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憤怒

 二人は女子バスケ部の部室を出ると、自分達が普段使っている教室へ向かって廊下を進んだ。

 夜の廊下は静かで、スリッパでの足音さえも良く響いた。

 当然だが電気などは点いておらず、窓から差し込んでくる月や星の明かりだけがぼんやりと通路を照らし出す。

 怖いのとは違うが、やっぱり薄暗くて君の悪さを感じていた。


「リク、なんか挙動不審だよ?

 そんなに怖い? いつも通ってるじゃん」


 サキから見てリクはそんなにビクビクして見えたのか、喉を鳴らして可笑しそうに笑った。

 リクはムッとして横目でサキを一瞥すると、廊下を見据えて歩調を強くして歩き出した。


「怖くなんてないよ。

 なんだったら教室まで一人で行ってやる」


「もう。置いてかないでよ。

無理してないんならいいんだ」


 サキはリクの隣を歩きながら、微笑みを浮かべた。


「この廊下で男子がモップ競争して、搾り器の水をぶちまけた事あったよね?」



「ああ、あったあった。竹中が滑って転んで、やってた連中が全員指導室に呼ばれてたね。

 健が主犯にされたって嘆いてたよ」


「えぇ!? だって言い出したのってどぉせ周防でしょ? 自業自得じゃん」


「俺はその場にいなかったからなんとも言えないけど、やっぱり日頃の行いだよねぇ」


 二人はいつも通りに遇った出来事を話題に、互いに笑い合いながら廊下を進んだ。

 突き当たりを右に曲がり三つ目の教室が、リク達が普段勉強している教室だ。

 消火器の赤い光だけが辺りを照らす薄暗い廊下を進んで教室のドアを開けた。


「へぇ……」


 教室に入って目に飛び込んで来たのは、街の灯りだった。リクの学校は高台にあり、本校舎からは街を一望出来て遠くに海まで見える。

 入学した時はその絶景に感動した物の、一月もすれば見慣れて気にも止めなくなっていた。

 二年になった今では尚更、景色を見るなんて事は忘れていた。

 だが、こうして普段とは違う、まるで豆電球を散りばめたような景色を見ると、改めて感動を覚えた。


「結構いいでしょう? リクはきっと見たことないだろうなぁと思ってね。一回一緒に来たかったんだ……」


「うん。夜になるとこんな風になるなんて知らなかった……。綺麗だね……」


 窓まで近付くと窓枠に手を着いて街を一望し、素直な思いを言葉に乗せた。


「イルミネーションみたいでしょ?」


 サキも近付いてくると隣に並んで、リクの肩に軽く頭を乗せると柔らかな口調で囁いた。


「イルミネーションは大袈裟だよ」


「そぉ!? そんな事ないと思うけどな……」


 ついついからかいたくなってリクが口走ると、サキは不貞腐れた口調で返してリクを見上げてくる。

 憮然とするリクと唇を尖らせたサキはそのまま暫しの間見つめ合い、二人同時に吹き出した。

 いつも通りのじゃれあい。いつも通りのサキ。

 こんな穏やかな時間をずっとサキと過ごして行きたいと思った。

 リクは微笑むと、指先でそっとサキの頬に触れた。

 サキは小さく体を震わせるが嫌がる様子もなく、真っ直ぐにリクを見つめてくる。

 リクはそのまま、そっと顔の輪郭を撫でながら顎先に触れて、軽く持ち上げた。

 サキは緊張した面持ちになるが、一切の拒絶はなく、リクが顔を近付けるとゆっくりと瞳を閉じていく。

 そして、二つの唇が重なり合おうとした、時だった。


「なんだよ? 随分とお楽しみ中じゃねぇか。優等生君」


「俺達も混ぜてくれよ」


 教室のドアが勢い良く開かれ、三人の男子生徒が入ってきた。

 この進学校で勉強に着いて来れずに不貞腐れている、劣等生の三人組だ。理由もなく学校に来なかったり、来ても授業を妨害したりする問題児だ。


「リク、帰ろ!!」


 サキが顔を蒼白させて、リクの腕を握り締めると教室から出ようとしたが、行く手を三人組が阻んでくる。


「おおっと……。帰るにはまだ早いぜ?」


「退いて!!」


 サキが男を睨んで強く言った。


「おお、怖っ。俺は気の強い女を泣かすの好きなんだよね」


 男がサキの手を掴もうと手を伸ばしたのを、リクはサキの前に出て払った。


「サキに触るな!!」


「リク……」


 リクはそのまま背中にサキを隠すと三人と相対する。喧嘩なんてした事はなかったが、殴られても蹴られてもサキだけは逃がさなければならない。


「あんだぁ? お前は」


