19.
四方の支柱に紐が括り付けられ、自分を中心としてその紐が交差して括り付けられている。支柱と地面にはなにかみたことのない、文字、かなにかが刻まれていた。
その場所は先ほど入った社と同じような広さで、その社とおなじように扉が一つ用意されている。
扉の向こうに先ほどの鬼なんていないだろうか。耳を扉にあてて、音を探ってみる。・・・・無音。
静かに扉をあけて、片目でこっそりとその先を確認しようとする。だがその扉は固く。開きそうで開かない。なにか、くっついているように、がたついて扉は力いっぱい引っ張ることで動きだす。
ほこりが上から横から舞い上がり、やっとのことで開いたその扉。
廊下だ。
それも見たことがあるような、はじめここへ来たときに何度か通らされたあの廊下だった。
入口には一本の燃え尽きかけたロウソクが壁に置かれている。
そのまま見渡してもなにもなく、あたりを警戒しながらその廊下を進むしかなさそうだ。
少し長めのこの廊下、進んでいくとそこにはまた扉が一つ置かれている。
もう一度、耳を澄ましてその先を警戒した。やはり音はしない。なにかいる気配もない。
ゆっくりと、その扉をあけてみた。
「あじゃ・・・・・。あじゃあじゃ。」
そう言っておどろいた顔を見せるこの老婆。一番初めにこの場所へと着て案内をしてくれたその人だ。
なにか興味深そうにこちらの様子を伺っている。
どうやら、やっと、やっと帰ってこれた、のだろうか。あたりを見渡し、初めに入ってきた場所だよなともう一度確認をする。
そうだ、ここだ、帰ってきたんだ。やっと帰ってこれたんだ。
もう帰る。今すぐ帰る。こんなところ、もういたくない。
初めに荷物をしまったロッカーへと一目散に向かって自分の荷物を確保する。そしてこちらを向いて黙って見つめるこの人を置き去りに黙って出口へと向かってやった。
「あじゃあじゃ・・・・。おまちを・・・。おまちを・・・。」
老婆は何かを言っているだがそんな言葉に耳は貸す気もない。
こんな辛い目にあう場所などもういてたまるか。そう思い出口の扉に手をかける。
扉が、開かない。
何故だ。どこにも鍵が施錠されているような場所は見当たらない。
なぜだ。早く、早くここからたちさりたい。開けろ、開けてくれ。
「申し訳ございません。本館は最後までお楽しみいただけぬと出ることはかなわないのです。」
老婆はそう言う。
ふざけるな。こんなにも走りまわされ追いかけられ、体に傷まで負わされてなぜ最後まで付き合ってやらなきゃいけないのか。
「傷・・・でぇございますか。はてやて、お客様のお体は綺麗なままかとお見受けいたしますが・・・。あぁ・・・そうでございますか。いやはやはてはて、錯覚するほど当館をお楽しみいただけたのですかな。いやぁ、うれしうございます。」
老婆はこちらの体を下から上からじっくりと顔に手を当ててみてきたかと思うとそんな事をぬかしてくる。
綺麗なままだって、そんなはずはない、歯型も、体中の傷もこの通り。
この通り・・・・。
・・・あれ、傷どころか、破れ、ちぎれていたはずの衣服も、綺麗なままに、元に戻っている。どういうことだ。
「あじゃあじゃ、お客様は本当に運がよろしいご様子。そんなに戸惑うほど楽しまれてこられるとは。楽しかったかい。」
楽しい訳なんてない、いきなり襲われて追いかけられて走りまわさせられて、冗談じゃないと言ってやる。
もう二度と、こんな場所にくるもんかとそこにいるその老婆に吐き捨ててやる。
老婆が、少し顔を下に向けて、小さく笑った。そして老婆は口を動かし始める。
「あじゃあじゃ・・・。それはそれは・・・。では手短に、最後の小話を昔話を一つさせていただきまして終わりといたしましょう。最後にしばし、お付き合いくださいませ。」
昔々、あるところに、話好きの者がおりました。
