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11.

 老婆は手を振り払い子供らに指を向けて話し始めた。

 

 あの鬼はなぁ、いろんな意味での人間の大人の変わりさ。

 見てみろや、みんながみんな石を積んでいるわけじゃねぇ、この仕打ちに耐え切れなくて、もう積むのをやめちまったぁガキもいる。そういうやつらは生きていた頃にも逃げ出しちまったりしてここにいるのさ。

 やめちまったら今度、ガキは川に落とされる。川の主に魂を食われて、生きていたころの後悔を再び味わい、またこの場に戻されるのさ。そんでそれが嫌で必死になる奴もいればなぁ。

 まだうなだれるガキもいる。そん時はもう地獄へと行ってもらうしかぁねぇ。

 人生ってのはぁ小さいことの積み重ねで出来上がっていくもんだぁ。

 たまぁに大きな石が近くに転がっているかもしれねぇがそれを拾うには力とそれを他の人間よりより早く見つける運もいる。

 そういう競争と苦労から逃げてきたこいつらにはぁ一度や二度の苦労じゃあ魂は清められねえ。また繰り返しちまうもんなんだ。

 人生は死んで逃げていいもんじゃねぇのさ。積んで積んで、それが崩れてもまた積んで、最後また新たな土台迄作ってやってやっと終わりがみえてくる。

 理由はそれぞれ違うだろう。いたしかたない場合もあるんだろうさ。

 だがここでのルールは絶体だ。

 逃げてきた人間にやぁ試練を。苦痛を。辛苦を与えることが決まっている。

 それを、人生をもう一度見定めるこの場所を汚すのであればここの決まりに従ってお前さんもこっちに来てもらうしかねぇ。

 最近はここで止まって橋を渡れない人間が多すぎるのよ。

 そんでもなぁ、もう一度ここで石をちゃんと積んでくれりゃあいつでもあたしらは川渡ししてやるってぇのによ。

 あいつら全部投げ出して少しの可能性にも頼らないで迷わず地獄行を選びやがるんだ。すべてをあきらめすべてを投げ出しすべてが嘘偽りの狂言だとぬかしやがる。

 どれだけ生きている間に騙され裏切られ魂を切り詰めたのかねぇ。ガキどもは決して罪を犯したわけじゃぁないのによぉ。

 この世に生まれただけでケガレテこの場に舞戻り、苦痛と共に清められるかぁなんもしてねぇのに罰を受けなけりゃぁなんねぇ。

 あたしだってねぇ、この子達の世話なんてしたくぁないんだよ。

 できることならさっさとみんな渡しちまって川辺をスッキリしちまいたいもんさ。あんたもわかってるんだったら喋っちゃいけねぇよ。仕事を増やさないでおくれや。

 歳は取りたくないねぇ、無駄に多く話しちまった気がするよ。

 最後に決まり事だから教えておくからね。夜の決まりごとは呼吸を止めて歩くことだ。息をするなら立ち止まることだ。

 それをやぶっちまったらあんたも食われるよ。いいね。


 老婆はそう言うと立ち去ろうとする。

 視線をしがみつくおじさんに向けてこの人は助けてもいいのかと無言で訴えかけた。


 「彼は渡り賃がないのだよ。まぁ、そのうち魂が綺麗になったらただで迎えにきてやるさ。放っておくのも優しさなんだよ。一人で思い悩む事は大切なことだ。」


 老婆は最後、そう言い残して船へと戻っていってしまった。

 おじさんは老婆の言葉を聞いて掴んでいた手を放した。


 「すまない。当然のように思っていた。だが私には何かが足りなかったらしい。いや、何だ、何が悪い。なぜこのような仕打ちをうけねばならぬ。」


 おじさんは再び勢いづけてこちらの腕を掴んでくる。


 「俺は毎日毎日休みなく働いて小遣いだってせがまず家庭を支えて生きてきたんだ。欲しいカバンも靴も服も全部我慢して家族に尽くして生きてきた。なのに・・・・なのになんで俺の人生はここにきて否定されればならないんだ。俺は間違っていない。俺は正しい。俺は罰を受けるような人間じゃあない」


 おじさんは腕をたぐりよせて必死にこちらへと訴えかける。しだいにそれは目が赤く染まり、血の涙を流し始めた。眉の毛が落ち始め、ついには毛髪も落ち始める。

 

