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細い糸

 文雅の捜索に手がかりがあったと連絡が入ったのは、彩南が頭を下げてから一週間後のことだった。


「礼君、見つかったって本当なの?」

「まあね、でも確実じゃない……KONISIってブランドのオフィスにドレスが飾ってあるらしいんだけど、それを作ったのがまだ学生くらいのデザイナーで、小西大輔氏の秘蔵っ子なんだって」


 案の定、一番可能性が高かった礼の情報網に引っかかってきた。確信が持てないのなら直接確かめようと、彩南は今にも飛び出してしまいそうだ。


「それじゃあKONISIのオフィスに行けば良いのかな?」

「どうかな、多分小西さんは藤原を匿っているんだろうから、正面から行っても門前払いかもよ?」「そっか、ご両親が捜してるから……」

「あのね、ご都合主義的で言い辛いんだけど、実は母さんが小西さんの自宅の電話番号を教えてくれたんだ」

「嘘?! そんな個人情報を、なんで?」

「……まあ良いから。悪用したら半殺しって言われてるから、くれぐれも取り扱いには気をつけてね。彩っち先輩!」


 母親には『好きになった女の前で格好つけられない男は死ね』と言われたのだが、彩南にそう言うのははばかられた。

 プライドが高く美人な母親と、温和で母に首ったけな父親が、どうやって結婚まで漕ぎ着けたのか礼の中では謎だったが、どうやら父親は死ぬほど格好つけた過去があるらしい。


「うん、気をつけるね。ありがとう、礼君。えーと……こういうパターンの時は、いきなり電話をかけるのはダメなんだよね、話す内容とか誰が出るかとか予想してシミュレーションしておこう」


 たった一言とニコッと笑った笑顔。それだけで電話番号に夢中になる彩南を見て、礼は自分の恋は終わったと実感した。


「……またね」

「うん、またメールするから! お礼、何が良い?」

(彩南が良い)

