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追いかける者

 文雅と千太の邂逅から一週間が過ぎた。ずっと彩南からのアクションを警戒していたが、何事もなく時間は過ぎていた。

 KONISIは新たな若者向けのブランドを起こし、名前を売るために大きなイベントを開催していたため、最近の小西は多忙だった。


「お疲れ様でした。最近はこもりっきりで大変そうですね」

「まぁなぁ、頂きますっと。それよりお前、今日からの新人デザイナーのコンペに応募するよな? もうしてるか?」

「え? いえ、仮にも身内のような立場ですし、応募しない方が良いかと思っているんですが」

「ウチはそんな甘い審査をするつもりはないぞ? 一次予選はデザインのみを見て決めるから、名前でそれとわからないようにすりゃ良い」

「……小西さんにそう言ってもらえるなら、ぜひ出たいです」

「一次で落ちて泣くはめにならないよう、せいぜい気合い入れて描くんだな」


 その日から文雅は、彩南のことも絢華のことも忘れてデザインに没頭した。自由に使える時間はすべてデザインに役立つことに使った。

 新人デザイナーコンペには多数の応募があり、一次予選で半数近くが落とされた。結果はKONISIの公式ホームページで発表され、そこには文雅の――りょう彪斗あきとの名前があった。

 おかしな名前の由来は単純で、母親の名付けにあやかって“あや”と読める字を使いたかったのだ。

 彩南にあやかった訳ではない。ましてや絢華……そう、彩南と絢華からこの名前を付けたのだ。


「小西さん、通過しましたよ」

「そうでなきゃな。俺はコンペが終わるまで、ホテルで寝泊まりすることになった。生活費はおいて置くから、無駄使いすんなよ」

「わざわざホテルでですか? 何か理由でも?」

「バーカ、いくら贔屓しないっつっても一つ屋根の下は問題になるかもしれないだろ? 親心だと思え」

「そ、そこまでご迷惑をかける訳には。私が別の場所に行きます」

「意味ねぇだろ、それじゃあ。藤原の目もあるし、自分の歳考えろトシ」


 未成年の文雅がホテルに連泊すれば、数日はともかくだんだんと怪しまれるだろう。もちろん変装し続けるのも現実的ではない。

 言いたいことが理解できても、迷惑をかけ続けている事実が文雅に納得を躊躇わせた。


「ですが……こんな、厚意に甘えてばかり居て……」

「申し訳ないのか? だったら辞退でも何でもしろよ。デザインに打ち込みたいって家を出て来たんだろ? 余計なことは考えんな」


 文雅は自分のやりたいことと、して来たことを思い出した。服をデザインして着てもらえた瞬間の喜び、親に進路を決められていたこと。罪を犯してまで、打ち込みたかった夢。

 どうして今ここに居るかを思い出したその瞳からは、申し訳なさは消え強い意思が宿っていた。


「わかりました。とことん甘えさせて頂きます。ありがとうございます」

「枠は二枠あるが、トップでなきゃ雇ってやらねぇかんな?」

「望むところです。参加を決めた時から、一番しか狙ってません」

「よく言った」


 そして二カ月あまりが経ち……文雅は宣言通り、最優秀デザイン賞を勝ち取った。最終審査ではデザインした服を作り、自分で身にまとうという方法だったが、会場中が文雅に釘付けになる素晴らしい服だった。

 落選したデザイナーたちは、どうしても贔屓されたんだろう、八百長だろうと囁いたが、それらを黙らせる才能を見せつけたのだ。

 短い期間で新作を上げられる力、デザイン力、流行に流されるのではなく生み出す熱。すべてで他を圧倒した。

 最終審査を勝ち抜いた服は、新しくオープンした店のウィンドウに飾られることになり、名前を売るイベントは大成功に終わった。


「いやー、久々の我が家だ」

「お帰りなさい。そして、二カ月以上も支えてくださりありがとうございました。おかげさまで、全力を出し切ることができました」

「おう、良いから飯用意してくれねぇか? ホテルの気取った飯は性に合わねえ」

「はい!」


 文雅から何の連絡も来ない絢華は、文雅がコンペで最優秀賞を取った記事を読んで愕然とした。『daily upの新人デザイナーはオネエ系。彼の活躍に期待が高まる』カラーページの特集になるだけあって、写真ではっきりと文雅の顔がわかる。


「私、完っ全に忘れられてる!」


 彩南に文雅へ電話をした時の話を聞いてからずっと待っていたのに、雑誌の中で誇らしげにトロフィーを掲げる文雅を見て……絢華はキレた。


「お兄ちゃんったら酷い! 妹に電話一本よこさないで!」


 と憤慨したは良いものの、連絡は取れない。会社に行ってもアポイントもない小娘では、受付で簡単に止められてしまうだろう。妹だと言っても、それだけで通してもらえるはずがない。