その者は日本各地を転々としてその場で奇妙な話を路上で繰り出してはその地の人々を沸かせて楽しませていたそうです。
そんな者がふと寄ったある町のこと、一人の子供が言ったんですよ。
もうこの話は聞けないのですかい。もうこれっきりなのですかい。
いやぁ、うれしかったですねぇ。すごくすごくうれしかったです。
それに者は答えました。また来ましょうと。明日も来ましょうと。
約束ですぞ。子供はいいます。楽しい話を聞かせてくれよ。子供は言います。
えぇ、約束ですとも。者は答えます。
子供はそん時たいそう喜んでくれました。それ見て者も自信が沸いてきます。
今日はもうこの辺で、あたりが真っ赤な夕焼けでした。そろそろ帰らなければ次期に日が落ちます。そう言ってその時はまた明日と別れを告げました。
翌日の事です。約束を果たしましょうと宿舎の外に顔を出せば曇り空。
あじゃあじゃ。雨が降っちまったら話す場所もないかもしれないねぇ。
そう思います。
ですが約束は約束、昨日とまた同じ場所へ、細い水路を跨ぐ、小さな橋の上へと舞い戻りました。
小話をいくつか繰り広げて昼が過ぎ、長い長いおとぎ話が一つ終わったところです。あたりは薄暗く客も帰り始め、じきに、雨もふりはじめました。
あれまぁ、昨日のあの子供は来なかった。いやぁどうしたのだろう。体の体調でも崩してしまったのだろうか。仕方がない。また明日、明日だけもう一度来てみようか。そう思ってまた宿舎へと戻りました。
翌日の事です。さぁ今日こそはと外に出てみれば雨は晴れ上がり、清々しい働き日和の良き天気。
昨日はその子供のためにとっておいたとっておきの小話ができなかった。今日こそはまたあの子供を笑顔でいっぱいにしてやるぞ。そう意気込んでおりました。
ですが今日も、その子供は現れてはくれません。
あじゃあじゃ・・・。そろそろ次の街へと行きたいのだが・・・。
者は果たせぬその約束に焦りが出始めます。その者は少し固い者。約束や決まり事にはとても繊細に考える者でした。若さ故なのか、その者の個性であったのか。とにかく子供の前ではなおさら正しき者でありたかったその者。
次の街への意気込む心を締め付けて、明日こそ、明日こそはくるんだろうとまた宿舎へと者は帰ります。
翌日も子供は来ません。その次の週も、その次の月も年が明けたその日にもその子供は再び私の元を訪れてくれることはありません。
約束。それは口約束。そこには証拠は残らない。二人だけにしかわからないその約束。
もう忘れてしまっているだろう。もうその子供は覚えてはいないのだろう。だがもし、もし何か理由があったのなら、本当は来たくても何か病のような理由でこれないのだとしたら。
者は約束に縛られ、悩み続け、ついには持ち金がなくなるその時を過ぎても毎日通い続けます。
あの子供のために、笑ってくれた、その子のために。
者はついには、橋の上にて倒れました。金もなく、食うものもなく、体が日に日に弱っていったせいなのです。
これもあの子供のせい。あの子供が来ないせい。約束を果たしたかった。それだけなのに。
者は、雪が背につもり顔が雪の中へと沈むにつれて意識を遠のきます。
薄らぐ視界に体を擦られ聞き覚えのある人の声が聞こえました。
目をぐるりと起こしてその先を見れば、子供がいます。それはあの時の子供でした。あぁ、やっと出会えた。やっとこれで約束を果たせる。
弱り切ったその体もその子供を見て力が沸いて起き上がれます。
子供は言いました。
大丈夫ですか。どうしたんですか。家はどこなのですか。
あじゃ・・・。あじゃ・・・。忘れているのだねぇ・・・。
あの時よりも一回りも、二回りも大きくなったよこの子供。どれくらいの時を待ったことか、そりゃあ忘れてしまうのも無理はないのかもしれないねぇ。でもいいんだ。約束を果たしてやりたいだけなんだ。
聞いてくれるかいとその子供の肩に手をやる。
