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再会

 体が揺れているのを感じてリクの意識は覚醒していく。

 なにか柔らかな感触がリクの頬を受け止めている。うっすらと瞳を開けると、サキの尖った下顎が見えて、サキに膝枕をされている事を悟った。


「〜〜〜っ!!」


 言葉にもならない悲鳴を上げて、サキは不安そうに周囲を見回している。


「サキ……」


 リクは安心させようと彼女の名前を読んだが、うまく言葉が出せなくて掠れたような声になってしまった。


「あっ、リク。目覚めた? 大丈夫!?」


 リクは届かないかもと懸念したが、サキはちゃんとリクの言葉を拾ってくれ、微笑んで見下ろしてきた。

 記憶が混濁していて、今一状況が掴めない。学校の教室だと言うのは辛うじて分かった。だが、どうして自分はこんなところでサキに膝枕をしてもらっているのだろう?


「サキ……。揺れてる!! 早く逃げなきゃ!!」


 天井から吊り下がった蛍光灯が、まるでブーランコのようにグラグラと前後に揺れているのを見て、声を上げた。

 回りを見ると机も椅子も踊るように前後に動いている。


「リク……。良かった……。死んじゃったかと思ったぁ……」


 地震に襲われ、命の危機に陥っているにも関わらず、サキはリクを見下ろすと優しく微笑んだ。


「人を勝手にか殺すなよ……。

 それより早く逃げないと……。せっかく無事だったのに今度こそ死んじゃう……」


 リクは床に後ろ手を着いて体を起こすと、サキがしがみつくように抱き着いて来た。


「サキ……?」


「あんな出血したんだから、急に動いちゃダメ……」


 サキの声音は柔らかく、抱き締められていると焦りが消えて落ち着いてくる。

 リクはずっとこのまま身を委ねていたい衝動に駆られてサキを抱き締めていた。


「サキ……。だけど早く避難しなきゃ……」


「大丈夫……」


  あの事件以来、地震を怖がっていたサキが、地震の中にいるのに落ち着いていた。少し、違和感を覚えたが、サキに大丈夫だと言われると大丈夫な気がしてくるから不思議だ。

 早く逃げなきゃと思いながらも、サキの優しい温もりに包まれると、その言葉を裏付けるように段々と地震が収まっていった。


「ほらね? 大丈夫だったでしょう?」


 まるで地震が止むのを分かっていたかのように言うサキに、リクは胸騒ぎを覚えた。


「うん……」


 曖昧に相槌を打つが、サキも自分も無事ならそれでいいかと、リクは思考を止めた。考えてはいけないような気がした。


「帰ろっか……」


「うん」


 それからどのくらい経っただろう。時計を見ると十一時を回っていた。囁くように言うサキの言葉に小さく頷くと二人は立ち上がった。

 あんな事があった後だ。地震に助けられて最悪の事にはならなかったが、守れもせず、助ける事さえ出来なかった罪悪感から、リクはなにを話せば良いのか分からず無言になっていた。

 ただ、ただ、自分の非力を呪うばかりだ。


「とんでもない目にあっちゃったねぇ……」


 部活棟に続く廊下で、本当は笑う余裕などないだろうに、サキが苦笑を浮かべて言った。

 リクに気を使ってくれているのだ。ちゃんと答えなければサキの気持ちを無駄にしてしまう。


「うん。守れなくてごめん……」


 軽く笑い飛ばせれば、もう済んだ事と忘れる事が出来るかも知れないが、そこに達するにはまだ時間が必要だ。リクは自分の不甲斐なさを素直に詫びた。

 サキはリクを気遣うように見つめて来たが、小さくわらった。


「二人とも無事だったんだから結果おっけぇ〜。

 リクのあんな顔始めて見たよ。ちょっと怖かったけど、嬉しかった?

