3.鼻提灯
順番が来たので扉をあける。そこには鼻提灯を膨らましてウトウトとしているおじさんがいた。
茶色の着物を着て紫色の座布団に座り、扇子を片手にもっている。
落語家風だ。
ちょっと肩をゆすっておきてみないかと起こしてみる。
「ッファ・・・・まだ朝飯は食うとらん」
なにをいっているのか。寝ぼけているのか。
もう一度ゆすってみることにする。
「だから朝飯は洋食がい・・・・・おや・・・お客さんかい。」
やっと気づいたようだ。
「ふむぅ・・・色々あるものよのぉ・・・お前さんかい・・・・どれ・・・昔ここから少し離れた神社の話をしてくれよう。」
京都にぁ昔。罪人を処刑して出来たぁ生首を三条大橋の下の川沿いで見せしめとして下々の民に公開していたことがあってなぁ。
まぁ、生首並ぶなんたぁ良いもんじゃねえんだけどもよ、やっぱり人間興味が沸いちゃうもんだよなぁ。
毎回そんな日にゃあ人が押し寄せてごったがえしちょった。
そんで毎回毎回生首が晒され罪人が裁かれる時代が続いてな。
ある時、たたりなんかぁ、ばちがあたったんかぁしらねぁが生首見物しにきちょったぁ群衆をすべて川に突き落として川を増水させるほどの通り雨がおきたんよ。
そりゃぁもうえらいこっちゃった。
みな晴れた天気に雨がふっちょったからすぐに止むやろう思ったんやろう。
誰も雨降ったからってぇ特別非難するようなやつぁおらんかった。
じゃけんど雨は確実に強うなっていく。晴れた天気の中川の水が濁り、勢い増して濁流となっちょる。それでも見物しとる野次馬どもはぁきにせんかった。
この首がどんな罪を着せられたのか、いったいどんなやっつだったのか話のネタにして夢中になっちょる。
ほんでついに、雨だけじゃのうて風も三条の大橋に吹き荒れはじめるんよ。
吹き起こる風は野次馬の髪を強くなびかせ、こん時気づいた野次馬が空をみあげるとあんなに晴れちょっと空が真っ黒にそまっちょった。
しかもそん時の雲ってのはぁ手を伸ばしたら届いちまうんじゃねぇかってほど近くまで降りてきててな。
そろそろ雲行きが怪しい、帰るかってみんなが言い始めたころだよ。
階段を昇り石垣をこえようとする野次馬たちの前に大きな竜巻が渦をまきはじめちまったんだ。
そんなもん誰も渡れるわけがねぇ。近くに建っていた建物なんかは風で屋根がふっとんで川に落ちて行ってしまったくらいだ。
相当強い竜巻だったんだなぁ。
あわてて他の野次馬共も少し離れた階段へと早足になって逃げていくぁ。
だけどこれまた不可思議でよお、生首を中心として橋の上にも河川沿いの道にもよう、竜巻があらわれちったんだよ。
いやぁ・・・まいったね。川を渡って対岸線に行けたらそっちの階段には竜巻はなかったんだけどもよう。
濁流の勢いました鴨川に飛び込むなんてやつぁ、一人もいなかったねぇ。
河川沿いの道にいたやつらはぁその場で立ち尽くしかぁない。
だが大橋の上に立っていたやつらなんだけどよう。
この後どうなったとぉ思う?
