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乙女ゲーム

 翌日のショッピングで、思う存分買い物をし終わった最後に絢華が行きたいと言い出したのは……なんと乙女ゲームとコラボしたカフェだった。


「お兄ちゃん、このゲームね、なんとネット小説から実際のゲームになった話題作なんだよ!」

「へー、絢華もこういうのやるのね。意外だわ」

「友達に教えてもらって、見事にハマってしまいました。このゲームではね、ズバリ“悪役令嬢”がテーマなの」

「そうでしょうねぇ、私もネット小説でなら少し見たことがあるわよ」


 カフェの入り口には、『悪役令嬢たちと真のヒロインを探せ!』という意味不明なタイトルが踊っていた。もし悪役令嬢が出て来なかったら、その方が驚く。


「これは流行りの悪役令嬢モノを一段進化させた、ミステリー仕立てのストーリーなの。主人公は前世で乙女ゲームが大好きだった女の子なんだけど、生まれ変わったファンタジーな世界では同時に三つの作品の悪役令嬢と攻略対象が混在していたの!」

「それはまた、ぶっ飛んだ設定ね」

「そう、ハチャメチャなのに一章ごとに完結して謎を解いていき、かつこの世界の真のヒロインは誰なのかを追う……もちろん攻略対象とイベントが起きたり、悪役令嬢同士がいがみ合ったり仲良くなったりと、乙女ゲーム物の魅力がこれでもか! って詰まったゲームでさ」

「ふふ、こういうのって本当にリアリティないわよね~。小説の定番だとあれでしょう、婚約破棄と国外追放? 確かに虐めは犯罪だけど、どこにも味方が居ないなんて悪役令嬢に同情しちゃうわ」

「うんうん、悪役令嬢にも事情が色々あってね、このゲームではなんと十パターンもの婚約破棄が見られるんだよ。このベラドンナちゃんの、『国外追放はイヤですわ~!』は名言だし」


 案内された席の壁に貼ってあるポスターを指差して、一人ひとりの説明をする絢華。


「なんだか興味出て来たわね、十パターンとかそんなにパターンある? あら、可愛いわねこの制服。作るのは面倒くさそうだけど、スタイル良く見えるデザインだわ」

「でしょ?! お兄ちゃんにも貸してあげようか? 私はCGもテキストも全部回収したし、サントラは買ったから遠慮しないで」

「良いの? だったら借りてみようかしら」

「ぜひぜひ遊んで、感想聞かせて。私の推しキャラはヒロイン候補のエレーナよ」

「ふぅん、あら。このビビティアルって女の子、絢華に似てるわ」

「うぇ? お兄ちゃんまでそんなこと言うの~? ビビ様は伝統的な乙女ゲームの、いわゆるライバル悪役令嬢なんだよ。友達にも似てるって言われたんだよね」

「それに……エレーナは彩南にそこはかとなく似てるわよ」

「ホント? それは彩南さんに益々会いたくなっちゃうなぁ。お願いしたら、エレーナのコスプレしてキャラソン歌ってくれるかな?」

「……くく、歌ってくれるんじゃない。ノリノリでポーズ決めるとこが想像できるもの」


 悪役令嬢、ヒロイン、攻略対象……そして爵位剥奪の後、国外追放。文雅の頭の中に、ひらめきという名の電流が走った。


「――これよ。これだわ! ありがとう絢華、あなたのおかげね!」

「え、え? いきなりどうしたの? 話が繋がらないんだけど」

「ほら、彩南がホステスを目指してるのに、全然男の子と話ができないって話をしたでしょ? 乙女ゲームを教材にしてみたら良いんじゃないかって思って」

「ああ! なるほど、彩南さんをヒロインにするのね!」

「そう、ちょうど同じクラスに昔仲が良かった幼なじみ君が居るから、すごく乙女ゲーム風でしょ」

「それはドキドキするね、上手く行ったら教えて。お兄ちゃん天才かも」


 天使な妹に天才の兄、まあお互いに良い意味でブラコンシスコンなのだ。

 この時、絢華には黙っていたが文雅は自分が“悪役令嬢”になってドラマチックに盛り上げ、果ては退学処分を受ける……そこまでの筋書きを完璧に描いてしまった。

 迷惑をかける、失望させる、間違いなく犯罪である自覚があったが、何を言っても話にならない両親への反抗心と彩南の望みも叶う利点が、彼を愚行へとひた走らせた。

 その後、学校に戻った文雅は用意周到にシナリオを用意する。大まかなストーリーと実行力さえあれば、多少の予想外はあっても物事はゲームのように進んで行った。


「ねぇ彩南、乙女ゲームって知ってる?」

「名前くらいは知ってるよ。いきなりどうしたの?」

「それがね、“絢華が”乙女ゲームをお手本にしたら、異性との会話術が学べるっていうのよ」

「えー? だってゲームでしょ? リアルはあんなに上手く行きっこないよ」

「そりゃあ、狙った男の問題を解決してゴールインするのは無理でしょうけど、その前段階で良いじゃない。連絡を取り合って、デートでも勉強会でもできるようになったら、充分彩南にはゴールよ」