「嫌だ、何故だぁ、嫌だ、何故だぁ・・・・俺がいったい・・・俺がいったい・・・俺がいったい・・・・俺が何を間違えたんだぁぁぁぁぁ」


 泣き叫ぶさなか、彼はもう人の姿を保ててはいない。

 正しいと訴えるその口先はねじ曲がると小さくとがり。

 血の涙を流すその目は涙とともにしぼんでいった。

 ゆくゆくと体が細見を帯び始め、彼はついに顔のない人のようなものへと変わってしまう。

 彼は空っぽだった。

 泣き叫ぶ彼は何か非があるとは決して語らず、自分の英伝功績を永遠語り始める。それはなんとも聞くに及ばない。なんともいえない独りよがりなものなのだった。

 彼はみるみるさらに姿を変える。彼はもう周りはみえていないのか手を放して天を仰いで泣き始てしまった。

 これが人生の振り返りとなってしまうのだろうか。

 もう何もできまいと彼から離れることにする。

 老婆が船に乗ると鬼たちも急いで船へともどっていった。そしてまた先ほどのように雷鳴轟き老婆たちは消えていく。

 昨日のおじさんはそれを追って川へと歩み寄り始めた。

 それの足取りは川に足が着水してもとまることなくそのまま歩み続けていく。すかさず彼を止めようと駆け寄った。だが彼は手が届くよりも先に川の底へと消えていったのだった。

 一人、孤独。彼の言っていた言葉が今の自分と重なり気持ちを押し付ける。何もなくなり静かに暗闇にまた一人。

 一度深呼吸をした。

 落ち着いてポケットからもう一度地図をだして次の行き先を確認する。

 次はこの川沿いに山までずっと歩いていくようだ。

 途中川が横道へと別れていくつもの池を形成している。その池を避けて、細い道が描かれており、その先にとげとげしいなにやら建物が描かれていた。

 老婆が消えてからも夜は続いている。

 月明かりだけをたよりに歩き始めた。

 月は大きな満月。雲と同じようにそれもいつもより近くにあるような気がする。

 風に押されて、足取りは思いのほか快調だ。


 「クレ、クレ、クレ、クレ・・・・」


 歩き出してそれほども足っていない時だ。また今までのようなこちらへと向かいくる何かの呻き声が聞こえる。

 そうか。ここにきてうっかりしていた。歩くときは息を止めること。そう言われていたのだった。

 今までふつうに歩いていたせいでなにかよ呼び寄せてしまったらしい。

 一度立ち止まり。

 再び歩くときは呼吸を止めて、その規則を順守してみた。すると呻き声はだんだんと小さく、しだいにどこか遠くの方へと消えていくのだった。

 それを続けて地図に描かれた場所へとたどり着くそこは実際に見ても道幅がせまく、すぐに踏み外して池に落ちてしまいそうな道だった。

 数ある池をうねうねと避けてできたその道は霧、いや、湯気に覆われ先が見えない。

 ここらに来てから急に暑く感じるようになった。たぶん、湯気が立ち昇る池は熱湯になっているのだろう。

 その池道の入口のところで立札が立てかけられている。


 「落ちるな。かまわず進め。戻るな。」


 そう書かれていた。

 落ちるなとはまぁ池のことだろう。湯気立ち昇るそんな得体のしれない池に落ちたい奴がどこにいるというのか。それはいい。

 かまわず進めとはどういうことなのか。何に構うというのか。戻るなという表現も気になる。

 考えてもらちが明かないか。これからを警戒して考えるのはもうよそう。

 どうせたぶん。考えても解決なんてしないのだから。

 歩み始めるその道は苔に覆われ今にも崩れどうなほどじっとりとやわらかい。

 道の横にできた池には水連の葉だろう。それがそこらに浮かんでいる。

 それ以外は何もなかった。不思議と池の水は透き通ったような色に見える。なのに池の底というのは見えなかった。どこまでも深く。どこまでも沈んでいきそうな、そんな池。

 ん、なんだ。そんな池の中央が黒く影が掛っていく。


 「ダレデモイイ。ダレデモイイ。ダレダッテカワラナイ。」


 池の中央から柱に釘打ちつけられた人があふれ出てそれはすべての池から湧き出てきた。

 それらは人の姿をしていることはしている。だが水に肌がふやけて髪はみな長く垂れて髪の隙間から眼差しはこちらに向いていた。

 何よりすべてのそれが肋骨が肌から飛び出し先が赤く染まっている。とてもふつうの人であるとは言えない風貌だ。


 「ミンナミンナシランフリ。ミンナミンナシランフリ。」


 それらは共に続けて何かを口ずさむ。

 構わず進め、この事なのだろうか。足元おぼつかないその道を彼らの言葉を気にせずに行く。


 「トナリデシノウがドコカデシノウガシランプリ。」


 進む先は湯気に包まれ視界が奪われはじめる。足元だけはしっかりと確認して前を進んだ。

 視界に遮られそれらは見えなくなっている。でも何かを訴えるその歌のような何かはとても近くから聞こえてきた。


 「ミンナシラナイ、ミンナシラナイ、シニタイキモチ」


 進む道が今度は池と池をまたぐ橋に架り先を指示している。

 少し呼吸を止めすぎて息が乱れてきた。もう一度深呼吸をしていく。

 橋を渡利はじめるその時だ。後方の池から、橋の脇から、手が伸びてきたかと思うと毛髪のない人が池から這い上がってきた。それらは下半身がなく。肋骨を動かし腕で這いつきながらこちらへと向かってくる。