そしてあの時話せなかったとっておきの話をそいつ一人しかいないこの橋の上で聞かせてやる。子供は者の腕を抱えて歩き、黙って聞いてくれた。
最後の力を振り絞って話してやる。もうこれで死んでもいいとも思った。やっと、やっと話せたのだから。良かったと心の底から思った。
最後の落ちを話し終わり、子供の顔を見る。
その子供は前を向いて歩き続けていた。
どうだったかいとその子供に尋ねると子供は答えてくれます。
なんのことなんだと。
何という事か、幾年も待ち続けたその子供はいざやっと、話せたと思うたら聞いてはいないではないか。いったい何故こんなにも、弱りきるまであの橋の上で突っ立っていたと思っているのか。
子供はそんな事よりもと、何故あんなところで倒れていたのかと者に問うてきた。
者は静かに怒りに駆られていました。お前だと、すべてはお前のためなのだと。
者はそれには答えずにその子供に問いかけます。
今までにこの地を離れていたことはあるのですか。何か、重い病にかかったことはあるのですか。そう問います。
子供は答えました。そんなことはない。ずっとここに住んでいる。ここから離れた事も一度もないし、体もなんともないさ。ばぁさんのほうが俺は心配だ。そう言います。
者はもう一度問います。昔あの橋で、面白い小話をする者をみなかったかい。
子供は答えました。さぁ、あんまり気にしてみてないからわからねえなぁ。
者はそれから黙ってしまい、子供につられるままどこかへと向かいました。
子供はどこへ連れてってくれるのかと思うと街の医者へと連れてってくれたのです。
子供は言いました。とりあえず医者にみてもらえと、明日またくるからと。
者は答えます。ありがとう。もしよければ名前と住んでいる場所をおしえてくれないか。そう言います。
子供は何故かと問い返しました。ですが者はお礼がしたいのだとその子供にせがみ、懐からだした和紙と墨で書いてもらいます。
ありがとう。もう一度者は子供に礼を言います。
子供は笑って立ち去ろうとしました。
者は最後に声をかけます。
お礼に楽しい小話を届けにいくと。必ず楽しかったと言わせてみせると。
楽しかったと言わせるまでもう離しはしないからなと。約束だからなと。
子供はすでにその場を去っていき、雪の中へと消えてしまいきました。
その場に取り残された者は、一晩だけその医者の計らいで泊まることはできます。ですが金もなかったのでその次の日には立ち去ることになりました。
その夜、者の止まる家ではなにやら静かに物音が鳴り響いていたと言います。そしてそれは屋根を渡り、他の家の者たちも幾人か物音を聞いた人がいたらしいです。その医者の家ではその日の夜に包丁がなくなったとか言う騒ぎにもなりました。まぁ、それはどうでもいいことなのですけれど。
翌朝。者は泊めてくれた医者にも会わず、すでにそこを離れ、街を離れてしまいました。
あの約束はどうなってしまうのか。気にはなります。
者の右手には耳二つ。
左手で抱えた風呂敷の通る後には赤い斑点がポタポタと跡をつけて進んでいきます。
気づいた誰かはその者の跡を、赤い斑点を追ってその者を追ったそうだ。
ですがその赤い斑点は、近くにある山の中へと消え、川の中へと途切れてしまったのだそうです。それ以来、あの橋の上で小話を続けるあの物は何処に行っても見かけられる事はなかった。
この話はそれで終わりです。続きはあってもそれは誰もしらない。者の話で垣間見れるは約束を果たせなかった者。ただそれだけ。それを見るものは眠りと共にその話を聞くことになるでしょう。
「あじゃあじゃ・・・。すまないねぇ、落ちもなにもない、ただ約束は守ろうねェっていう話だよねぇ。これで終わりさ。」
この話が終わって扉が少し開く、何かが外れた音がした。
それを見計らい、もう振り返ることはなくその屋敷を抜け出す。