「……なるほど! すごい、すごい説得力だよ文ちゃん。私、どうしたら良いかな?」

「まず乙女ゲームのヒロインに学ぶのは、愛嬌と気遣いよ。この二つは客商売には欠かせない物ね」

「確かに」

「難しいことじゃなく、明るくてはっきりしゃべって、礼儀正しい。当たり前に好感を得られることをしてるだけよ。実践さえできたら、老若男女に好かれるヒロインに一歩近づけるわ!」


 乙女ゲームは人間関係や学習具合など、目に見えない物を数値化している点が現実とは大きく違う、と文雅は続ける。

 これらは絢華から借りた乙女ゲームをプレイして、ネット小説を漁って独自に分析した結果だった。きちんとした根拠はないが、彩南に必要なのは根拠でなく“自信”だと思っていた。


「でも、突然キャラを変えたら変じゃない?」

「良ーい? 自分がモブだって考えを捨てて! あんたは今日から、『前世で遊んだ乙女ゲームの記憶を思い出したヒロイン』よ!」

「どういうこと?」

「ネット小説ではね、現実とゲームをごっちゃにして人間をキャラだと思ってしまう勘違いヒロイン、というのが居るの。これを逆手にとって、相手の男の子を人間じゃなく攻略キャラ扱いするってこと」

「そんなの失礼だよ! できないよ……」

「彩南、私は攻略キャラ扱いして笑顔で話しかけるのと、人間扱いして何にも話せないで印象に残らないのなら、攻略キャラ扱いした方が失礼にならないと思うわ。別にそれを言えとか見下せ、なんて言ってないのよ?」

「……ちょっとわかるかも」

「でしょ? ゲームのヒロインは大きな声で挨拶するのに羞恥心なんて感じないし、ターニングポイントがくればちゃんと選ぶのよ。攻略対象に会いに行く、質問をする、時には引き止める。シナリオではランダムになってるのもあるけど、プレイヤーからすれば『仕組まれた偶然』に過ぎない。ヒロインが上手く行くのは予定調和なの、だから安心できる」

「えーと、つまりヒロインになったつもりになれば、キャラを変えても失敗しても安心できるってこと?」

「わかって来たじゃない。画面越しの自分なら、最後は上手く行くことがわかってる。安心感があれば、それだけで自ずと振る舞いも変わるわ」

「……わ、わかったよ文ちゃん。私やってみる!」


 その日から、乙女ゲームを紐解く講義が始まった。その名も“逆波アヤナヒロイン化計画”、因みに命名したのは絢華だ。文雅も常に学びながら次回の内容を考えるので、文雅にも勉強になる部分が多かった。


「ヒロインは、相手の男性をよく観察してるの……例えばこの選択肢。正解が『その指輪、カッコイイね。』になってるでしょう? こういう目ざとさと愛嬌の合わせ技で仲良くなるの」

「ほうほう」

「ゲームのキャラだと、攻略の手がかりが見た目にわかりやすくなってるわよね? メガネで成績優秀とか、線が細いと芸術分野で活躍してるとか」

「でも実際には、そんな超すごい人ばっかりじゃないよね?」

「そこよ。最初は、有名人で情報を得られやすい人と話してみるのがベストって訳。幼なじみの八木君だったら話の種もあるし、性格もある程度わかってるからハードルが低いわ」

「うん、確かにそこは安心だよね」

「八木君だけじゃなく、攻略対象と目の前の彼を比べてみて、似てる部分があったり似た境遇だったら儲けものよ。ゼロから考えるより、ずっと解きやすい問題になる」

「問題……本当に解けるかな?」


 文雅は例題として、ノートに名家の御曹司というワードを書く。そこに高校二年生、オカマ、デザインが好きなどの設定を足して行く。これが文雅のことなのは、彩南にもすぐわかった。

