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ライバルとヒロイン

 トロフィーを掲げた文雅を、まるで殺しそうな目で睨みつけていた藍司は、雑誌をゴミ箱に叩きつけた。


「八木君、苛つくのは構いませんが、ここは生徒会室です。配慮してください」

「チッ、すまねー……悪かった」


 自分のいつも作業する机に戻ると、パソコンで書類を作成していく。間違いが多いのか、いつもは規則正しいキープッシュの音が途切れ途切れになっている。


「あなたはそんなに藤原が気に入りませんか?」

「気に入る訳ないだろ? お前だって、ずいぶんなこと言われてたじゃねぇか」

「……ぶん殴ってやりたいのは確かです。が……言われたことは図星でした」

「へえ? 認めるのか? “似非インテリ腹黒眼鏡”だったか?」

「違います、似非腹黒インテリ眼鏡と言われたんです」

「一緒じゃねぇか」

「まさか。“似非”がかかっているのは腹黒であって、インテリ眼鏡は事実です」

「自分で言うか〜? ま、秀才でお勉強ができるのは本当だがな」

「彩南に言われましたよ……無理して策士のような行動をしないで欲しいって」

「俺からすれば、好きにさせてやれと思うけどな」

「……本当に資質がある方なら大丈夫なのでしょうが、グレーな情報に首を突っ込み過ぎてましたから、心配は無理もありません」

「おいおい、平気かよそれ」

「平気です。に、なりました……悔しいことに、彩南は騙せていても藤原に見破られましたからね。彩南に止めると誓わされました」


 伸吾はずっと官僚の父に憧れていた。日本の将来を変え、作っていけるのは父のような人だと、勉強を進んで修めて進学校に入学した。

 多少社会の裏事情が覗けるようになると、途端にヒーローだった父親にまつわる怪しげな噂を聞くことが増える。やれ派閥だ献金だ談合だ……もちろん矢面に立っているのは政治家だ。しかし、影には父親の姿があった。

 そんな父を継ぐ人間になりたいと、腹芸まで真似し出したのは中学二年生。奇しくも、ダークヒーローに痺れるお年頃だった。


「なんて言うか、お人好し過ぎていつか足下掬われそうだもんな。情報戦なら、まだ俺のが向いてそうだし」

「はぁ、悲しいですが……無理をして生き馬の目を抜く業界に入る前に、もっと平和な職業を目指すことにしました」

「進路を変えたのか? 今度は政治家とか言うなよ?」

「言いませんよ。研究者か会社員か……具体的には決めてないんです」

「ふーん、まあ彩南の言う通りにするべきなんだろうな。あの野郎はどうでも良いが」


 どうでも良いと言う割には、ゴミ箱を視線で粉砕しそうなほど凶悪な表情をしている。藍司に限っては、ストーカーをされていた経緯もあって、文雅を許したり受け入れたりすることはないだろう。