 男の一人が不機嫌そうにリクを見下ろしてくる。


「お前は帰っていいぜ」


 なにが楽しいのか二人目がニタニタと笑いながら脇から二人に近付いてくる。リクは睨み付けながらも、退路を探した。

 男達の脇をすり抜けて電気を点ける事が出来れば、暗闇に慣れた男達は目をやられ、逃げるくらいの隙は出来るだろうが、どう考えてもあそこまで行くには無理がある。


「きゃっ! 触んないでよ!!」


 三人目の男が脇から手を伸ばしてサキの手を掴み、サキが振り払おうと手を強く振っている。


「離せ!!」


「おっと!!」


 リクは三人目の男に殴り掛かると、サキの手を離して後ろに下がり、リクのパンチを軽くかわす。


「やぁっ!!」


 今度は反対側にいた二人目がサキの手を掴んで強く引いた。


「この!!」


「やだっ!! 離して!!」


 リクは二人目に殴り掛かろうとしたが、正面にいた一人目に横から蹴られて、リクは壁に激突した。

 サキも必死で踏ん張って抵抗しているが、男二人に力で叶う筈もなく、ずるずると引き摺られていく。


「サキぃ!!」


「喧嘩なんかした事もねぇんだろう?

無駄な根性見せてんじゃねぇよ!!」


 リクは目の前の男を突き飛ばしてサキの元へ行こうとしたが、男に腹を蹴られて踞る。それでも男の足を掴んで睨み付けた。


「喧嘩なんて言ってるけど、お前達のやってる事はやり返す気もない人に暴力を振るっているだけだろう!

 勉強に着いて来れないからってひねくれて、人より劣っているのに努力もしないで遊び呆けて……。

 そんな時間があるのに教科書も参考書も読もうともしないで邪魔をして……。

 お前達の将来なんかどうでもいいけど、人を巻き込むなよ!!

 サキを離せ!!」


「このガキ!!」


 男は瞳に怒りを露にさせると、リクの顔面を力一杯蹴り上げた。その後も何かを叫びながらリクの腹を何度も何度も蹴っている。

 歯が折れて口の中に血の味が広がる。

 頭がぐらぐらしてそのまま意識を失ってしまいそうになった。


「いやぁ! 離して!!」


「うるせぇ!! もう諦めろ!!」


 その時、サキを恫喝する声と、激しく頬を叩く音が連続して聞こえて来た。

 続けて、サキの啜り泣く声が鼓膜を叩いた。

 その瞬間、リクの頭の中で何かが弾けた。

 ロッカーに無造作に放り込まれていた金属バットが視界に入り、それを掴むと男の足に打ち付ける。


「ぐあぁ!!」


 男が足を押さえて踞っている隙に、リクは立ち上がってサキと男二人に駆け寄った。

 サキを床に組み敷き、一人がサキに両手を上げさせて押さえ付け、一人がサキのショートパンツを膝まで下げて、必死で足を閉じているサキの膝を掴んで開かせようとしている。

 シャツも捲られ下着が露にされ、サキは頬を腫らしながらも涙を流しながら頭を左右に振って逃れようとしている。


「止めろ!!」


 リクが金属バットを振り上げて二人に殴り掛かる。

 二人の男は怯えた顔でリクを見つめたまま、硬直して動けないようだった。

 その時だった。後頭部に強い衝撃を受けて、リクは体が麻痺したように動かなくなり、その場に倒れた。

 目が白黒して、辺りが点滅でもしているようだった。立ち上がろうとしたが、指一本動かす事が出来ない。

 頭からどろりとした感触が広がってなにかが流れてくる。


「いや〜!! リクぅ〜!!」


 サキの悲痛な叫びがやたらと遠くから聞こえてくる。


「手間掛けさせやがって……」


 男がリクの手から離れた金属バットを拾いながら吐き捨てたが、その声も同様に遠くに感じる。


「リク、リク! リク!! いやぁ〜!!」


 サキが大声を張り上げて叫んだ直後、なんの前触れもなく校舎が激しく揺れた。

 次々と窓ガラスが砕けていき、机が教室内を踊り始める。天井から吊り下げられた蛍光灯も次々と降ってきて床に激突して砕けた。


「おい、地震だ! やべぇぞ!!」


「こんなとこにいられるか!!」


「行くぞ!!」


 男達は思い思いに口走ると慌てて教室から飛び出していった。


「リクぅ……」


 サキが涙声で名を呼ぶと、守るように覆い被さってきた。『俺の事はいいから早く逃げて』と伝えたかったが、言葉が口から出てこない。

 サキに抱き締められながら気が遠くなっていって、リクは意識を失った。


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