 最後に、『彼の悩みは○○であり、欲しい言葉は○○である。空欄を埋めよ』と書き記した。


「どう? 攻略対象なら、って予想するのよ」

「おおお、何か今、攻略できそうな気がした! 正解は『悩みは進路であり、欲しい言葉は背中を押す言葉である。』どう?」

「大正解! 情報さえあれば、ノート一枚で私だって攻略できちゃうってわかった?」

「うん、もう文ちゃん結婚して! 私のドレス作って!」

「はいはい、ドレスは作ってあげるから抱きつかないの」


 謎の熱に飲み込まれた彩南は、文雅と実際に乙女ゲームをプレイしながら、一週間も経たず順調に藍司との仲を縮めて行った。

 次の攻略対象に定めたのは、文雅オススメの同学年の剣菱だった。彼は剣道に真面目で女っ気がなかったため、文雅としては安心して勧めることができた。


「あのね、最近アドバイスのおかげか、友達以外の人からも話しかけられたり誘われたりするんだ。文ちゃん様々です!」

「良かったわねー、この調子なら私がいちいち何か言わなくっても大丈夫なんじゃない?」

「うん、そうかも。絢華ちゃんにもお礼を言っておいてね、ありがとうって」

「伝えるわ」

「……それでさ、今度の学園祭だけど、文ちゃんは誰かと約束しちゃった?」

「ううん、まだ一カ月以上先なのよ。気が早いわね」

「じゃあ、自由時間は私と見て回ろうよ。文ちゃんとなら絶対楽しいし!」

「ふー、そんなんじゃダメダメ。学園祭って言ったら一大イベントなんだから、頑張って仁科竜成ぐらいの男を捕まえなさい!」

「えぇ、仁科君は生徒会長で学校一の有名人だよ? そこまでの自信はない……」

「ほら、また! もっと自信を持って。今上手く行っている理由は乙女ゲームでも私でもなく、彩南の魅力なんだからね」

「……本当にそう思う?」

「保証してあげる」


 この会話が、二人が親友と呼べる内容で話した最後の会話になるとは、彩南は予想していなかっただろう。文雅は既に八木藍司のストーカーを始めており、徐々に距離を離して接するようにしたからだ。


「文ちゃん、ご飯食べに行こ?」

「ごめんなさい、今日はちょっと用があって……」

「そう? なら放課後に、新しくできたカフェに行ってみない?」

「あ、そのカフェもう行っちゃったのよね。他の人誘ってみて」

「そっかぁ、うん、わかった。また誘うね」

「……ねえ、彩南も……逆波さんも忙しいみたいだし、私を無理に誘わなくて良いのよ?」

「無理なんかする訳じゃん。今更苗字で呼ばないでよ、水臭いなぁ」

「……はっきり言わないとわからないのね。もう誘わないで、って言ってるのよ。ちゃん付けも止めてちょうだい」

「え……? な、なんで?」

「なんでもよ。調子に乗らないでよ、まったく」


 彩南は戸惑ったものの、何か自分に原因があったのだろうと必死に考えた。

 しかしいくら謝っても考えても、文雅は冷たい態度を変えなかった。追い打ちをかけるように、藍司が藤原文雅からストーカーをされているようだ、と相談した。


「……だからよ、決まった訳じゃなくても危ない奴に近づかない方が良いって」

「藍司、それは誤解だよ。他の子にも訊いてみて、ストーカーは……わからないけど、私とふ……藤原君はすごく仲が良いんだから。危ないどころか優しくて、頼りになるんだよ?」

「そっか、でも……なんかあったら、隠さないで俺に言えよ?」

「わかったから。にしても、藍司って意外と心配性なんだね。態度はぶっきらぼうでも、私には優しいのわかるよ」

「バッ、そうやってすぐハジーこと言うよな、彩南って」


 それはすべて文雅に教えてもらったことで、自分が好かれていることは彼が素晴らしい人である証明だ。彩南は誇らしい気持ちで頷いた。


「私、本当のことしか言ってないよ。嫌なら止めるけど?」

「嫌じゃねぇけど……ま、それがお前らしいな」


 藍司が言う“彩南らしさ”は常に“ヒロインらしさ”だった。

 彩南の埋もれていたヒロイン性を開花させたのが、自分につきまとう男だとは露ほども思わない藍司は、イベントを重ねるにつれて彩南に惹かれて行く。

 この頃には彩南は数人の男子生徒と仲良くなっていたが、ヒロインはみんなお友達を体現できているし、スキンシップも恋人宣言もしていないから大丈夫だと考えた。……もちろんそれらは、大丈夫な理由にはならなかった。