「……何にも要らないよ、その笑顔で充分!」

「わかった、何か考えておくね」


 精いっぱい格好つけた礼は、もっともっと良い男になってやると誓った。彩南が悔しがるほどに。


「深呼吸……よし、大丈夫」


 まず誰が出るかだが、小西大輔、藤原文雅、第三者の三パターンが考えられる。コールしている間に激しくなる鼓動に、手で胸を押さえた。


  †  †  †  †


 海外ブランドの新作を載せている雑誌を捲っていたところ、廊下で電話が鳴り出した。小西の在宅中なこともあり、文雅は廊下に出ながら大声で呼びかけた。


「小西さん、電話です!」

「今手が離せない、代わりに出てくれ!」

「わかりました! ……もしもし」

「もしもし、突然のお電話失礼します。小西さんのお宅でしょうか?」

「彩南……?」

「文ちゃん!?」


 咄嗟に受話器を置こうとした文雅の耳に、「お願いだから切らないで!!」と懇願する声が届いた。手が止まる。


「どうしてこの番号がわかったの……?」


 まだ両親も突き止められていないのに、とは言わなかったが、ドキドキし過ぎている彩南は文雅の言葉も理解できず、ヒロインから学んだことさえ忘れるほどテンパっていた。


「あのね、あの!」

「うん、落ち着いて。切ったりしないから」

「ぅう……絢華ちゃんがすごく心配してたよ。それに……私も、どこに行っちゃったのかって……」

「そう、絢華が。その、あなた、本当に心配してるの?」


 文雅からしてみれば、最後にあれだけの暴言を吐いて別れたので、いかに彩南がお人好しでも嫌われているだろうと考えていた。

 それが、まるでパニックになって何を言っているかもわかってないくらいの状態で電話をかけてくるというのは、予想外だった。


「心配に決まってるでしょ!! 文ちゃん……馬鹿ぁ、馬鹿馬鹿!」

「彩南……」


 電話口で泣き出した彩南に、どうやって慰めれば良いのかわからない文雅。


「会いたいよ……」


 久しぶりに聞いた文雅の声に、彩南の心がただ伝えたい言葉をしゃべってしまう。

 戸惑っていた文雅は、静かに泣き出した彩南の気持ちをどれだけ傷つけていたのか知り、心臓を抉りとられる心地がしていた。


「ごめんなさい。謝ったって許されないでしょうけど……絢華には心配しないでって伝えてもらえる?」

「私にはっ?」

「え、…………」


 今の彩南は、何も考えていない。文雅は既に退学という目的を達成しているため、憎まれていたら憎まれキャラを続けるつもりでいたが……とっさに言葉が出て来ず、沈黙する。


「何もないの?」

「待って、待って」

(よくわからないんだけど、これは謝れば良いことなの? とにかく……怒っているなら、誠意を見せて謝らないといけないわね)

「……まだ待つの?」

「大丈夫、まず確認なんだけど……彩南は私のことをどう思ってるの?」

「そんなの決まってるでしょ!」

「わかったわ、今まで壊したり盗んだりした物は、全部弁償するから。あなたの気が済むように、謝罪させて欲しい」

「うん、うん……本当に謝ってくれるの?」

「もちろん、それで彩南が前に進んでくれるのなら、いくらでも謝るわ」

「馬鹿ッ! 文ちゃんの分からず屋!!」


 勢いで通話を切って、うなだれる彩南。廊下に立ち尽くす文雅は結局訳がわからなかった。


「な、何? 何だったの……?」

「文ちゃんはっ、わだじのごともう友達どもおも゛ってな゛、……ぅわ゛あ゛あ゛」


 過去のことにされてしまったのが、耐えきれないほど辛かったのだ。前に進んだ場所で、隣に文雅は居てくれない……そう感じた瞬間、叫んでいた。


「おい、誰からだった?」

「あ、ああ。保険の勧誘だったので、断って受話器を置いたところです」

「そうか、なら良い」


 もしもう一度電話がかかって来たらどうするべきか、少しだけ悩んで、二度と話さないのが良いと考えた。


(電話をかけて来てまで文句を言いたいんだから、やっぱり私は最低なことをしたのよね。また話してしまったら、今度は冷静になっちゃいそうだわ……二人とも)


 両親と対決する心づもりはできていたが、まさか彩南が接触して来るとは思っていなかった。

 突然の電話の後、文雅が無意識に思ってしまったのは、彩南に合わせる顔がない。……逃げてしまいたい、という当然のような心境だ。

 絢華への連絡も文雅からは可能なのだが、今日明日で新たな負担を受けると考えると、後込みしてしまう。

 結果として文雅は彩南の言葉を深くは考えず、謝罪と弁償だけはしなければいけないと行動を決めた。気持ちは混乱しかなく、その混乱も棚上げしてしまったのだが、一人で暴走して退学までした男ならばそれも納得の結果だろう。


  †  †  †  †


「私、なんで切っちゃったの? しかも絶対に誤解されてるよね、あんなの告白したい人間の言うことじゃないよぉ」


 ひとしきり泣いて落ち着いた彩南は、マグカップ一杯分のミントティーを淹れて、すすりながら反省していた。砂糖はスプーンで二杯。


「……再チャレンジ、しよう」


 興奮が冷めれば至って冷静になり、電話が繋がる内にもう一度かけて、せめて告白を聞いてもらおうという判断ができた。しかし……。


「あれ? 繋がらない……?」


 夕方頃にも関わらず、今度かけた電話は通話中か電源が切られているというアナウンス。それは文雅が小西に内緒で電話線を引っこ抜いてしまったからなのだが、そんなことを知らない彩南は十回ほどかけ直して、失意にうなだれて携帯を閉じた。


「……これって、文ちゃんに避けられてる? 何であんなことしちゃったんだろー!」


 彩南は自分で電話を切ってしまったことを激しく後悔した。


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