決別
加害者と被害者の双方が認めたとあれば、話はトントン拍子に進んで行く。職員会議にかけられた藤原文雅の退学は、少数の無実を訴える声の甲斐なく多数の証拠と証言によって可決された。
掲示板に、退学処分とする貼り紙が出された頃には、文雅の味方は一人もいなくなっていた。
それは家族でさえ例外でなく、父母に呼び出された文雅はマヌケなウサギのストラップをお守り代わりにポケットに忍ばせて、決意の面持ちで扉を開いた。
「先日、お前が停学処分を受けたと聞いた際には耳を疑ったが……どういうことだ、これは」
バサリと机に広がったのは職員会議の内容と、退学処分を決定した旨の書類だ。
「私が退学になった、ということです」
「そんなことは! わかっている! 全く、今までお前にいくら使ったと思っている。それを棒に振りおって……退学させられれば一生お前にその悪評がついて回るのだぞ?」
顔を赤黒く染めて激怒する父親を見て、最後の和解の機会を掴もうと意思を固めて前を向く。
自分で出せる、最強にして退路を絶つ切り札を先に使ってしまったのは文雅だ。後戻りはできないし、和解は奇跡に縋るよりも愚かな期待だった。
「私は専門学校への進学を認めて欲しい、でなければ処分を受けてでも高校を退学すると言いました」
「何を言う。お前は大学に進学して卒業後、私の秘書として働かせるつもりだ」
こうして退学処分を受けても、高認試験もあるのだから、まだ大学進学も可能ではある。
しかし文雅が自主退学を選べなかったのも、学校側が自主退学を勧めて来なかったのも、かつて担任と校長に自主退学は絶対にさせないとこの父親が宣言していたからに他ならない。
文雅はあらゆる意味で担任に頭を下げ続けた。相談に乗っていた自分の生徒が退学処分を受けたというのは、あまりにも酷い結末だ。
「……これも何度も伝えました。私は服飾デザイナーになりたい、会社を継ぐつもりはありませんと」
「デザイナーが云々は言わない。私は会社さえ継ぐのなら、デザインだろうがおままごとだろうが好きにしろと言ったはずだ」
それ以上の譲歩など彼の頭にはなく、むしろ自身をなんて寛大なのだとさえ思っていた。母親は文雅を見ることなく、沈黙を貫いていた。文雅と母親はとてもよく似ている。大きく違うのは身長と顎のラインくらいの物だった。
文雅が一瞬俯くと、シャツの胸ポケットから覗いたストラップが彼の視界に入る。
「ゆくゆくは会社の経営もデザイナーも両立させることはできるでしょう。しかし私は、全身全霊をかけてデザインをしたいのです。片手間ではなく、ひたすら打ち込みたい」
「だったら自由な時間を作れるくらいに稼げば良い。お前が偉くなればなるだけ、時間は作れるようになる」
父親の言葉は正しい。レールを敷いて自らの息子に後ろを走れと言い、夢ややりたいことはゆっくり叶えろと告げる。
正しくあれば、悩まずに前を進めるものではない。父親が正しければ正しいだけ、文雅は悩み苦しんできた。若さ故の過ちなら、それでもやらなければ後悔すると決意しての選択だった。
「私に三年だけ時間をください。専門学校を卒業するまでだって構わない。その間にデザイナーとしての芽が出なければ、跡を継ぎますから!」
ずっと対立してきた進路の話し合いで、文雅が条件を言ってでも『跡を継ぐ』と言ったのは今日が初めてだ。これが彼にできる、最後にして最大限の譲歩だった。
「……話にならんな。一年やれば必ず会社を継ぐならともかく、芽があったら続けさせろと言うのか? いつからお前はそんなに偉くなった。大体一年も同い年の人間に差をつけられては、どれだけ不利益が出ることか! いつまでも寝言を言うな、夢から覚めろ」
(わかっていたわ、わかって……なのに、どうしても悲しいしやるせない気持ちになっちゃうのよね……)
「わかりました。今日まで育ててくださって、本当にありがとうございました。退学になった私はこの家に不要な人間でしょう。……私はあなたの望む道を歩けません。申し訳ございません」
深々と頭を下げると、部屋は鋭い静寂に包まれた。
「今まで散々パーティーに出席して家柄やコネを利用してきたくせに、恩を仇で返すつもりなの?!」
「お母様……そう思われてしまっても、致し方ないでしょう。私は親不孝者です、勘当される覚悟はできています」
法的に家族でなくなる覚悟をしている。それが冗談でも何でもないことは、自ら退学処分を引き寄せた彼の目を見れば明らかだった。
「何をっ、冗談では済まないのよ? 正親さん、真に受けないでくださいね。この子は何を言ったかわかっていないのだわ」
「わかってるわ。私たちの進みたい道は絶対に交わらないのよ。これだけのことがあって、何度となく話し合って、言えることは全部言った。もう……終わり」
「文雅、その言葉使いはするなとあれほど言っただろう!! 何故そんなに言うことが聞けない?! お前には頭脳も才覚も器もある、これだけ私たちは将来を嘱望しているのだぞっ」
「――ごめんなさい、こんな息子にしかなれなくて。これからは別の誰か、叶うなら絢華にその期待を寄せてあげて欲しい……」
「文雅、まさかお前が絢華に野心を吹き込んだのではないでしょうね? あの子ったら益々我が儘になって……誰の影響を受けたのかしら?」
文雅は別に両親を嫌ってはいない。それに、父親も母親もそれぞれ息子を大切に思っている。息子の意思を無視してでも、輝かしい将来を用意した……そんな物は愛ではない、と誰かが言ったなら、文雅は反論しただろう。
親からの愛を受けとめられなかった自分を、文雅はいつもどこかで責めていた。
「やっぱり、埒があかないわね。さようなら、お父様お母様……」
文雅はまた自分がこれまで過ごして来た場所に別れを告げた。家と、学校。十代の若者にとっての、世界のほとんどすべて。
背を向けて歩く彼は周りの人間より少し早く、巣立つことを選んだだけだと考えることにした。
夢に近づいて行く姿が格好良いと、かつて彩南に褒められた時のように……ストラップのウサギを取り出すと、文雅の感傷は吹き飛ばされガッツに変わった。
「よーし、やるわよ!」
八割方片づけておいた自室に戻ると、明日にでも家を出られるように整理整頓して行くのであった。高校へは近くのマンションの一室から通っていたので、必要な荷物は少なかった。
残して行く物は、捨てるつもり物のだけだ。そこには、目に見えない絆も含まれていた。