 大切に思われてるんだって愛を感じた」


 サキが少しだけ頬を紅潮させながら、いつも通りのからかい半分でくすくすと喉を鳴らした。

 リクは照れ臭くて視線を逸らしながら憮然とした。


「だけど、守りたかった」


「相手は三人もいたんだし仕方ないよ。

 学者になろうと勉強頑張ってるんだから、町で遊んでる人に勝てないのは当然だしね。

 優等生と劣等生の違いだね。

 大丈夫。社会に出たら、リクのが何倍も強いよ」


 あんな目に合い、そして守る事も出来なかった情けない男を相手にして、サキの言葉は穏やかで優しい。

 科学者になるまでもう十年も掛からないだろう。だが、それは科学者になってからこそ言える事であり、高校生である自分達にとってはまだ先の話だ。

 リクは今、サキを守れる力が欲しかった。ペンは剣より強し、とは言っても、実際に剣を向けられたらペンではどうにも出来ない。勝てないまでもその場を凌ぐ程度の事は出来なければならないのだ。

 ペンが役に立つのはあくまでも殺されずに済んだ後の話である。


「強くなりたい……。あんな奴らからサキを守れるくらい……」


 リクは小さな声で囁いた。サキにも届かなければ良い。

別に格好着けたかった訳でも、意思を伝えたかった訳でもない。悔しくてことばが洩れただけなのだ。


「楽しみにしてるよ。強いリク……」


 だが、聞こえてしまったらしく、サキは二、三歩前に出ると背中で手を組んでくるりと反転して、破顔させて言った。

 ここでまた格好いい切り返しが出来れば良かったのだが、なんだか気恥ずかしくて失笑してしまった。

 二人は部室棟まで戻り、忍び込んだ女子バスケ部の部室に入った。来た時は外からだったから気にも止めなかったが、さすがに女子部の部室に入るのは抵抗があり、佇んでしまった。


「どうしたの?」


 足を止めたリクを不思議に思ったのか、一度部室に入って行ったサキが戻ってきて、小首を傾げて聞いてきた。


「ううん。なんでもない……」


「ああ、女子バスケ部に入るの恥ずかしいんだ?

 大丈夫だよ。今は誰もいないから……」


 一瞬にして思考を読まれてしまい、そんなに分かりやすいのかと苦笑するも、戸惑い気味に女子バスケ部部室に足を踏み入れた。

 洗濯をされた後なのか、部室に紐を通して掛けられているユニフォームやタオルにさえドキドキしてしまう。


「リク、挙動不審だよ?

 変なの……。来た時は平気だったくせに……」


 しどろもどろで部室を横切るリクを見て、サキが面白そうに高い声で喉を鳴らす。


「し……仕方がないだろう……」


 茶化して来るサキに、思春期の少年のデリケートな感受性を理解して欲しいとリクは思った。

 サキはまるで愛玩動物の動きを見て楽しむような瞳でリクが窓から出るまで見つめていると、リクが脱いだスリッパを所定の場所に戻してから自分も窓から外に出た。


「これはどこにあったんだっけ?」


「ああ、そのエアコンの室外機の所」


 サキに聞きながら、二人で踏み台にした物を手際よく片付けると、窓枠を嵌めて駐輪場へ向かう。


「来なきゃ良かった? あんな事があって……」


 帰り道、二人乗りであまりスピードが出ないようにブレーキを何度も掛けながら魔の坂を下っていると、サキがポツリと聞いてきた。


「そんな事ないよ。景色も良かったし……。

 だけど、やっぱりサキを守れなかったのは悔しいな……」


 途中、事故があったらしく、電柱に衝突した大型ダンプとアスファルトに広がった大量の血痕、それと殆ど原型を残さないくらいに無惨に破壊された三台のオートバイが横倒れになっている場所があった。

 警察や救急車が何台も停まっていて道を塞ぎ、ちょっとした騒ぎになっている。

 赤色灯を見ると自転車から下り、サキは乗せたままで押して騒ぎを尻目に横切って行く。

 自転車の二人乗り交通違反なのを思い出したのだ。

 警察が見えなくなったからと言ってまた二人乗りをするのも気が引けて、そのまま押しながら家に向かっていると、眼前に二つの人影が見えた。

 一つは道の真ん中で腰に手を当て前屈みになった仁王立ちの小さな女の子の物で、一つは壁際に身を預けていたが二人が近付くと体を起こして少女に並ぶ、スリムで長身だが柔らかなフィルムを持った女性の物だ。


「やっと戻ってきた! 本当人間ってトロいわよね」


 聞き覚えのある高い声が吐き捨てるように言い放つ。

 リクは内心で奥歯を噛み締めて二人を睨み付けると、退路を探した。


「やぁ。少し話を聞いてくれないかい?」


 長身の女性がゆっくりと近付いてきた。

 街灯が女性を照らして、目視で識別が出来るようになった。

 それは数日前に二人の前に現れ、サキを悪魔と言った人物。キリカとアリスだった。


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