不運
キリカは二人を順次に見つめると近付いてきた。
リクはサキを乗せたままで自転車のスタンドを立てると、背後に庇って前に出た。
「話すことなんてない! どっか行けよ!!」
「あんた関係ないでしょう!? あんたこそどっか行きなさいよ!!」
リクが二人を睨み付けて感情のままに怒鳴りつけると、アリスがキリカの隣から猫のようにつり上がった目をさらに尖らせて、声を張り上げてくる。
「なんだと!!」
「二人とも、冷静に……」
リクがアリスに掴み掛かろうとすると、二人の間にキリカが割り込んで、片手でアリスを制止しながら、片手でリクのリクの突き出した手を柔らかく受け流した。
「私は冷静よぉ。そいつが突っ掛かって来るだけじゃない……」
アリスは不満そうにキリカを横目で見て、不貞腐れたように唇を尖らせた。
「最近、君達の回りでなにか可笑しな事は起きていない?」
キリカは二人を見つめると、気遣うように聞いてきた。
だが、その手には乗らない。ここで起きているなんて言えば、それは悪魔の仕業だと言い出してサキを攻め立てるつもりなのだろう。
霊感商法や占いなどで使い古された手だ。
「起きてるとしたら変な二人組に付きまとわりつかれてることくらいだね」
リクはぶっきらぼうに言い放つと、もう話掛けるなと意を込めて、そっぽを向いた。
「なによ!? その言い方!!
放って置いたら大変な事になるから経過を観察してあげてるのに!!」
「経過を観察してる!? 見てなにするつもりだよ!!
何様だよ!! サキを傷つけたら許さないからな!!」
「あんたなに言ってるの!?
傷付けるってなによ! 私達はそんな事しないわよ!!
なにも知らないくせして勝手な事ばかり言ってんじゃないわよ!!」
アリスはリクが気に入らないのか、怒りを隠そうともしないで捲し立てる。それに感化されリクも沸々と腸が煮えたぎり、次第にヒートアップして行く。
「それじゃあ、なんの為に付きまとってるんだよ!!
まだ、サキを悪魔だなんていうつもりなのか!?」
悪魔だなんて言って回りを彷徨いて、隙があればこうして接触してくる。
そんな奴を放って置いたらろくな事にならないだろう。
なにがなんでも遠ざけるべきだ。
「あんた人の話聞いてた? 誰もその子が悪魔だなんて言ってないわよ!! ただ、その子の中に悪魔の存在を感じるって言っているの!!
経過を見守るのは当然でしょう!!」
「同じ事だろう? サキを疑って、監視して、どうするつもりだよ!!」
「全然違う!! 自分が理解できないからって人に当たらないでくれない!?
そう感じるのはあんたがそう思ってるんじゃないの!?」
「なんだと!?」
アリスの言葉にリクは我慢が出来なくなって黙らせようと掴み掛かった。自分がサキを悪魔だなんて思っているはずがない。
サキをただ純粋に守りたいのだ。
だから、傷付ける奴は許せなかった。
「だから! あんたのそう言うのが彼女の中にいる悪魔成長を促してるのよ!!」
アリスにリクは手首を簡単に払われ、腕を絡められると視界が回転し、背中に鈍い痛みが走った。
何も出来ずにいつの間にか空を見上げている事と、ひらひらと目の前を揺れる布と、見え隠れする細い足、そして奥に見え隠れする水色の布地で、自分が地面に倒され、下からアリスを見上げているのだと悟った。
「少しは話を聞く気になった!?」
アリスがリクを見下ろして、眉間に皺を寄せたままで不機嫌そうに訊ねて来たが、リクの視線がスカートの中に向けられているのを悟ると、顔を朱に染めて揺らめくスカートを押さえて、リクの顔面を踏みつけた。
「なに見てるのよ!! エロガキ!!」
「女の子のスカートの中を覗いちゃあダメだよ……」
それまで止めていたキリカが苦笑を浮かべた。
「なにやってるのよ……? リク……」
自転車に座っているサキまでも白い目でリクを見つめると、白けた口調で冷たく言い放った。
「わっ……、わざとじゃないよ……。こんな奴のパンツなんて見たくないし、事故だよ事故……」
ジトリとしたサキに向けて両手を振って否定すると、必死で弁明をする。実際、事故なのだ。サキにつまらない誤解はされたくなかった。
慌てて身を起こしたリクは、不幸な事に頭をアリスのスカートの中に突っ込んでしまい、状況は最悪な方向へ転がって行った。
「本当に……、なにやってんのよ……。リク……」
サキの呆れたような嘆くような声が耳に届いて、リクは頭に掛かった布を剥ぎ取るようにスカートの中から抜け出す。
「サキ……、違う……。これは……」
「上……」
こんな痴漢行為をやりたくてやったわけではなく、不運が重なっただけだと必死で主張したが、サキは深く溜め息を吐くと短くそう告げた。
「上……?」
言われるままに首を曲げて頭だけで上を見上げると、鬼のような形相で見下ろしているアリスの顔があった。
「死ね!!」
アリスは獲物を威嚇する獰猛な獣のような、殺意を剥き出しにした低い声で言うと片足を振り上げて、次の瞬間力一杯リクの顔面を踏みつけた。
薄れ行く意識の中で、リクは不条理だと強く思った。