 普通の感覚を持っていたなら、彩南の行動は好意の塊だと思う。ホステスさんはお金をもらうお仕事だけれど、学校はあくまで学校なのだ。

 本来なら男を本気にさせないようにと忠告をするべきだが、今までであれば真っ先に忠告してきた文雅は悪役令嬢役を演じきっているため、彩南は学校の誰もが可憐さを知るヒロインとして、見事に大成した。


「藤原君、もうこんなこと止めて! あなたはこんなことする人じゃ……キャッ!」

「あんたに何がわかるっていうのよ」


 親友として過ごした時間を否定される毎日は、彩南の心を少しずつ削った。同じクラスの女子たちは文雅と彩南の仲を知っていたため、最初は文雅をかばっていたが……彩南に怪我をさせたことで、文雅の味方は彩南一人になってしまった。


「ねー彩南、どうして藤原君を説得しようとするの? この間はリップ盗まれたんでしょ? もう友達じゃなくて敵だよ」

「敵じゃないよ! それに、リップは私が貸してもらってただけなの。元々藤原君の物だから……」

「必死過ぎ、そんな訳ないじゃん。ハンカチとかペンも藤原君のだって言うの?」

「そうだよ、本当なんだからね」


 彩南が文雅に壊されたり、盗まれたりした物はすべて文雅からのプレゼントだったり、奢り合ったりした物だった。それが本当だから、どんなに被害が出ても彩南は『犯罪ではない』と言い続けた。

 もちろんその姿は、悪役をかばう健気なヒロインにしか見えなかった訳だが。

 修学旅行やクリスマス、恋人になりそうなきっかけになるイベントでも、彩南と過ごしたい男子全員とその男子と仲良くなりたい女子で、グループ交際の形なった。


「彩南は好きな人居ないの? 彩南だったら誰でも落ちるでしょー」


 修学旅行の夜、定番の恋バナでは彩南は好きな人を言わなかった。……言えなかった。


(嫌われちゃってるけど、でも文ちゃん意外に考えられない……マゾなのかな?)

「好きな人なんて居ないよ。そういう美咲ちゃんは誰が好きなの?」

「えー、ウソー。いつもあんなにイケメンに囲まれてるのに」

「お友達だよ、私たちだってカラオケもプリクラも行くでしょ? それと一緒」

「んー、普通ならふざけんなって思うけど、彩南だからなぁ」

「確かに、許せるというか本当なんだろなーというか」


 そうして夏休みから始まったヒロイン化計画は、三年生を目前にして“悪役令嬢の退学”というエンディングを迎えた。


  †  †  †  †


「あのドレス、なかなか評判良かったぞ。年下が作ったと知るや顔つきが変わりやがった」

「お役に立てて嬉しいです」

「しかしな、ヒロインちゃんはお前のこと好きだったんじゃないのか? 両想いになれたかもしれんのに」

「またその話ですか。好きだったとしても、女友達って意味に決まってますよ。それもあれだけ虐めたんですから、憎まれているかもしれません」

「よくもまあ、そんな虐めできたもんだな。お前はサドだったのか」

「止めてください、ちらっとは泣いてるとこも可愛いと思いましたけど……」

「ほれみろ、まんざらでもない癖に」


 小西の手前笑って見せたものの、藍司と彩南への罪悪感がストレスとなり、あの期間の文雅はかなり不安定で荒れていた。

 自分を庇う彩南を問い詰めたくなり、台無しにしてしまいそうになったこともある。


「今はもう済んだことです。……小西さん、私がお世話になっていることは誰にも話さないでくださいね。絶対に、お願いします」

「わかってる。そんな必死になるな、俺だって仕事ならともかく、親としてあのやり方はないと思う」

「……ごめんなさい、ご厚意に甘えさせてもらっている分際で」

「あ? んなこと言う暇あったら飯作ってくれ、腹減ってんだ」

「はい、もうできますから座っててください」


 小西の家では基本的にあらゆる材料を宅配させ、文雅は家からほとんど出ない。たまにお使いなどで出る時には変装までする徹底ぶりであり、実家に連れ戻されないための対策のつもりでいた。

 しかしそれが奇しくも、彩南のお願いした捜索も困難にしており、文雅は音信不通の行方不明状態が続いていた。

 当然ながら文雅の頭には彩南が自分を捜している、という可能性は微塵も存在していなかった。


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