「どうでも良いんですか。あなたの知らないところで、彩南は藤原を追いかけていますよ?」

「何? どういうことだ? 彩南が何をしてるって?」

「あなたが捨てた雑誌の次のページ。モデルオーディションに彩南も参加するそうですよ」


 藍司はゴミ箱の底から雑誌を拾い上げ、言われたページを熟読し始める。仕事はどうしたと言いたいが、どうせこの状況では手につかないだろう。


「なんだって彩南は、あんな最低な奴を……」

「いじけていないで、本人に確かめてみる他ないんじゃありません? まだチャンスはありますよ」

「……お前は良いのかよ、敵に塩を送って」

「構いません。言ってわかるとは思わないですけど……藤原がいるから、今の彩南が居ます。その彩南を好きになった私では、だめでした」

「藤原と彩南が友達だったって? それと自分の気持ちに関係があるかよ。俺は、藤原から彩南を守る」

「頑張ってください。応援してますよ」

「言われなくても」


 扉を指差して、出て行けと暗に伝えれば、藍司は迷うことなく出て行った。


「彼も玉砕しますか……初めから、勝ち目がなかったなんて酷いですよね」


 傷心を引きずりながら、藍司の分まで生徒会の仕事を片付けて行く伸吾であった。


  †  †  †  †


「会長、この間はありがとうございました。わざわざ写真を撮って頂いて……おかげで、満足いく写真を送れました」

「それなら良かった。俺も対価おはぎをもらったからな、ギブアンドテイクだ」


 何度作って来ても、いつも幸せそうな顔でおはぎを食べる竜成は、とても切れ者の“学園の支配者”には見えなかった。

 彩南が今日呼び出してまで来てもらったのは、お礼をしたかったからだが、それだけではなかった。


「どうしても仁科会長に訊きたいことがあるんです。自惚れだと思ってくださって構わないのですが、何故会長は私を好きではないのに、こんなに文ちゃんのことに協力してくれるんですか?」

「ああ。その“文ちゃん”だよ、少し考えればわかるだろう? もっとも、聞きたいのは何故藤原を助けるのか、というところか?」

「はい。文ちゃんからも会長のことは聞いたことがありません。好奇心に過ぎないんですけど、知りたくて」

「…………あいつと初めて会ったのは、小学生の頃だった」


 お互いに親に連れられて、企業のパーティーに参加していた。挨拶はしたかもしれないが、曖昧なものだった。

 同年代のせいもあって、文雅の噂はよく耳にする。それも優秀で爽やかで紳士的で、ととにかく良いものしか聞こえて来ない。


「文ちゃんって、そんなだったんですね?」

「いや、今もそう思われているぞ。跡継ぎになるかはともかく、才能に溢れてやっぱり認められる人間だ……とな。実家と疎遠になっているのはうっすらわかっていても、藤原家長男なら縁談は引きも切らないはずだ」

