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ファイナルステージ

 いよいよ舞台は整った。彩南は絢華と共に楽屋でドレスアップしていた。緊張からか青ざめる彩南の顔色をよく見せようと、チークにハイライトを乗せる。


「できました。後は出番の直前に直せば良いと思います」

「ありがとう、絢華ちゃん」


 引きつってはいないが、どこかぎこちない彩南の笑顔に絢華は努めて明るい声で話す。


「今日の彩南さんは今までで一番輝いてます! やっぱりドレスの力ですかね?」

「本当? 嬉しいな……文ちゃんもそう思ってくれるかな?」

「もちろんですよ! それに、お兄ちゃんはよく自分の服を着てもらって嬉しそうなのが、一番嬉しいって話してくれました」

(文ちゃんの作ったドレスで、私が一番輝けるなら……私の喜びが文ちゃんの喜びに繋がるなら、私はこれ以上なく幸せ)

「うん、絢華ちゃん。きっと文ちゃんは喜んでくれるよね!」


 告白がダメだったとしても、不様な姿は見せられない。携帯に付けたカメのストラップを見て、文雅から力をもらうと、彩南は力が抜けて柔らかな表情を取り戻していた。

 スタッフがスタンバイを知らせに来ると、最後にチェックをして絢華が仕上げる。


「では彩南さん、行ってらっしゃい」

「行って来ます!」

「エントリーナンバー三百五番、逆波彩南さんです」


 舞台袖で司会者に呼ばれた彩南は、ミスコンのように弾けるような笑顔でまっすぐ歩いて行く。

 素人を集めたオーディションは、プロのモデルとは別の基準で選ばれる。モデルとしての伸びしろと素人っぽさが求められているのだ。

 本来のモデルは、自分ではなく服をより美しく見せつつ、ブランドのイメージと自分を重ねてもらわなければならない。

 しかしモデルのオーディションは既に行われており、モデルにはない物を彩南たちは求められている。あまりプロらしさや場慣れしている雰囲気があると、不利になる可能性もあった。

 礼に教えてもらったオーディションやライバルたちの情報を胸に、彩南は何千回と練習したヒロインスマイルを浮かべた。


『それでは選ばれし五人の女性が出揃ったところで、今日のファッションのポイントを簡単な自己紹介と共にお願いしましょう』


 会場がにわかにざわつく。これはプログラムにない、抜き打ちの審査だ。自己紹介は皆が用意しているが、ファッションのポイントをとっさに考えてアピールする、モデルとしての能力を試すものだろう。

 マイクが順番に渡されて行く。流石に選ばれた人たちだけあって、あからさまな動揺は見られない……人気読者モデルでグランプリ候補の女性が、身振り手振りを交えて説明する。次は彩南の番。


『皆さんはじめまして、高校三年生の逆波彩南です。普段の私はお友達と一緒にお買い物に行ったりする、ファッションが大好きな女子高生です! 今日のファッションのポイントは、“背丈にあった優雅さ”です。あんまり着る機会がないドレスだけに、ちょっぴり背伸びしたくなっちゃいますよね? でもこのドレスは、デザインはキュートなのに、シルク光沢のある水色がエレガントさを引き出してくれて、特別なシーンに相応しくなっています。小物も、そんなドレスの持つ雰囲気に合わせて選びました!』


 ヒロインなら何を言うか。そして、文雅はなんと言っていたかを思い出して、彩南は滑らかに口を動かした。

 会場の反応は上々だったが、それだけでは安心できない。失敗しなかっただけで良いとして、油断しないように気を引き締め直した。


『皆さんありがとうございました。それでは第一審査に移りたいと思います。出場者の皆さんには、今から専用の小部屋にて用意された『daily up』の服に着替えて頂きます。メイクはそのままでも、手を加えても構いません。制限時間は三十分です。三十分後に一人ずつ舞台に出て来てもらい、『daily up』の服をアピールして頂きます!』


 全員の条件は同じで、先に舞台に上がった人のパフォーマンスを見ることもできない。最悪の場合、同じ洋服を選んでしまうこともあるだろう。

 スタッフに案内された部屋のドアの前に、五人全員が立った。この様子も会場には中継されていて、審査の対象だ。誰も話しかけたり独り言を言う人は居なかった。


『心の準備は良いですか? スタートです!』


 小部屋に入った彩南は、並んでいる服から自分の望む服に近い物を選んで行く。水色のドレスに合わせたメイクでは、服に合わない可能性が高いため、早く決める必要があった。


「うーん、難しいな……」


 何着か目についた物を取り出し、ザッとすべての服を確認した。


(あれ? なんか、文ちゃんが作ったみたいな服……これもそんな気がする)