橋の両端から竜巻がぐんぐんと迫って野次馬を次々と飲み込んでいってしまったのよ。
まぁ・・・・悲惨だったねぇ・・・あれは・・・・いったい彼らがなにしたっていうんだい。
とくになんもせず生首を上から見ていただけじゃないかぁ・・・ねぇ・・・。
でもそんな野次馬の気持ちなんて竜巻にとっちゃあおかまいなしよ。
次々と野次馬はのみこまれていってぇしまうさねぇ・・・。
んでその竜巻に飲み込まれた奴らわぁ空高く、どす黒い雲んなかまで吹き飛ばされっと、ボタボタと川の底へと吹き飛ばされてぇ沈んでいったんだわぁ。
これでぇ橋の上のやつらっちゃあ全滅よ、全滅。
空へと吹き飛ばされたあ人間が何人いたかぁなんて数えもしねえが吹き飛ばされた奴が降りてくるのは全員川の中だったぁ。
こんなのみちゃえば河川沿いの人間も慌てふためくよなぁ。
仏の祟りやぁ、イエス様の祟りやぁ、生首の呪いやぁ。
野次馬みんな、いるかどうかもわからんなにかに助けを乞うておったのぉ・・・。
まぁそれでも目の前の竜巻は着実に野次馬を追い詰めて行きよった。
みんな一か所に集まってこれからどうするかぁ話しおうちょる。
でもなぁ・・・やっぱり自然の驚異ってなぁ逆らえへんもんや。
生首が竜巻にまきあげられて空高く昇って行ったときのことやぁ・・・。
空が真っ赤に光ってなぁ。
そこら一帯めがけて大きな雷が落ちてきたんや。
こらぁもう生首の祟りやぁ生首の祟りやぁなきわめいとったわ。
ほんで雷が野次馬らめがけて降り注ぐ。
何度も、何度もや。
そいつらの死体が真っ黒になってぇ誰も動かん消し墨になってしもうた。
ほんでいよいよ竜巻はそいつら巻き上げて川の底へと突き落とす。
離れてみとったやつらいわく、そこら一帯だけ黒い雲がかかっていたそうや。他は全部っ晴れとった。
嘘か本当か、生首が雲の中でういちょったっていうやつもおる。
それから生首の呪いの話はいっきに人民にひろがり地主の耳にもはいってくる。
地主は詰所の役人と相談したのち、ある偉い坊さん雇って祇園に神社を立てたそうやわ。
生首を蔑み見せしめにした呪い。
それは坊さんいわく、何年もつみ重なった怨念が霊化し、悪霊となった霊がおこしたものではないかとおっしゃっていたそうや。
いやぁ・・・怖い怖い・・・・罪びとであれなんであれ、死者を冒涜するとなにかしらバチがあたるもんなんやねぇ・・・・。
ほんでなぁ・・・話しはここで終わりじゃないねん。
その何年後か、そこに植えられた神樹が社を超えて成長したころや。
神社には神樹として五本の木が周囲に埋められたんやけど、ある時男が一人、真夜中にそこへ迷い込んでしまってん。
その男はぁなんか声がする・・・声がするいうて誰の制止も聞く耳もたんとそこへきた。ほんで神社の入口へきたときや。
「おいでくださいませ」
そう書いてある白い紙が目の前に捨ててあった。
男はそれを手に取って社のなかへと、なんでかしらんが疑うことなくはいっていきよる。
ほんでみたそうや。
木娘ってぇ知ってるか?。
神社の大木がぁ夜中大きな女の巨人に見える。妖怪、幻、迷信みたいなぁもんだ。
男はあわてて走って逃げたそうだ。
男が言うにはいきなり白い着物を着た女が五人現れ手には顔のない生首を大事そうに抱えていたという。
そして女どもは首に赤い紐をくくりつけていたのをみたきがするともいっていたぁ。
翌日、その見たってさわいじょった男は誰にもみとられずに首に赤い紐をまきつけられて、息をしていなかったらしい。
まぁ・・・本来木娘ってぇのはよ、神社にお参りに来るたくさんの人々のお願いが神霊化したものなんだよな。
だから出会いをつかさどる神社なんかぁいって木娘をみることができると、翌年には結婚成就間違いなしなんて噂もたっていた時がある。
たぶん・・・おそらく・・・そんな生首をまつっていた神社へお参りにくる人間ってぇのは恨み辛みを吐き出すお願いばかりしていたんだろうなぁ・・・。
本来幸運の証である木娘なのに、みちまったその男はその願いに殺されちまった。
皮肉なもんだねぇ・・・・。
っま・・・話はこんぐらいだ。どうだい、ちょっとは涼しい風に当たれたかい?
おじさんは座るその台から立ち上がると後ろに立てかけられている絵馬をとって渡してきた。
「ほい、これは話を聞いてくれたプレゼントだ、次の部屋へ行くと立てかけるところがあるから願い事を書いておいていくといい、きっと叶うぞ」
最後にこの部屋を進んだ廊下に床を突き破って生える途中で折れた木が生えているという。その木は木娘がたまにでると伝説になっていて、最後じっくりみるんだぞと念をおされた。
「ほんじゃあなぁ・・・いい旅しろよぉ・・・」