「へえ〜。本物のお嬢様がライバルかぁ……うぅ」


 居もしないお嬢様にプレッシャーを感じる彩南に、竜成は優しい眼差しを向ける。


「安心しろ、藤原は社交ではいつも猫を被っていた。逆波の圧勝、勝負にもならない」

「そうかな? うん、ちょっと元気出た。それで、同じ高校に進学するんだよね?」

「そうだった、話が逸れたな。ここに入って、俺は驚いた。パーティーの時とは別人のように、活き活きと女性言葉で話している藤原を見て……あれが演技だったのか、とな」

「演技、ですか」

「聞いていれば何となくわかっただろうが、俺は密かに藤原をライバル視していた。それが見事にオネエで、しかもデザイナーになりたいと公言している」

「それまで会長は、文ちゃんを自分と重ねていた……ってことですか?」

「まあそうだな。でも、本当に楽しそうな藤原を見ていて、心底応援してやりたくなったんだ。因みに、ここまでで接触は顔見知り程度だ……気持ち悪いか?」

「いいえ、真顔で訊かないでください。面白くなっちゃいます」

「ふむ、嫌われるというのもなかなか難しそうだな……俺は定期考査の順位表でも一人で一喜一憂していたし、行事で目立って皆を率いる姿勢にも好感を持っていた」

「だから、あんなに庇ってくれたんですね?」

「そう……それに、自惚れと言ったが、途中まで俺も逆波と付き合いたいと思っていた」

「そうだったんですか? 途中までって、いつまで?」

「マラソン大会で、逆波がルートを外れた藤原を追いかけただろう? つい二人の会話を盗み聞きして、それで……納得した。俺は逆波を通して藤原を見ていたんだな」

「じゃあ会長は協力者じゃなくてライバルですか?」

「何故そうなる! あー、今のは藤原の協力者じゃなくて、ライバルかという意味か。そうだな、認めよう」

「それ以外に何かあるんですか?」

「いや、何もない。理由はこれでわかってもらえたか?」

「はい、よくわかりました」

「……良い女だな、逆波は。俺も早くお前みたいな女と恋に落ちたい」

「会長って、ロマンチストですよね! そんなところ、キュンとくる女の子は多いですよ?」


 彩南の言葉は普通であれば、遠回しに自分をアピールしていると思うが、今の竜成の心はピクリとも動かなかった。


「まただ。そうやって勘違いさせ続ける言葉を言えば、だんだん男はお前を好きになると言っただろう? もっと気をつけろ、襲われてからでは遅いぞ」

「あ、そうですよね。前はこんな風にできっこないと思ってたのに、今は無意識に言ってしまって気をつけないといけないなんて……やっぱりどんくさいなぁ、私」


 意外にも、彩南に男の気持ちを甘く見るなと最初に忠告したのは竜成だった。真剣な友達複数と無自覚な彩南を見て、文雅が退学した直後に話をした。

 これまで誰も行動に起こさなかったのは、文雅が居たからに過ぎない。真剣に付き合うか断るか考えて欲しいと言われてから、彩南はなるべく誑かすような台詞は言わない努力をしていた。


「逆波、電話が鳴っているようだぞ」

「あ、本当だ。ちょっと失礼します」


 ベンチから立ち上がり、彩南は電話の相手に相づちを打つ。

 竜成はそのマラソン大会から、文雅の問題行動は理由があるのではないかと調べさせた。しかし手に入った情報は、以前から親と進路でもめているという、いきなりの問題行動になりそうな逸脱したものではなかった。

 しかし今こうして考えてみれば、文雅の思い通りになっている。予想外なのは、彩南が一途なことだろう。


「うん、わかった。そう、高平公園の……奥のベンチ。じゃあ待ってるね」

「誰か来るのか?」

「はい、なんか藍司が話したいことがあるとかって。どうしたんでしょうね? 最近はメールもなかったのに」

「なるほど、では俺は帰らせてもらうとしよう」

「どうしてですか? あ、この後ご用がありました?」

「邪魔者にはなりたくないから、先に消えておいてやるのさ。それと江本を手伝いに行く」

「まだ生徒会のお仕事があったんですね、頑張ってください。会えて嬉しかったです、また連絡くださいね」

「ありがとう、またな」


 おはぎの箱をきっちり鞄に詰めた竜成は、颯爽と帰って行った。

 しばらくメールを返して時間を潰していると、竜成が去った道から今度は藍司がやって来た。彩南が手を振ると、ダッシュですぐそばにたどり着いた。


「彩南、さっきまで誰かと居た?」

「うん、仁科会長におはぎをプレゼントしてた。でももう帰ったよ」

「そっか……それなら良い」

「会って話したいことって何かな?」

(こんな時、ヒロインは無邪気な顔をする。告白してくれた男性と二人きりなのに、その意味を考えない……私にはわかる。藍司の話したいことが何か)

「あのさ、彩南がモデルオーディションを受けるって聞いて……確かめたくて」

「本当だよ。もう書類は送っちゃったんだ」

「それって……藤原は関係ないよな? 偶々、もしくは知らなかっただけだよな?」


 そんな訳がない、とわかって居ながら藍司は希望を見いだそうとする。彩南は首を傾げた。


「もちろん狙って応募したんだよ? だって言ったじゃない、私は文ちゃんが好きって」

「どうして奴なんだ! せめて会長とか……何もあんな男好きにならなくて良いだろ?! 彩南には相応しくないっ」

「私に向かって……文ちゃんの悪口言うつもり?」


 悔しげに顔を歪ませて、押し黙る藍司。


「今彩南は藤原を好きかもしれないけど……俺の方が彩南を好きだ。彩南を幸せにできるのは、俺だ」

「藍司の気持ちは凄く嬉しい。ただ……私の一番は文ちゃんなの、藍司じゃない。わかって」

「わからねぇよ!」


 彩南の肩を掴み、顔を間近に寄せる。走ったせいで荒い息に、彩南は困惑したように顔を逸らした。



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