 『見る奴が見れば、文雅がデザイナーだとわかる』と言った小西の言葉通り、文雅の服を何度も見てきた彩南には、文雅のデザインした服がわかるようになっていたのだ。

 気のせいかとも思うが、文雅が『daily up』のデザイナーである以上、りょう彪斗あきとデザインの服が用意されている可能性は高かった。


「よし、これにしよう!」


 部屋には服だけでなく靴やアクセサリー類も用意されているが、それを無視して化粧台に座った。

 はっきり言うと、彩南はメイクが苦手だ。手先が不器用なのもあるが、三十代の母親のメイクをよく真似していたため、十代の彩南には似合わないメイクの癖がついてしまっていたのだ。

 雑誌を参考にしたり絢華との特訓でましにはなったものの、一番の課題だった。

 三十分間待たされてしまう観客のために、ゲストの芸能人が中心になってトークで会場を盛り上げている。


「みんな可愛かったし、解説もすごかったねー。もうみんなモデルでも良いんじゃないかな?」

「いやいや、気持ちはわかりますけど。一人だけですから」


 そんな舞台の端で、他の審査員に混じって座る文雅は久しぶりに彩南の姿を見て、泣きそうになっていた。着てもらいたいと思っていたドレスを着て、誰よりも輝いている。


「小西さん、あのドレスはあなたの仕業ですか?」


 隣に座る小西はいつもの飄々とした態度を崩さない。


「まあな。お前が未練たらたらだったから、着せてやりたくなってな」


 小西の言葉は彩南に未練が、ともドレスに未練が、とも意味を取れるが、小西をよく知る文雅にはそれがドレスの方を指しているとわかった。


「小西さんらしいですね」

「知ったような口を利く」

「だって、あのドレスを気に入ってくれたから五万も払ってくれたんじゃないですか?」

「そうだな。だが、今や五万を払ったドレスの持ち主は彩南ちゃんだからな」

「え? 彩南が……五万も?」


 いつもお小遣いを使い切っては金欠だと愚痴っていた。文雅が通っていた学校ではアルバイトは休日か、事情がある場合にしか認められていない。

 つまり、彩南はコツコツと何カ月もかけてアルバイトをしてお金を貯めたのだ。文雅はお小遣いの額も知っていた。


「タダだと言われてたら、怒ってたかもしれないとよ? まあ、俺は彩南ちゃんには悪いが『daily up』のことしか考えないで審査するがな」

「私も同じです」


 小西は意味深に笑ったが、話は終わりというように口を閉ざして正面を向いてしまった。


「皆様お待たせしました。三十分が経ち、準備が整ったようです。それではトップバッターの田川なゆさんです、どうぞ!!」


 会場に音楽が流れ出し、アピールタイムが進む中、彩南は深呼吸していた。本番を前に緊張が極まっている。

 ステージを見ることはできなくても、前の人がどれだけ盛り上がったかはわかってしまう。


「続きまして、逆波彩南さんです。どうぞ!!」


 駆け足で舞台に出ると、ポーズを決めて立ち止まる。先ほど裏でつけてもらったピンマイクは、しっかりと彩南の声を拾う。


「『悪役令嬢たちと真のヒロインを探せ!』から、エレーナ・コルティアのキャラクターソングを歌います」


 イントロはワルツの三拍子だった。一人でワルツを踊り出すと、スカートの裾がターンに合わせて美しく翻る。

 エレーナのキャラソンは舞踏会をイメージした曲で、その歌詞はパートナーをヒーローに見立ててリードされるだけのヒロインでは居られない。と自分で選びに行く女の子の勇気を歌っている。

 ゆったりしたメロディはポップスらしさもありながら、最初から最後までワルツのリズムで作られている。一分に編集して、振り付けも協力してもらってアレンジが施されている。


(文ちゃん……怖いけど、でも、これが私の気持ちだよ!)

『私はあなただけのヒロインがいい。勇気でドレスアップしたなら、エスコートは私。きっと優しく抱きとめて。好きが零れないように……踊りましょう』


 絢華と二人でアピールタイムに何をするか考えていた時、息抜きに行ったカラオケで、絢華がこの歌を歌った。その瞬間、これだと直感したのだ。

 音が止み、拍手の中お辞儀をして退場する。見ないと誓ったのに、文雅の姿を目が探していた。

 ぶれて見えないほどの一瞬だったが、その存在を感じた彩南の心臓は舞台に上がる前よりもうるさく高鳴っていた。


「彩南さん! ばっちりでしたね。めっちゃヒロインしてました。さ、着替えとメイクを……彩南さん?」

「あ、うん。時間ないもんね。ありがと、絢華ちゃん」


 審査時間の名目で、十分の休憩になる。その間に出場者は着替えるのだ。これは、元の衣装と同じではなくても良いため、元々の衣装をアレンジしたり、アピールタイムに選んだ衣装で出ても構わない。これも審査に響くようだ。

 彩南がシフォンドレスに着替えると、絢華の手によってヘアメイクが別物になって行く。

 五人が舞台に並んで立つと、司会者がステージを進行する。


「次の審査に参ります。お一人三分の持ち時間で、トークしてください。テーマは決まっておりません。昨日の夕飯の話でも、好きなアニメについてでも自由に語っちゃってください!」