 冷静に事態を受け入れた絢華は、一番文雅に会いたい人に協力を頼むべきだと考えた。


「彩南さん、この雑誌は見ましたか?」


 二人はカラオケの個室で向き合った。照明をなるべく明るくして、雑誌を手渡す。


「うん、見たよ。凄いよね、流石は文ちゃんだよ」

「それだけですか? 私にも彩南さんにも、あれ以来何の連絡もなし。どうしてコンペが終わる前から行動を起こさなかったんですか?」

「あのね? 小西さんに言われたの。文ちゃんが好きなら今は放っておいて、デザインをやらせてやれって」

「……小西さんとお知り合いになられたんですか? いきなり問い詰めたりしてすみません、興奮してしまって……良ければこの二カ月何をしていたのか、教えてもらえますか?」

「うん、私も絢華ちゃんを除け者にしたかった訳じゃなかったんだけど、ごめんね。小西さんとの約束だったから」


 彩南はあれからも何度か小西宅へ電話をかけていた。そして小西と知り合い、色々な話をしたと言う。

 文雅の選んだ道は、デザインであり彩南ではない。文雅の悪質な振る舞いはわざとであった。今は彩南に会うことを望んでいない。

 小西は残酷な言葉を選んで語り、彩南にそれでも文雅を追いかけるのかと問うた。


「私はたどり着いて、隣に立つって答えたよ」

「じゃあ、お兄ちゃんがどこに居るのかわかっていて、何もしなかったんですか?」

「あはは、何もしなかった訳じゃないよ。文ちゃんに全力を出して欲しかったから、私は私にできることをした。それは文ちゃんの前に現れて邪魔になることじゃなかっただけ」

「……わかりました。だったら、コンペが終わった以上、次は何かをするって意味ですよね?」

「うん、私はヒロインだから。大好きな人に大好きって伝えなきゃ、笑顔になれないよ。自分も他の人もね」


 絢華の中にあった、理不尽への怒り……みたいな物がなくなった。絢華は連絡があると信じて待っていただけの間、彩南は文雅に近づく努力をしていたのだ。わかってしまえば、自分の怒りは子供の我が儘だと恥ずかしくなるほどだった。


「エレーナに似ているって、本当ですね」

「ん? もう一回言って」

「素敵な女性だなと思って。私も、待ってないで私にできることをやるべきでしたね」

「それは文ちゃんのが悪いよ。絢華ちゃんは文ちゃんの連絡先は知らないのに、心配させておいて放置なんだから」

「文句言ってやらなきゃダメですよね!」

「そうそう、それでこの雑誌だけど、次のページは見た?」


 彩南がページを捲ると、そこには『新ブランドのイメージガールをオーディションにて募る!』という見出しが踊っていた。


「この新ブランドって、『daily up』のですか?」

「そう、デザイナーの次はモデルを決めるんだって。事務所所属のモデルさんと、一般人とこれも枠が二つあるんだ。だから私、一般人でグランプリを取って、無理やり文ちゃんの視界に入ってやる! って決めたの」

「そんな……回りくどいこと、しなくても良いんじゃないんですか?」

「確かに回りくどいよ? でもさ、同じ場所に立つって言った以上、これくらいのことはしないと。それに……諦められないの。文ちゃんにも顔を見せるなって言われて、会いたくないって別の人からも教えられて……見苦しいことを繰り返してるのもわかってる。……だから最後にする、これで無理だったら、きっと諦めがつくと思うんだ」


 さっきまで自信満々で、余裕な態度を見せていた彩南は一転して涙を滲ませていた。


「彩南さん……そんなに、兄のこと……」

「ううん、こんなの自己満足でやるだけ。……本当は文ちゃんに相手にされてないんだろうけど、後悔したくなくて」

「わかりました。私にできることだったら、何でも言ってください! このオーディションに勝ち残って、目に物を見せてやりましょう!」

「ありがとう、絢華ちゃんはどうする? このオーディションに参加する?」

「しません。ライバルを増やしてどうするんですか? それに本当は、会おうとすれば会えるんです。きっと絢華だって言えば、電話でも話してくれる。だから、甘えて拗ねてただけなんです」

「そっか。……じゃあ、歌おうよ。せっかくカラオケに来たんだから、歌わなかったら損だよ?」

「はい、乙女ゲームの歌なら任せてください!」


 乙女ゲームの歌を歌う絢華に、アイドルと女性歌手、演歌を混ぜて歌う彩南。

 それから二人はメールでオーディションに向けて対策を練ったり、買い物など頻繁に会うようになった。

 最初の書類審査で通るかどうか、彩南は希望の薄い自分の恋を、オーディションにかけた。それは諦めるためなんじゃないかと、絢華は薄々考えながら何も言わないでいた。



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