 そいつらは手に槍や鈍器を持ちゆっくりと差し迫る。

 動く速度は早くない。だが早く行かなければ橋をこいつらにふさがれそうだ。


 「ミンナ、ミンナ、シヌマデシラナイシニタイキモチ。」


 あぁ、この声は何故だか耳に障る。あまり心地がいい声じゃない。こんな危機迫る場面でのんきな音調は焦りに加えて苛立ちを沸き起こす。


 「シンダラナイテ、シナナキャソンデ」


 あぁ、もうこの声もこんな場所ももう二度と来るもんか。大きく息を吸い込んで走り出す。


 「シルキモナイ、シルヒツヨウモナイ、ジブンガダイジ」


 そいつらは走るこちらへ向かって槍を鈍器を振り回し、必死になって歩み寄ってきた。


 「オイコムハアナタ、シラナイアナタ」


 一匹のそいつが棒を足にひっかけようと差し延ばす。だがそれはすぐにかわせて橋を何とか渡きることができた。

 だがそいつらは橋を越えてもこちらを追おうとする。

 息を大きく吐いて大きく吸い込む。


 「ゼントハナニカ、アクトハナニカ、アナタハアクダ」


 耳障りなこの声もまだ続く。吸った息をとめて不安定な苔の道を駆け足気味で、それでも落ちないように注意を払ってそいつらから逃げる。


 「イイヒトッテナンダロウ、ヤサシイッテナンダロウ」

 

 段々と苔の道が広く広がり、動きやすく進みやすく道は変わった。


 「アナタハアクダ、ツミビトダ、シラヌガツミダ」


 早く移動したかいがあった。後ろのそれらは湯気の奥で見えなくなった。

 いや、だめなようだ。また足元の池からそいつらが這い上がり手を伸ばしてこちらを向いている。


 「ツミビトシャベル、カナシイト、ツミビトシャベル、ザンネント」


 足を止めて息をする暇なんてないじゃないか。ほんの少しばかり止まっては息つぎをしてすぐに足り出す。出なければ足元から湧き出るそいつらから逃げ切るなんてできなそうなのだから。


 「アワレムツミビト、ソレハイツワリ」


 それでも先ほど迄は細い道であったから肩幅よりもひろがったこの道であれば何とかなる。そう思った。


 「アワレムツミビト、オマエハアクダ」


 さらに道幅が少し広くなったその時だ。あたりの湯気が消え去り、あたりの景色が鮮明に浮かび上がり、その光景は言葉を飲むものであった。


 「ワタシハシンデ、アナタハナイテ、アナタハアヤマリ、ザンゲスル」


 その道には先ほど湯気にあたりが覆われる前に現れた支柱に打ち付けられた不気味な人間達が両脇に見切れぬほどに並びこちらを睨みつけていた。


 「モウモドラナイ、モウナオラナイ、モウオソイ」


 それらは口を揃えて何かを小さく、だがそれも寄せ集まって大きくあたりに響き渡く。


 「オゴリタカブルアナタ、マンシンスルアナタ、ソレハキット、カワラナイ」


 それらはどれも髪で顔がかくれているのに走り見る彼らの目は確実にその隙間からこちらを追っていた。

 あともう少し、この直線を抜ければこんな不気味なやつらも耳障りな声もお終いだ。そのまま息を止めたまま走り続ける。


 「アナタハオサナイ、アナタハコドモ、イクツニナッテモコドモハコドモ」


 ・・・・進めないじゃないか。

 突如として進むべき道の先に一本の支柱が浮き出てきたかと思うと白い服を着た骸骨が二匹。片手に鎌を、片手に縄を持って現れる。


 「ワタシガシヌナラ、アナタモイラナイ、ワタシトアナタ、カワラナイ」


 横にずらりと並んだそれらは突如として現れた支柱を見ると打ち付けられた体をくねらせ動き始めた。


 「ヒツヨウナイ、ワタシもアナタモヒツヨウナイ」


 うねるそれらは奇妙に形を変え始めた。

 浮き出た肋骨がさらに体から吐出し、鋭くとがる先端はこちらに向かい直線に伸び始める。

 口は裂け、大きく口を開けてこちらを見る。


 「ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ・・・」 


 一体なにがはじまるというのか、足をとめてあたりの変化にさすがに戸惑った。前には進めず、横には今にも襲い掛かってきそうなそいつらがうごめいている。戸惑いつつもこれから起こる何かに備えて息を最後整える。


 「オシマイ・・・。」


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