いことを言った挙げ句、つけ回してるんだよ?

 仲良くディナーを楽しむ間柄じゃないだろう?」


 どうにも腑に落ちなくて、横目でサキを見つめながら不満をぶつけた。


「あっ、それなんだけど……」


「うるさいわね! グチグチグチグチと……!!

 カレーが美味しかったから少し見直してあげたのに台無しよ! 御飯くらい美味しく食べたら!!」


 サキがなにかを言い描けたが、アリスがそれを掻き消すようにリクを睨んで文句を言って来る。

 理不尽だとは思ったが、サキの言葉を聞く前に追い出すのは浅はかだろう。なにより味が分かる人は嫌いじゃない。リクの作ったカレーが美味しいと思うのなら存分に味わって行けばいい。

 リクが口を閉じてカレーを一口頬張り、サキの味覚に合わせてある為少々甘いが、それを差し引いても絶賛に値する、口の中に広がる絶妙な風味と辛みを満喫していると、アリスもそれ以上は何も言わなかった。


「美味しいよ。下手なチェーン店や定食屋のものよりずっと美味しい」


 サキがカレーを食べる手を止めてリクを見ると、母性に溢れた優しい笑みを浮かべて微妙な褒め方をしてきた。

 それだと、本当にカレーのうまい定食屋やカレーの専門店には勝てないと言う事だ。

 まぁ、幾ら料理の本やネットなどで調べて何回も実験をして辿り着いた味だとしても、毎日切磋琢磨している本物のプロに勝てるとは思っていない。

 相応の評価だろうとリクは思った。


「それはどうも」


 相手に気を許すつもりはない為、素直にお礼を言うつもりにもなれなくてリクがぶっきらぼうに言うと、キリカは小さく苦笑を浮かべた。


「これ臭いけど美味しいわね」


 アリスが金髪に青い目の見るからに白人の容貌で、らっきょうをポリポリと音を立てて食べている。

 なんだか変な光景に思えたが、白人でも漬物を食べるのだなとぼんやりと思って見つめていた。


「なによ!?」


 リクが見ているのに気が付いたのか、アリスが唇を尖らせて不満そうに見返してくる。


「別に! 白人でも漬物を食べるんだなって思っただけだよ」


 これまでの経緯を考えれば仕方がないのだが、喧嘩腰で言うアリスに思わずリクも喧嘩腰になってしまう。

 特に彼女はリクを痴漢だと思っているだろう。


「何処で生まれようと、どんな人種でも、食べ物なら食べるわよ。お肉やお魚だって不味い場所はあるし、虫に比べたらご馳走よ」


「虫……? 虫なんか食べてるの……?」


 例え話かも知れないが、食文化に虫を取り入れている地域は確かに存在する。しかし、リクには虫を食べ物と認識するのは難しく、あまりに突飛な返答に思わず聞き返していた。


「私だって好んで食べたりはしないわよ!!

 だけど色々行ってると、食事に普通に出てきたりするの!! 姿がはっきり残ってたりするのが!!

 嫌でもそれが最高の歓迎だなんて言われたら、残すわけにはいかないじゃない!!」


 その時の事でも思い出したのか、語調が弱くなっていき涙目になって唇を尖らせると、突然カレーを勢い良く掻き込んだ。


「んっ、美味しい。やっぱり食事は美味しいのがいいわよね」


 幸せそうに微笑んでそう言った。どうやら虫は味か良くなかったようだ。 


「お行儀悪いよ、アリス」


 キリカが微笑み掛けながら、柔らかく嗜めるとハンカチを取り出してアリスの口許を拭ってやる。アリスの性格からして嫌がりそうなのだが、文句一つ言わずに大人しく拭われている姿から、二人の親密度が伺えた。


「二人はそんなに色んなところ行ってんの?」


 やはり虫は食べた事のないであろうサキが、瞳は丸くさせて眼光を輝かせ、興味津々で二人に問い掛けた。虫はさておき、行った事のない外国の話が彼女の好奇心をくすぐったようだ。

 味は分かるようだが、今一目的がはっきりとしないこの二人とは、仲良くなるを避けたいところだ。しかし、こうなったサキは止まらない。遅刻しそうなのに野良猫にちょっかいを出している時の瞳だ。

 仕方がないから、リクは少し静観する事にした。


「ええ、ほんっと、普通じゃないくらいに色んなところ行ってわよ。山も海もサバンナもジャングルも大都会も無人島も犯罪都市も戦争国も貿易国も鎖国した閉鎖地も行った。行っとくけど旅行なんかじゃないわよ!?」


 良い思い出がないのか、アリスは眉を下げて今にも泣きそうな顔で唸るように言った。

 組織とやらに依頼されて、今回サキのところに来たように、無害な一般人に悪魔だなんだと言っては抹殺して回っているのだろうと思い、怒りが込み上げてきた。


(そうやって、罪のない人達を殺して来たのか……!!)


「んっ……! リク……!?」


 何故か隣に座るサキが苦しそうに胸を押さえて、困惑した顔でリクを見つめてきた。


「ん? どうしたの?」


 なんでサキが苦しみ、さらに困った顔をしているのかリクには判らず、サキを見返した。


「ううん。なんでもない……。

 リクが怖い顔してたから……」


 サキはどこかほっとしたように深く息を着くと、頭を大きく左右に振り、悪戯っぽい笑みで見返してくる。


「そう? いつもと同じだけど……」


「そう? じゃあ、私の思い違いかな……?」


 サキはどこか曖昧に答えると、力のない笑みを浮かべて言葉を濁した。

 いつもなら言いたい事があればはっきりと言ってくれるのに、本心を隠すサキがなんだか少し寂しかった。

 キリカが深く溜め息を吐くと、二人を見つめた。


「みんな食べ終わったみたいだし、少し話をしよう。

 私達の目的、そしてこれからを……。

 君にも冷静に聞いて欲しい……」

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