 モデルになったら何をしたいのか? 何故『daily up』を選んだのか? そんな抱負を語る女性たち。

 彩南は四人目だった。最初でも最後でもなく、似たようなことを話せば印象に残らなくなってしまう順番。


「会場にお集まり頂いた皆さん、まずはありがとうございます。私がここに居られるのは、たくさんの人が私に力を貸してくれたからです。お母さんお父さん、学校の友達や先生……中でも一番力をもらったのは、夢を叶えるために背中を押してくれた親友です」


 文雅が目を閉じた。小西はモニターの彩南を見つめる。


「今はこんな大きな舞台に立てるまでになりましたけど、一年前の私は本当に臆病でした。お母さんのようになりたいのに、上手く行かないで悩んでいた私を支えてくれた、その親友に……一番ありがとうと伝えたいです。これから先も、色々な人たちがくれた宝物を持って、今度は私が笑顔や夢を伝えていける人間になりたいです。大切な人たちに誇れるような、そんな私が私は大好きです」

「ありがとうございました。さあ、いよいよ最後になりました。壬生寧音さん、スタートです」


 全員のフリートークが終わった。審査員は五点を振り分けて、会場の観客は一点を誰かに投票する形だ。


「集計結果が出ました。泣いても笑ってもグランプリは一人に決まります! 五位から行きましょう!」


 ドラムロールにシンクロするモニターの映像。全員が息を呑んでモニターに釘付けになっているのに、彩南だけは文雅を見ていた。

 後は天に祈るだけならば、もう我慢せずに大好きな人を見て居たかったのだ。


「壬生寧音さん」


 名前が呼ばれた後、拍手が起こる。

「四位、……さん。三位……さん」


 参加者の名前が呼ばれ、一秒一秒が長く感じた。発表を待つ彩南の手に汗が滲む。モニターを見ていた文雅が舞台に意識を向け……二人の目が合った。


「さあ、最後の二人は同時に発表致します! グランプリは……!?」

「文ちゃん」

「彩南」


 聞こえるはずがない距離で、確かにお互いの名前を呼んでいた。呼ばれた気がした。


「田川なゆさん。おめでとうございます! 準グランプリは逆波彩南さんです。お二人に盛大な拍手をお願いします!」

「グランプリに選ばれて、本当に嬉しいです。ありがとうございます」


 泣きながら喜びを語るなゆの横で、彩南の感情は引きちぎられそうだった。グランプリを取れなかった悔しさ、悲しみ。文雅の横に立てないと思うと、膝から崩れ落ちてしまいそうだった。


「どうも、『daily up』を創ったデザイナーの小西です。えー田川なゆさん、グランプリおめでとうございます。惜しくも届かなかった皆さんも、機会があればぜひ『daily up』を着てください」

「ありがとうございました、それでは専属デザイナーのりょう彪斗あきとさんにもお言葉をいただきましょう」

「田川なゆさん、これから一緒に『daily up』を盛り上げて行きましょう。そして準グランプリだった、逆波彩南さん」

 文雅が彩南に向かって話しかける。なゆは彩南にマイクを傾けた。


「はい」

「あなたを傷つけた私を、許してくれますか?」


 そう言うと、文雅はマイクを床に置いて、さながら騎士のように片膝を立てて跪く。開いた右手を控えめに差し出し、頭を下げた。

 そんな文雅を見た彩南は、抑えてきた気持ちが溢れ出すのに任せ、一歩踏み出した。


「嘘だった、って言ってくれる?」

「……全部嘘だったわ。あれはお芝居で、私は……彩南を傷つけたくなんかなかった」

「文ちゃん。文ちゃん、私……ずっと好きだった。私は、文ちゃんの隣に、居ても良いかなぁ?」


 彩南の震える手が文雅の手に包まれる。


「許されるなら、誰よりもそばに居て欲しい。彩南が好きよ」

「ううん、私の方が、ずっとずっと好きだよ!」

「おおーっ、これはまさかの告白タイム! しかも両思い! 新カップルも誕生しましたね、おめでとうございます!」


 票の内訳を映すモニターには、りょうの票は彩南には一票も入っていない。これなら一応グランプリにもけちはつかないし、話題性は更に高まるだろう。小西は呆れ顔で見ているが、止めないのは親心か。

 先ほどとは打って変わって、喜びと驚きで自分を支えられなくなりそうな彩南に、文雅は慌てて立ち上がり肩を支えた。


「ここまで追いかけて来てくれた、と思って良いかしら?」

「うん、うん、私……文ちゃんの作ってくれる洋服が大好きだから……」

「ありがとう、彩南。でも可愛い彩南の姿は、私だけの独り占めにさせてね?」


 文雅の耳打ちに、何も言えなくなる彩南。受賞者へのトロフィー受け渡しも無事に終わり、イメージガールグランプリは大団円で終了した。


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